「12月31日」
──前略。
お元気ですか? わたしは元気です。
いま、時計を見ながらちょっぴりドキドキしています。
本日の日付が12月の31日。そちらでは大晦日で、日をまたいだら1月1日になりますが、こちらでは13月に突入するのです。
とうとう【緑星】らしい一面に足を踏み入れてしまうのだと思うと、胸が高まってしまいます。
【地球】では初詣などもありますが、【緑星】ではみんなで集まって楽しく過ごすのが通例なんだそうです。
家族で過ごす人もいれば、お友達で集まって過ごす人もいて。
わたしはみんなで〈ヌヌ工房〉に集まって、楽しく過ごしています。
みんなっていうのは、みんなです。いつものメンバーが集まってくれました。
そちらは寒いと思いますので、風邪に気をつけてください。
それでは、またメールしますね。
草々。
森井瞳──3023.12.31
***
〈ヌヌ工房〉の外、店先のすぐ近く。折り畳みの椅子とテーブルを広げて盛り上がる人たちがいました。
「おいセフィリア! お前んとこの店はちっさ過ぎんだよ! もっとでかくしろ!」
長身でとてもスタイルの良い美人さんが、お酒の勢いでいきなり無理難題を吹っかけます。
燃えるような紅い髪を肩で切りそろえた短髪で、キリリと吊り上がった眼光は鋭く、いかにも〝仕事のできるキャリアウーマン〟といった感じの芹香でした。〈ガラス工房〉で一番の職人さんです。
今日も今日とて、ラフな格好でせっかくのモデル体型も台無し。
「うふふ♪ さすがにできないわよ芹香ちゃん♪」
薄緑色の長髪をやんわりと編んだ物腰柔らかな女性、セフィリアが天使の微笑みを称えながらお水を注いであげます。
セフィリアも見慣れた若葉色のエプロンドレス調の制服ではなく、純白のワンピースと激レアな私服姿。
「芹香さんあまり羽目を外さないでくださいよ。あたし、面倒はごめんですからね!」
芹香を師匠に持つ火華裡がそっぽを向くように言いました。
弟子ですから、ぐでんぐでんに酔っぱらった芹香を〈ガラス工房〉へ連れて帰るのは火華裡の役目なのです。年齢的にまだお酒も飲めませんから、酔っ払いの面倒を見るには都合がいいのです。
なんだかんだで火華裡は面倒見がいい女の子なのが災いしました。
「……災難」
ポツリと呟いたのは、まるで幽霊のように色白で、白髪なのも手伝って儚い印象を持つ女性、セリーリ。セフィリアや芹香と同じく〈大地に槌〉で一番の陶芸職人さんです。
この三人が集まるのはお花見以来の約三ヶ月ぶり。お花見のときは数年ぶりでしたから、それを思うとだいぶ短いですが久々の再会でした。
「誰が台風だって?」
「……ある意味間違ってない」
「まあまあ♪」
睨み合う二人と、間で楽しそうに微笑むセフィリア。この三人が揃うと、だいたいこんな感じです。
「師匠が楽しそうでなによりッス!」
そんな様子を金髪のお人形さんのような少女、ヒーナが太陽のような笑顔を浮かべながら言いました。
セリーリは表情が全く動いていませんが、弟子のヒーナが言うには楽しそうにしているようです。
「瞳? なにソワソワしてんのよ?」
火華裡は首を傾げながら聞きました。
寝癖なのか癖っ毛なのか、花火のように髪の毛を四方八方に爆発させた女の子、瞳が手に持った携帯端末を凝視してなにやら落ち着きがありません。
「ひ、ヒカリちゃん……年を越さない瞬間がもうすぐなんだよ~?!」
「そんなの当たり前……って、【地球】じゃもう年越しなんだっけ? あんたは新鮮に感じるのか」
この場には【地球】生まれは瞳しかいないので、初めての年を越さない瞬間が待ち遠しいのです。
別ベクトルでこんなにはしゃいでいるのは、この場では瞳だけでしょう。
「わたし年越す瞬間にいつもジャンプしてたんだけど、やっぱりしたほうがいいのかな?!」
「えぇ……? 【地球】ではそんなことするの? なんのために?」
「年を越す瞬間に『【地球】にいなかった!』ってやるの! 【緑星】ではやらないの~?!」
「やらないわよそんなこと。だいたい『いなかった』って、地に足ついてないだけじゃない」
「そうだけどそうじゃないの~!」
火華裡の正論パンチが飛んできますが、子供のような駄々っ子バリアで無敵ガードです。
瞳の駄々っ子を聞きつけた師匠でありお姉さんでもあるセフィリアがニコニコと笑いながら瞳の肩に手を置きました。
「うふふ♪ いいじゃない、ジャンプ。ここには瞳ちゃんしか【地球】の人がいないんだし、せっかくだからみんなでやってみましょう?」
「【地球】の文化に触れてみようってことッスね! 面白そうッス!」
一番年下のヒーナは感性が瞳に近いからかとっても乗り気。対して火華裡は「えー……」という気持ちが表情にばっちり浮かび上がっていました。
しかし大好きなセフィリアが言うならやぶさかではないのか、軽くストレッチをしています。どれだけ高く跳ぶつもりなのでしょうか。
その気合の入りようを見た芹香が「弟子には負けらんねぇ」っと骨をポキポキと鳴らしながら準備運動を始めます。こちらもどれだけ高く跳ぶつもりなのでしょうか。
芹香ならユグードにそびえ立つ数々の巨大な木すらも飛び越えてしまいそうです。
「あわわわわわ、も、もうすぐですよ皆さん〜!」
「それじゃ、瞳ちゃんの合図に合わせて跳びましょうか♪」
「アタシが一番高く跳ぶ! 火華裡、勝負だ!」
「子供ですか芹香さん……」
「アタシに勝ったら修行をステップアップしてやる」
「言いましたね。撤回はできませんよ?!」
「へ、そうこなくっちゃな!」
勝手に盛り上がっている〈ガラス工房〉の二人はさておき、いよいよ時間が差し迫ってきました。
全員で一ヶ所に集まって、瞳の声に耳を傾けます。
「皆さんいきますよ〜! ご〜! よん〜! さん〜! に〜! いち〜……! ──ほぉっ!」
全員で一斉にジャンプしました。
その瞬間、【地球】は年を越し、【緑星】は13月に突入。
ただ跳んだだけですが、なんだかんだで全員楽しそうに笑っていましたとさ。
***
──前略。
お元気ですか? わたしは元気です。
えっと……明けましておめでとうございます、と挨拶すればいいんでしょうか? 年は明けたはずなんですけど、こちらでは13月になっただけなのでどう挨拶するのが正しいのかよくわからなくなっちゃいますね。
こちらではまだみんなで楽しく過ごしているので手短に。
【地球】ではお馴染みだったジャンプ年越しをこちらでもやりました。こちらにそんな文化は無いそうで、話したら変な顔されちゃいましたけど、みんな一緒にジャンプしてくれました。
なんといつの間にかセリーリさんって人がその瞬間の写真を撮ってくれていたので送りますね。
そちらは初詣に行くのでしょうか。寒いと思いますので温かい恰好をしてくださいね。
それでは、おやすみなさい。
草々。
森井瞳──3023.13.1
ストックないなった……不定期更新になります。




