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完結お礼小話③ 酔っ払い・再び?(1/2)

エル視点。

全2話です。時系列は、①の後です。②→①→③

 

 僕とグレン様が正式に婚約して四分の一月(一週間)が経った頃だった。

 宮廷獣医師見習いになった僕の仕事は多く、この日も王城で残業して泊まり勤務を覚悟するくらいの時間になっていた頃。僕は、突然、殿下からの伝達魔法での呼び出しを受けた。


「失礼いたしますー」


 エルドレッドとしての僕にとっては、勝手知ったる殿下の部屋までの道順だ。迷うことも戸惑うこともなく歩き進めていつものドアを開ければ、いつもどおりの――いや、姉様とご結婚されてからより一層美貌に磨きのかかった殿下が笑顔で僕を迎え入れてくれた。


「エル、来たか」

「はい。お呼びと伺いました。僕が呼ばれるということは――」

「まぁ、いつものだ」

「はぁ。いつものですね」


 ドアを開けた段階で既に、部屋にはわずかにお酒の匂いが漂っている。それにお部屋の向こうの方から水がひっきりなしに流れる音が聞こえる。うむ、今日も相変わらずイアン様は不浄場(トイレ)とお友達らしい。


「最近は呼ばれなかったので、こういうこともなくなっていたのかと思いました」

「しばらくお前が王城にいなかったから呼ばなかっただけで、いつもこうだったぞ?」

「ではどうして今日は僕をお呼びに?」

「えるー」


 僕が殿下と話しているところで、がばぁっと後ろから抱きついてきたのは、こちらも相も変わらず幼児退行した元ご主人様だ。


「まってたー」


 そう言いながら、グレン様は、満面の笑みで僕をぎゅっと抱きしめてくる。


「あーはいはい。お迎えに参りましたよ、グレン様」


 今日も見事に酒に飲まれたらしく、濃いお酒の匂いがぷんぷんする。

 僕はそんな元ご主人様に抱きすくめられながら――大丈夫、これは僕が小姓として散々慣らされた子供が母親に抱きつくようなアレだから、恥もなにもない――殿下に冷静に尋ねてみた。


「あの、悪化していませんか?」


 とはいえ、以前のご主人様であれば、いくら幼児退行していても、殿下やイアン様(あ、イアン様は不浄場にいるから見えていないけど)の前でここまで露骨にすり寄ってきたりしなかった。

「グ、グレン様。まだお酒が残っていらっしゃるようですから――」と言いながら、遠慮がちに声を掛け、律儀に水を飲ませようとしては、「いらない」と言われて戸惑いまくっているキール様が哀れになってくる。グレン様、それ以上キール様の幻想をぶち壊すとキール様が寝込んじゃうと思います。


「なに、お前と婚約したことでたがが外れたんだろう」

「お待ちください。その理論でいくと、今のこの立場の僕に、このグレン様を委ねられるのは、とても危険なのではございませんか?」

「名実ともに婚約者なのだからいいのではないか?」

「なにがいいんでしょうか?」

「それはあれだ、過ちがあっても――」

「まだ正式に婚姻しているわけではありません。あと、僕、ちゃんと順番は守りたい派なんです」

「どうせ数日の違いじゃないか。減るものじゃないだろう?」

「一番相手に貞操を求めるべき国の後継者候補のお言葉とは思えませんね。大体、さすがに殿下だって、姉様と婚姻なさる前には姉様に手を出していらっしゃらなかったでしょう?」

「まぁ、最後まではな」

「……大変聞き捨てならないお言葉が聞こえたのですが、一晩お時間いただいてもよろしいでしょうか」

「断る」


 そこで爽やかな王子様スマイルを決めても僕は騙されないからな。


「しかし、エル。お前、グレンをここまで我慢させるとは、なかなかだな」

「……予想はしていましたが、やはりそういう猥談に僕が登場しているので?」

「いや、グレンは何も話してはいないが……見ればなんとなく分かるしな」


 うっと言葉に詰まる。婚約して即婚姻!という勢いのグレン様を止めたのは僕だからだ。


 仕事に区切りをつけたかったというのもあるし、何より、グレン様と心を通わせたとはいえ、女性としての自意識を尊重するようになってまだわずか半年ほど。あの事件以来ノンストップで駆け抜けるように過ごしてきた僕には、心身ともに結婚生活に突入する準備ができていなかった。

 成長期からしばらくご無沙汰だった、めきめきと音が鳴らんばかりの体の変化しかり、月の物がおよそ1月に1度くるという女性としての当たり前の循環しかり、胸元のサイズアップしかり。それに加えて、住み慣れた学生寮を離れて、王城という慣れない場所での新生活や、なりたかった職業に就けたことでの張り切りで、僕の体調は滅茶苦茶だった。

 会いたいなぁ、と思っていたとはいえ、その相手と即結婚して、一緒に住んで、何なら男女の関係になりましょうと言われたって、恋愛初心者を地で行く僕には、一足飛びどころか百足飛びくらいの勢いになっていて、とてもじゃないけれど追いつけない。


 というわけで。僕はグレン様に猶予を願い出た。


 父様と母様が以前使っていた別棟を新居に造り変えるのが終わるまであとわずかだからそれができたら婚姻して、そこに移り住みましょう、と提案したのだ。

 グレン様に、ものすんごく不愉快そうな顔をされたのを、今も昨日のように覚えている。


 再びの直近の貞操の危機を避けるため、僕は、下級貴族男子寮で得た偏った知識を総動員して熱弁した。

 同じ家の中に実の父親がいたら気まずくて集中できないとか。年若いヨシュア君がたまに帰って泊まる家の下に新婚がいるのは教育上どうかとか。ヨシュア君がものすごく性に乱れたり、歪んだ性的趣向を持ってしまったら責任が持てないとか。年頃の男の子だ、なんなら誘発されてあらぬことを考えてはまずいとか。汚れとか音だとかあらゆるものが気になるお年頃なのだと訴えた。

 年頃の女性としての尊厳?そんなものかなぐり捨てての熱弁だ。

 何ならグレン様の仮面の笑顔すらもが最後には若干引き攣っていたようにも思う。


「そこまで言うなら、待ってあげる。あと半月――新居ができるまではね」


 あの婚約の日からわずか半月、されど半月。その半月が大事だった。その一言を引きだすために僕がどれほど苦労したか!新居ができた後に地獄を見るとか、のちのちの苦労を倍加させたとか、そういう正論は要らない。僕は今を生きる女の子なのだ。


 何はともあれ、待ってもらっているのは間違いない。

 そして、グレン様がここまで待ってくださっているのは、なんだかんだ僕がお願いしたからなのだと思う。

 僕が男の中に埋もれ、男として過ごしてきたからこそ、その我慢は結構しんどいものなのだろうことも、想像に難くない。自分がその対象なのだと考えると、若干どころではなくこそばゆいけれど。


「ちなみに、どんなところから、そのー……お分かりになるんでしょうか?」

「それを私の口から本当に聞きたいのか?」

「……いいえ、やっぱり遠慮申し上げます」

「それがいいだろう。話を戻すと、今日はさっさと退散したいのでな。だからお前を呼んだのだ」

「今日は何か?」

「なにかも何も、メグのところに一刻も早く行きたいに決まっている」

「あぁ……そうですか。でもイアン様はどうするのです?」

「あっちにはあっちでもう人を呼んでいる」


 ひっつき虫のようになっているグレン様と、その周りでうろうろとするキール様をしり目に、僕が部屋の奥の方に目をやると、ちょうど不浄場から出てきて真っ青な顔で膝をついているイアン様とその傍に見慣れた姿が一人。



「ヨンサム!」


 正式に騎士を拝命し、イアン様の隊に所属したヨンサムがそこにいた。ひっつき虫のグレン様をキール様に預けて近寄ると、ヨンサムは僕を振り返って「よう」と言ってくれた。

 半年会っていないだけなのに、前よりももっと騎士らしく精悍になって、元々の爽やかに整った容貌が際立っている気がする。これはより一層令嬢方に人気がでてるんだろうなぁ。


「エル、久しぶりだな」

「見ないうちに随分騎士らしくなったねぇ」

「学生寮の食堂のおばちゃんみたいなこと言うなよ。お前こそ――なんか……すっげぇ変わったな」

「ちょっと、ヨンサム?今、目、どこやった?どこ見た?目、潰すよ?」

「冗談!冗談だよ!」


 僕が半眼でヨンサムの目に指を向けると、ヨンサムは大慌てで僕から離れた。


「そんなに気にするくらいなら言わなきゃいいのに。どうせ僕のことをそういう対象に見てないんだからさ」

「今更あのエル(・・・・)をそういう目で見られるか!……だからお前の後ろにいる怖い未来の旦那様にそう説明してくれねぇ?俺、命は惜しい」

「自業自得だろ」

「お前、ほんっとに相変わらずだな!」

「まぁね、そう変わったりしないよ。――こうやって話せるのも久しぶりだね」

「まーな。例え俺が、『エルドレッド』や『ユージーン』と仲良くても、『エレイン嬢』にこう話しかけるわけにはいかねぇからな」

「また()のお墓参り、来る?」

「……そうだな、そろそろ行くか」

「んじゃあ、領地で会えるのを楽しみにしてる。焼き菓子くらいは出すよ」

「俺の分まで食わねぇように残しとけよ」

「分かってるって」


 そのあたりで、床に膝をついていたイアン様が小刻みに揺れ始めたので、僕はイアン様に速攻で不浄場に行くように伝え、ヨンサムもイアン様を支えてそっちに消えていった。

 ヨンサム、イアン様の元で立派に騎士としてやってるみたいだけど、あぁいうところは真似しないでほしいなぁ。


「える」


 ヨンサムの背中を見送りながら感慨に耽っていると、不機嫌そうなグレン様の声が聞こえた。僕が、はいはいと振り返ると、キール様に支えられた、いつもよりろれつの回っていないグレン様は僕に半眼をして見せた。


「おしおきね」

「なんと理不尽な」

「おい、アッシュ――じゃなかった、え、エレイン嬢。そろそろグレン様の方を頼まれてくれないか」


 キール様がグレン様を僕に明け渡すなんて珍しい、と目を丸くして黙ると、キール様は、ふぅーとため息をつき、少しだけグレン様を可哀想な目で見た。

 そんな目でグレン様を見たら逆ギレされちゃいますよ?


「とにかくだ、私はメグの部屋に行くし、ここはイアンたちに明け渡す。お前たちは自分たちの部屋に戻れ」


 殿下の一声で、僕は、キール様とグレン様と一緒にお部屋を出たのだった。




2話目もなるべく急ぎますが、少しお待たせするかも。

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