「ルーツ」
あれから2回、3回と勝負を繰り返しましたが、結果の方は──
「ふふん! 素人がウチに勝とうなんて5000兆年早かったわね!」
「あう〜……」
──惨敗でした。
いろいろと不利な状況が揃っている中で瞳なりに頑張ったのですが、その差は歴然でした。
ヒマリの言う通り、素人が経験者に勝つというのは相当ハードルが高いです。よくやったと褒めてあげたいくらいです。
しかし収穫はありました。
「これが『木工大会』の種目なんですね……」
全く全貌が見えなかった『木工大会』の片鱗を知ることができました。
「そのうちのひとつね! 他にもいろいろあるけど、今のままじゃ全くお話にならないわね!」
「ガーン!」
ヒマリのド直球な評価に、瞳は頭を抱えました。
せっかく出場するのであればいい結果くらいは残したいと思っていたのですが……せめてヒリといい勝負をするくらいには上達しないと、早々に瞳の『木工大会』は終わりを迎えてしまうでしょう。
わざわざセフィリアが出場をすすめてくれたのに、このままでは〈ヌヌ工房〉の看板に泥を塗るような結果に終わってしまいかねません。
それだけは絶対に回避したいです。自分のためにも、セフィリアのためにも、そして〈ヌヌ工房〉のためにも。
頭を抱える瞳に、ヒマリは堂々と胸を反らしながら付け加えます。
「これじゃセフィリアさんの弟子と認めるわけにはいかないわね!!」
ビシリッ! と瞳のことを全力で指差しました。
「大会までにはウチと張り合えるくらいには仕上げてきなさいモリイヒトミ! じゃないと痛い目見ることになるわよ!」
「も、もちろんですとも〜!」
瞳はしっかりと頷きました。
こうしてライバル心を剥き出しにしているヒマリですが、なんだかんだ言ってしっかりと釘打ちのコツは教えてもらいました。
あとは繰り返し練習すれば、ものにできるかもしれません。
練習ならば、瞳の得意とするところ。
「その意気や良し! へなちょこな返事してたら」
そこでヒマリは唐突に言葉を切りました。気になってしまった瞳は続きを促します。
「……してたら?」
「考えてなかったわ!」
「ずこ〜」
瞳がコケるという世にも珍しい光景が見られました。
「っと、なんだかんだで結構時間経っちゃったわね。セフィリアさん、ついつい流れでこんなことになっちゃいましたけど、用事があったんじゃないですか? ウチが対応しますよ! このウチが!」
眩しいくらいに目を光らせてヒマリはセフィリアに詰め寄りますが、頬に手を添えて天使の微笑みを浮かべました。
「確かに用事はあったけど、もう大方済んじゃったわ♪」
「えぇ?! じゃあもうお帰りになっちゃうんですか?!」
セフィリアの言葉を聞いたヒマリはこの世の終わりのように肩を落としてショックを受けました。
セフィリアが瞳を〈木材屋〉に連れてきた理由は、大会のことを教えてもらうためだったのです。
まさかヒマリとの勝負に発展するとは思っていませんでしたが、習うより慣れろということで結果オーライでした。
帰って欲しくないヒマリは子供のように駄々をこね始めます。
「いやですいやです! ちょっとくらいお茶していきましょうよ! いい感じの茶菓子もあります! なんだったらそのまま夕飯どうですか! そしてそのまま一夜を共にしましょう!!」
物凄い勢いでまくし立てるヒマリにさしものセフィリアも困惑──するかと思いましたが、流石はセフィリアと言うべきでしょうか、いつもの柔らかな物腰は変わりません。
「お誘いありがとうヒマリちゃん♪ でもお仕事の邪魔をするわけにはいかないから、見学だけさせてもらうわね♪」
ヒマリも一応〈木材屋〉に勤めている半人前の職人です。本来ならば仕事の手伝いをするなり修行をするなりしている時間のはず。
それがセフィリアと瞳の訪問で潰れてしまっているのですから、これ以上は流石に迷惑になってしまいます。ストップウォッチで時間を測ってくれた人もセフィリアのためならばと、わざわざ手を止めてこちらの勝負を見てくれた訳ですし。
……言い出しっぺはヒマリですが。
せっかく来てくれたから構ってほしいヒマリでも、〈木材屋〉の先輩に「その辺にしとけ」と窘められ、おとなしく引き下がりました。
と思ったのですが。
キレッキレの動きで右手を天に突き上げました。
「じゃあウチが案内します! こればっかりはユグードの森が燃えても譲れません!」
流石にそれは譲ってほしいです。
セフィリアはわかりませんが、知り合ったばかりの瞳でもこれはわかります。
──ヒマリは言い出したら聞かないということを。
それを〈木材屋〉の先輩がわかっていないはずがありません。早々に降参ポーズで「好きにしてくれ」と諦めていました。
「ではこちらです!!!」
案内役をもぎ取ったヒマリは目を血走らせて鼻息荒くしたままセフィリアの手を取って〈木材屋〉の中へ入っていきました。
ぶっちゃけ顔が怖かったのですが、対応自体はとても優しいものでした。
瞳も後をついていきます。
「おうふ」
相変わらず強すぎる木の香りが鼻を突きますが、すぐに慣れてしまいます。
中では聴き慣れた音と聞き慣れない音の大合奏が繰り広げられていました。
聞き慣れた音は鑿と金槌を振るう音や、鋸でギコギコと木を切る音。
聞き慣れない音は丸鋸やチェーンソーでぶった切るけたたましい音。
「みんな頑張ってるわね♪」
セフィリアは真剣に作業をしている人たちを眺めながら微笑みます。
彼女がいるから見栄を張っていつも以上に頑張っているのですが、そうと知らず感心しています。
「ヒマリちゃん、あそこの人はなにをやってるの〜?」
真面目に仕事に取り組んでいる中で、横倒しになった長い角材を前に、手元でなにやら黙々と作業をしている男性がいました。
とても真剣な表情を浮かべています。レンガのような薄く細長い木材を木槌でコツコツと慎重に叩いてはなにかを確認しています。
「なに、あれも知らないの? ま、見てればわかるわ!!」
とヒマリが言うので瞳は大人しく穴が開くほど見てみることに。
男性は満足したのか静かに頷くと、長い角材の端から端まで、滑るように移動します。
「んん?!」
瞳は初めて見る光景に驚きの声を上げました。
なんと言うことでしょう、まるでストッキングの生地のような薄さで角材の表面が削られているではありませんか。
驚きで口が塞がらない瞳に、ヒマリは誇らしげに「ふふーん」と鼻を鳴らしました。
「どう、すごいでしょう?! あれだけ薄く削れるのはここじゃあの人だけなのよ!」
「えっと、なんかアレみたい! わたあめ〜!」
お花見の時に初めて見た甘い夢のようなお菓子『わたあめ』を彷彿とさせるほどに、奥が簡単に透ける薄く繊細な削り。
「あれは『鉋』っていう道具で、そうね……とにかく表面を滑らかにするものよ!」
瞳の感性に合わせて表現を合わせてくれました。とにかく、最後の仕上げの工程ということです。
「〈ヌヌ工房〉ではすでに仕上がったものが納品されてるから、あまり馴染みはないかもしれないわね!」
確かに瞳が普段、修行で使っている木材や商品用に使っている木材はすでに加工済みのものでした。
〈木材屋〉でこうして綺麗に仕上げられて〈ヌヌ工房〉へと届き、それがさらに加工されて商品として店に並び、それが各ご家庭で使われる。
目に見えないところでも、これだけの連鎖が起こっているのです。
「私たちが普段何気なく使っているもののルーツを遡っていくのも、なかなかに面白いでしょう?」
セフィリアが微笑みながら聞くと、瞳は大きく頷きます。
「は、あい! 一つの作品に関わっているのは自分だけじゃないんだって。もっとたくさんの人が関わったからこそ出来上がるものなんだってわかりました〜!」
今まで瞳は、自分の作る作品に気持ちを込めて作っていました。お客さんのことを思って。
ですが、その作品に込められた気持ちは瞳の気持ちだけではなかったのです。
「──頼もしいです。心強いです。これだけたくさんの気持ちが込められた作品なら、きっと素敵なものが出来上がるに違いありませんね〜!」
「ふふふ♪ ええ、そうね♪」
「こ、この二人眩しすぎるわ?!」
ニッコリと微笑み合う師匠の弟子の背中が痒くなるようなやり取りを見て、ヒマリは太陽を直視したかのようによろけたのでした。




