「ヌヌ店長の意外な実力」
「セフィリアさん! また来てくださいね! 絶対ですよ! 3分後には来てくださいよ?!」
「ふふふ♪ 3分後はさすがに無理だけどまた来るわ♪」
ヒマリの無茶振りも天使の笑顔でやんわりとお断りして、セフィリアと瞳は〈木材屋〉を後にしました。
背中から物理的にビシバシとはたくような、攻撃力をはらむ視線を感じるような気がしないでもないですが、気のせいにしておきましょう。
決して弟子としてセフィリアと一緒にいる瞳が羨ましいとか、そういった感情ではありません。
……たぶん。
「セフィリアさん〜」
「なーに?」
〈ヌヌ工房〉へ向かいながら、隣を歩くセフィリアに瞳は質問します。
「結局、どんな理由があって〈木材屋〉に?」
いろいろあったのである程度の察しはついている瞳ですが、まだセフィリアからきっちりと説明してもらっていません。
セフィリアは人差し指を立てながら言いました。
「大会に出場するための地盤を固めておきたかったからよ」
「地盤を固める、ですか〜……?」
瞳の脳内では大会に使われるであろう木材が豊富に揃った〈木材屋〉で大会の基礎知識なんかを学ぶためだったのかな、と思っていました。
実際はヒマリの乱入により基礎知識を学ぶどころか実戦形式になってしまいましたが、そこはセフィリアからすれば嬉しい誤算だったのでしょう。
「特に『目利き』は初体験だったでしょう? これはきっと生きてくるわよ♪ 大会だけじゃなくて、将来的にもね♪」
「なるほど〜!」
セフィリアは瞳の未来のことまでを考えての大会であり、〈木材屋〉の訪問でした。
「帰ったら早速練習したいと思います〜!」
「ええ、頑張ってね。応援してるわ♪」
唇を尖らせて鼻息をフンスと荒くしている瞳にセフィリアは優しく微笑みかけました。
「本番は厳しく審査するから、そのつもりでね♪」
「は、あい〜! ……はい?」
瞳は首を傾げました。
聞き間違いでしょうか。厳しく審査されるから、と言おうと思って間違えてしまったのでしょうか。きっとそうに違いありません。
セフィリアはニッコリと微笑みながら言いました。
「そういえば言ってなかったかしら。私は木工大会の審査員を任されているのよ♪」
「そ……そうだったんですか〜?!」
瞳は目から鱗がこぼれ落ちそうになりました。
てっきり大会当日は一緒に出場するか、そうでなくても観客側から見守ってくれると思っていたのですが、別の意味で見守ってくれるようです。
いつもの優しい視線で見てくれることを信じたいところですが、本人が厳しく審査すると言っている以上、そこに優しさはなく、宣言通り厳しく審査されることでしょう。
セフィリアとは、そういう女性なのです。
「でも、思えばそうですよね〜。セフィリアさんほどの職人が大会に出場したら簡単に優勝しちゃいますもんね〜!」
「ふふふ♪ そう言ってくれるのは嬉しいけど、名が知れ渡ってないだけで私より凄腕の職人なんてたくさんいるものよ?」
「ええ?! セフィリアさんよりもですか〜?!」
「そうよ♪」
瞳には信じられない言葉でしたが、セフィリアが言うのであればまず間違いはありませんし、上には上がいるという格言もあります。
〝芸術の森〟ユグードには、まだまだ瞳の知らない秘密や不思議やすごいことがたくさんある、ということ。
そもそも瞳が出場しようとしている木工大会の出場条件は〝半人前であること〟ですから、半人前なのにセフィリアよりも実力が上ということは、とんでもないスパルタの師匠ということになります。
瞳はワクワクが止まりませんでした。
「じゃあじゃあ! もしかしたらセフィリアさんよりもすごい人が大会に参加するかもしれないんですか〜?!」
「可能性のお話だけどね。エントリーはまだ先だし」
審査員として木工大会に参加するセフィリアならエントリーされればその情報は届くでしょうが、まだわかりませんでした。
「お知り合いになったりとかできるんでしょうか……!」
「瞳ちゃんならきっと大丈夫よ♪」
やはり一人前の職人を目指しているだけあって、瞳は貪欲に知識や腕前を吸収しようとしていました。
頼もしい限りです。
「とうちゃく〜! ヌヌ店長、ただいまです〜」
〈ヌヌ工房〉に到着すると、二人の代わりに店番をしてくれていたずんぐりむっくりとしたフクロウのヌヌ店長がお出迎えをしてくれました。
フクロウなので特になにかを喋るわけではありませんが、目は口ほどに物をいうと言います。まるで宇宙を宿したかのように煌めくまんまるの瞳を、帰ってきた二人に向けました。
「ただいま戻りました。ヌヌ店長大丈夫でしたか?」
セフィリアが聞くと、ヌヌ店長はむっふりと頷きました。どことなく自身ありげな表情を浮かべています。
さっそくセフィリアと瞳がお店番をしてくれていたヌヌ店長と代わりました。
売り上げは見たところ──いつもとあまり変わりません。
むしろいつもよりもちょっと売れているくらいです。さすがは『店長』の名を持っているだけはありました。
一羽だけでも営業が成り立ってしまうどころか、普段よりも儲けてしまうのですから。
「ヌヌ店長すごいです〜! いつもよりも売り上げが伸びちゃうなんて〜!」
「ふふふ♪ ヌヌ店長は本気を出したらもっとすごいのよ?」
両手を合わせてセフィリアは誇らしげに微笑みました。
「もっとですか〜?! それはぜひ見てみたいです〜」
瞳の知らないところでセフィリアはヌヌ店長が本気を出したところを見たことがあるのでしょう。
「ヌヌ店長〜」
瞳は期待度純度100%のキラキラな目をヌヌ店長に向けますが、ぐるりんちょ、と明々後日の方向を向いてしまいました。
どうやら人前ではあまり本気を出したくないようです。
能ある鷹は爪を隠す、というやつかもしれません。
……フクロウですが。
と、またしてもぐるりんちょと首が帰ってくると、嘴になにかを咥えています。
それはメモでした。
「……これは?」
瞳が首を傾げると、まるで鏡のようにヌヌ店長も首を傾げます。なにかを伝えたいようですが、まだまだ瞳はヌヌ店長の言いたいことを汲み取ることはできませんでした。
代わりにセフィリアが代弁してくれます。
「瞳ちゃんへの伝言だそうよ」
「え、伝言ですか〜?」
いったいなんだろうと思いながらヌヌ店長からメモを受け取ります。
中身に目を通してみると、どうやら留守にしている間に火華裡やヒーナがやってきて『相談があったらいつでも聞くから遠慮せず言ってね』的なことを言い残していったようです。
どうして二人が急にこんなことを伝えてくれたのかはわかりませんが、好意はありがたく受け取っておくことにしました。
瞳自身も知りえない恋心を察した二人からのサポートなのですが……。
果たしてこの恋は、実ることがあるのでしょうか。一人前になれるかどうかも合わせて、見守っていくとしましょう。
「それでは早速、大会のためにも修行に移りたいと思います!」
「今日はいっぱい頑張ったし、お休みしてもいいのよ?」
「じゃあおやすみしますー!」
とても正直な瞳だったのでした。
メモが誰の手でどうやって残されたものなのか、疑問に思わないままに。
***
──前略。
お元気ですか? わたしはちょっと疲れちゃいましたけど元気です。
今日はいろいろありました。
腕を休める予定で出かけたはずが、結局腕を使うことになってしまってクタクタです。
でもそこでとても元気な人と出会いました。
セフィリアさんが連れて行ってくれた場所は〈木材屋〉だったんですけど、わたしと同い年くらいの女の子がいたんです。そこで木工大会の予行練習みたいなことをその子とすることになって、目利きとか釘打ち勝負とかすることになったんです。
結果は惨敗してしまいましたけど、木工大会まではまだ時間がありますから、それまでにもっともっと修行して、本番でリベンジを果たせたらいいなぁって思います。
そのためにも、今日はゆっくり休もうと思います。
それでは、おやすみなさい。
草々。
森井瞳──3023.10.20




