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3 小姓は激怒するのです

 

 僕とそう変わらない年頃の女の子の姿――それもリッツと同じ顔をしていながら、目の前のソレはとても異様な雰囲気を放っていた。ご主人様に鍛えられたことで現在僕が最も自慢できる本能の危機意識(・・・・・・)が、耳鳴りするんじゃないかと思うくらい警鐘を鳴らしている。ガンガンと鳴らされる幻聴の警鐘に、頭痛までしてきた気がする。

 それくらい、目の前のソレは怖かった。

 そして、その異様なモノの傍で平然としている教皇は、人間のはずなのに一層不気味だった。

 教皇といえば、一般的には、人間の中では、神に一番近く、国王陛下とは異なる意味で尊い存在だ。国王陛下は人の王。教皇は神に仕える最上位の者。いずれもその地位からすれば、僕程度が目線を合わせて話すことなど、本来ならできない人物だ。

 いくら信仰心が薄かろうと、僕くらいの身分の者が軽々しく、敬語も使わずに質問を投げられる相手ではない。

 しかし、教皇は意外にも僕の質問に乗るように、答えを返してきた。


「なんで君の友人に似ているか?それは簡単だ。この子は君のいうリッツ・ノバルティの双子の妹なのだから」

「リッツの妹……その子が、なんでこんなところでこんな状態になっているんです……!」

「修道女である彼女がここにいることになんの不思議があるのだね」

「そういう問題じゃないでしょう……!教皇であるあなたがこの違和感に気付いていないわけがない!こんな……こんなっ、化け物みたいな……!」

「いい指摘だ」


 僕が全身をがたがたと震わせながら怒鳴ると、教皇は彼女の傍に立ったまま、僕に優し気な笑みを浮かべた。


「いい指摘をできた君に、少しだけいいことを教えてあげよう」


 こういうとき、待っているのは大抵ろくでもないことなんだよね。目の奥が笑っていない人の笑顔の先に、明るい未来はないことを僕は知っている。


「コレは神になりうる存在なのだよ」


 ほぅら、やっぱり。


「神……人間が神になると仰るのですか」

「おや、君に一番馴染み深いはず(・・・・・・・・・)だろうに。エルドレッド・アッシュリートン殿――いや、エレイン殿とお呼びすればよろしいかな?」


 教皇が僕の本名を知っている?なんで?どうして!?

 僕なんて取るに足りない存在のはずだ。それとも何か?グレン様や殿下の弱みを握ろうと僕程度でも探られていたってこと?


「……意味が分かりかねます。教皇様はどなたかと勘違いなさっているのではございませんか?」

「教会派の教えに反発し続けるアッシュリートン一族のことを知らないはずはなかろう?」


 父様が教会に敵視されていることは織り込み済み。いい顔をされるはずがないことだって分かっている。

 僕の名前だって、どこかから露見することがないとは言い切れない。グレン様に相談しなければ。どうやらカマをかけているわけでもないみたいだし、ここで動揺を見せる方がまずい。


「では猶更、どういったご趣旨で私が神に近いと?それは、私が、あなたが神に近いという彼女の兄の友人だからですか?」


 僕が努めて彼女の方を見ないようにしながら、目を細くして教皇を睨みつけると、教皇は大笑いした。


「君は自分のことを何も知らないのだね。君が双子の妹であることも、12年前のことも、鍵であり、道しるべでもあることも。この私にしらを切り通せると思っているその浅はかさ、なんともあの父親にそっくりだ。だがいいとも。許そう。私は君に会いたいと思っていた。君の言っているその双子の兄――リッツから報告を受けるたびに」

「リッツからあなたに報告?なんの話です?」


 教皇は、まるで錆付いた歯車を貼り付けてなかなか動かない壊れた器具を見るかのような目を僕に向けて来る。

 そしてにまりと口元に下品な三日月を描いた後、ゆっくりと口を開いた。


「君の近くで起こっていた幾度もの動物使いの出現。第二王子が的確に狙われ、君が襲われたこと、動物使いの特性、どんな動物たちが操られていたのか、それらに本当に気づいていないのかね」

「何が仰りたいのでしょうか?」

「今日の昼の君を狙って襲えるのは、女装をしていても君が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に気づける人物。それならば、君が女装すると知っている人物から情報が流れたと考えるのが自然なのではないかね。しかも、それは、敵に捕まっていながら拷問されたような様子もなく、たまたま操られた動物の近くにいつも決まって居続けられ、第二王子方の動きも容易に知ることのできる人物だ。限られるだろう?」

「だから、なんだというのです?」


 僕が核心を言わずに質問を重ねたことで、教皇はわずかに苛立った様子を見せた。


「こんなもの、なにより簡単な謎解きだろうに、それでもまだリッツ・ノバルティが動物使いであることを君は否定するのかね」


 教皇の話は筋は通っている。

 でも、投げつけられるヒントのピースを繋ぎ合わせた結論を僕の頭が明確に否定する。

 矛盾はしない。あいつならそれが可能な場所にいた。あいつの技量ならそれも容易にできるのかもしれない。


 でも、違う。僕はあいつと5年弱の付き合いがある。この僕が断言しよう。あいつはそんなことをやる人物じゃない。


「ご期待に添えず、申し訳ございませんが、否定させていただきます。リッツじゃなくても僕が女装するという情報を入手できる人物はいるでしょう。リッツより優秀な現役の獣医師もいますし、リッツじゃない人物だってたくさんあなたの仰るヒントに該当する人物はいる。あいつはそんな、人の道に外れたことまでやるような人間じゃないです」


 僕の生意気な態度が癇に障ったのか、教皇はにやりと何か思うところのあるような薄汚い笑みを浮かべた。

 こんな顔のできる人間が、本当に神様に仕えることができるとでも思っているのだろうか。神様の方が嫌がって逃げていきそうだ。


「いいだろう。教えてあげよう。教えを説くのが仕事ゆえな」


 そういうと、教皇は懐から薄紙を取り出し、それを丁寧に剥いた。

 中からは、1つの、赤黒く、硬そうなのにびくびくと動いている気味の悪い塊が出てきた。   

 教皇が徐に赤黒い塊に力を籠めると、途端に、傍にいた彼女が錆びついた銅板を力強く爪で引っかいた時の音を30倍くらいにしたような声を上げ、長い髪を振り乱した。

 絶叫で耳がおかしくなりそうになり、慌てて耳を手で塞ぐ。

 教皇は、彼女の絶叫が迸る中、平然とした様子で語りだした。


「双子というのは対になる存在だ。古来から陽と陰にも例えられるとおり、男女の双子というのは、本来なら一つの魂が割れて出来たとも、二つの魂が繋がっているとも言われている。二つ分、ないし、本来なら大きな一つの魂となるものは、生命力の受け皿としての機能を強く表しやすい」

「私は自らの血を継ぐ双子を産ませるため、あらゆる実験を行った。そしてようやく生まれた双子を一度手放した。君に使われている王家の秘術である小姓契約同様、世の中には、禁術と呼ばれるものがある。それらは、かつては自由に使えたが、戦争の時代、神たる龍の意思とも言われる咆哮の一つで捻じ曲げられ、挙句の果てに、一部には――すなわち命に係わる術については、ある制約ができた」

「相手の同意が必要であるという忌まわしい呪いのような制約だ。私はその制約がゆえ、双子をあえて世に放った。教会内ではできぬことも、世に放てば容易にできる。世の中には運のない人々が大勢いる。そんな大勢の中で、哀れな双子が、ようやく掴んだ幸せな生活の最中で、突如としてそれを奪われる――例えば、突然押しかけてきたならず者に襲われ、養親が惨殺され、幼い妹がその慰みモノとして半死半生の目に遭うことだって、ないとは言えなかろう」

「大事な妹が虫の息になり、頼るところもなくなった兄はどうするか。貧しき者にも、力なき者にも救いの手を差し伸べてくれるのは教会しかあるまい?無き者は教会で必死に願うのだ――どんなことをしても助けてほしい、自分はなんでもする――とな。人とは脆い生き物だ」

「例えば、自らの命を妹にあげたいと願った子供がいたとする。そんな()()()願いを聞き届けない神はおらぬよ。ならば、神の従者たる我々もそうであるべきだ、そうだろう?そうして、兄妹の願いはかなったのだ。妹は兄の命を半分吸い、命を繋ぎ止め…いや、生まれ変わった――あらゆる生命を吸い、その命を身に溜めながら永遠を生きる人形として」

「そして兄は生まれ変わった――すべてを捧げ、自ら命を絶つことはおろか、逆らうことは決して許されぬ奴隷人形として、果ては妹の最後の部品としての使われる人形に、な」

「しかし悲しいかな。人の身には限界があった。妹はあらゆる()()の命を食らい、その身を異形へと変えたのだ。あるときは腕を8本生やし、あるときは首を長く伸ばして二股に分かれた舌で天井を舐め、あるときは顔が3つついていて、ある時は、人間の指をムカデのように生やす化け物になる。元は可愛い妹だと分かっている兄さえ、怖気が走り、その場で嘔吐してしまったほどのおぞましい化け物に、妹は成り果ててしまったのだ」

「それでも兄は、人でなくなった妹のために、裏切るのだ。学園という生ぬるい空虚な生活を学生として送りながら、時に妹に会いに来ては現実を思い出しながら。国を、恩師を、大切な友人でさえ、な!」


 彼女の絶叫を背景に、薄ら笑いを浮かべながら語られるその内容を聞けば聞くほど身の毛がよだつ。

 教皇は、朗々と語った挙句、最後に僕に笑顔を向けた。


「なぁ、美しき悲劇だろう?」

「何を言って――!!」


 全身がカッと燃えるように熱くて、怒りで頭がいっぱいになって言葉すらまともに出てこない。


 身分の高い教皇様だ?化け物の前だ?そんなことどうだっていい。本能さん、黙っていてくれるかな。


 今、こいつは誰の話をしていたんだ。

 それは僕の友人の、リッツのことなのか?そんなことがありうるのか?


「そんなことにも気づかず、のうのうと生きて、知ったときに怒鳴ることしかできない君がいかにお気楽か分かるかね。……そんな君とは対照的に君の主人は、相も変わらず面倒なことをしてくれたようだがね」


 教皇は面倒そうに手の中の赤黒い塊を見やった。

 いつ砕けてしまったのか、さっきまでの塊が嘘のようにさらさらと砂のようになって手から崩れていっていた。


「あの男は、こうやって私の計画を邪魔してくる……君の言うとおり、本当に嫌がらせの上手い、嫌な男だ」


 グレン様が何かしたことが、教皇の気分を害したらしい。


「部品が死んでしまったのだから、予定を変更せねばなるまいな」


 目の前が真っ白になる。


「部品って……それは、あんたが言っていた部品は、リッツのこと、じゃないのか……?まさかそれは、リッツの……」


 悲し気な顔を作った教皇はわざとらしく眉をひそめてため息をついた。


「そうだとも。お前の主人は、国のために、君の親友でもあった私の子を殺したのだろう。それが的確に私の計画を邪魔できると分かってのことだ」


 グレン様が、リッツを、殺した?


「可哀想に。親友を殺されて、君も怒り心頭だろう。主人を裏切りたいとは思わないか?」

「それができないなんて、君も不幸だ」

「君も双子としての素質を持っているし、君は本来ならば最も神に近づき得る存在だ」

「君が息子の代わりをしてくれれば、息子の無念も晴れるかもしれぬ」

「あぁ。それがいい。息子の代わりに娘の一部となって、小姓などという呪縛から解き放たれるのがいい」

「君もそう思うだろう?」


 何を言っているんだ、この男は。言葉が通じない。この目の前の人物が、同じ言語を解する人間だと思えない。



 怒りなのか、悲しみなのか、悔しさなのか、なにやら分からない感情がごちゃ混ぜになって言葉が全く出てこない。

 代わりに頭の中で感情が反響するように、頭がガンガンと痛み、耳の中でうわんと音が反響して、身体全体が熱い。


「どうかね?いい提案だと思わないかね」

「―――――ふざけるなっ!」


 僕が怒鳴った瞬間に、カッと背中が熱くなった。

 僕がようやく外に出せた怒りが言葉となって飛んだのか――叫んだ瞬間に、教皇が空間の端まで弾き飛んだ。


 目の前が白い、熱い。背中が焼けそう――――





 あー身体が重かった。ちょっと伸ばそうかな。なんか邪魔があるけど、ちょっと伸ばせなくもない。

 ん?あれか、ボクを傷つけているの。

 あれ、ニンゲンだよね。ボクを傷つけようなんて、100万年早いんだよ。

 重しを乗せて潰しちゃおうかな。じたばたしているよ、あぁ。醜い。潰れて中身が出てきたらもっと汚いよね。でもな、また動き出しても嫌だな。

 水をかけて溺れさせようか。

 あれ、なーんか変なのがいる。え、なに、こっちにくるの。なにあれ、醜いなぁ。ちょっと押さえとこうか。

 あ、その隙に逃げようたって、無理無理。ニンゲンなんて弱いんだから。

 ニンゲンって本当に何もかもが醜い――――


 死んじゃえばいいのに。







「いたっ!」


 左の手首、ちょうど小姓契約の印がある付近に急激な痛みが走り、ふと目線を落とした。

 無意識にか、僕の右手がそこを目一杯握り込んでいたらしく、爪が食い込んで、印に血がにじんでいる。


 しっかりしろ、僕の小姓でしょ――という頭に浸み込まれたグレン様の罵倒が耳朶に響き、その途端、どっと体が重くなる。体から急速に熱が引き、急に息が苦しくなった。

 全身が汗でびっしょりになっている。





 なんだ、今の。

 なにが起こってたんだ?

 僕、攻撃魔法なんて使っていない、はず。

 いや、本来魔力を封じ込めて通さないここ(大聖堂)でそんなもの、使えるはずない。

 使えたって、教皇に通るほどの威力など僕に出せるはずがない。


 何だ。僕が僕じゃなくなる、みたいな、そんな変な怖さにぞくりとし、よろめく。


 僕は今、何をしたんだ。




 僕が自分の手首を掴みながらぼうっとしていると、向こうの方で教皇がごほごほと咳き込みながらよろよろと立ち上がった。全身がびしょびしょに濡れている。


 さっきまで僕にはとてもかなわない相手だったはずなのに、急に弱弱しく見える。なんでだろう。

 僕は一体何をした?本当に僕が何かしたのか?


「――――ようやく出てきおったな。この時を待っていたのだ」

「なんの、話を――」

「まだ気づいていないだと?その顔を見るがいい」


 まだ頭がぼうっとしていたせいか、指で示された方向に顔をやって、大理石の上に出来ていた透明な水たまりを覗き、僕は叫び声をあげそうになった。


 水面に写った人物が目元に手をやると、僕の目元にも震える手の感触が伝わる。

 僕が恐る恐る頬をつねると、水面に写った人物も徐に頬をつねる。


 顔は瓜二つで、水に映ったのは僕でしかありえないはずなのに、でもそれは僕じゃありえない。


 僕は、あんな黄金色の目はしていない。


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