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「トンテンカン」

 ──前略。


 お元気ですか? わたしは元気です。


 珍しく今日はちょっとだけ早起きしちゃいました。起こしちゃったらごめんなさい。


 早く雪ちゃんを使ってみたくて目が覚めちゃったんです。


 あ、雪ちゃんっていうのは、ヒジリさんに作ってもらったトンカチのことです。ちゃんとしたお名前は「宝雪(ほうせつ)」なので、雪ちゃんです!


 そういえばまだちゃんと紹介してませんでしたね。写真、載せておきますね。


 せっかくの早起きを無駄にしないためにも、一人でこっそり練習始めちゃおうかな〜、なんて。


 それでは、またメールしますね。


 草々。


 森井(もりい)(ひとみ)──3023.10.11




   ***




 トントントン。カンカンカン。トンテンカン。

 木工品取扱店〈ヌヌ工房〉に、小気味好い音がリズムに乗って響きます。


「瞳ちゃん、雪ちゃんの調子はどうかしら?」


 薄緑色の長髪をゆるく編んだ物腰柔らかな女性、セフィリアが天使の笑顔を浮かべながら聞きました。


「あい! とってもいい感じです〜!」


 満足そうににっかりと笑い返したのは、森井瞳。先日〝見習い〟から〝半人前〟になったばかりの、のんびり屋さんな女の子です。

 雪ちゃんとは、瞳が握っている白い金槌の愛称で、正式名称は『宝雪』。我ながらいい名前をつけたと、瞳の中ではとってもお気に入りです。


「これならいつまででも振っていられそうですよ〜!」


 瞳は調子に乗っています。


 非力な瞳のために軽めに作られているとはいえ、それでも立派な金槌ですからそれなりに重たいです。

 なので、しっかりと師匠として釘を刺しておきます。


「ふふふ♪ 気持ちはわかるけど、休憩はこまめにね?」

「あい〜!」


 素直に、そして元気に返事をして、釘を等間隔に打ち込んでいく修行に戻ります。これが一段落したら休憩を挟もうと決めました。


 今一度、途中まで進めた修行の成果を眺めてみます。

 セフィリアから借りた金槌よりも、良い感じに出来ているという自信がありました。


 トントントン。カンカンカン。トンテンカン。


「むふふぅ〜」


 なんだか瞳、ご機嫌です。表情もニンマリととろけています。

 雪ちゃんを使うのが楽しくて仕方がないようです。


「……出来た!」


 等間隔に釘が打ち込まれた木の板を眺めて満足げに瞳は頷きました。

 今回のは自信作です。綺麗な〝なんちゃって基盤〟の完成です。


「セフィリアさん出来ました〜見てください〜!」

「ふふふ♪ どれどれ?」


 トテトテと駆け寄って、修行の成果を師匠に提出します。

 渾身の出来です。結果のほどはいかに。


「…………」

「…………ぅ」


 思っていたよりも沈黙の時間が刺さり、息が漏れてしまいます。


 セフィリアの穏やかな視線の奥には、職人としてのプライドがギラギラと光っていました。この鑑定眼をくぐり抜けられない限り、瞳は次のステップへは進めません。


 隅から隅までじっくりと、ねっとりと見終わって。


「うん、合格♪」

「やたー!!」


 ついにセフィリアの口から「合格」という言葉とオッケーサインが飛び出しました。


 その言葉を耳にした瞬間、瞳は両手を広げウサギのようにぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びます。動きに合わせて爆発ヘアーがブワリブワリ。


「やっぱり雪ちゃんのお陰かしら? 見違えるようだわ♪」


 使う道具が変わっただけで、ググッと成長したようにセフィリアには感じられました。


 道具の良し悪しもあるでしょうが、それに触発されるかのように瞳の腕前も上達しているのかもしれません。


「えへへ〜……」


 セフィリアに褒められるとやっぱりニヤケが止まらない瞳なのでした。


「それじゃあキリがいいのでちょっと休憩挟もうと思うんですけど、いいですか〜?」

「ええ、もちろんよ♪」


 瞳の質問にセフィリアは頷きました。


 大切な相棒ですので、雪ちゃんを丁寧にしまってから、すっかり喉が渇いていたことを思い出しました。


「お茶でも淹れようかな〜? セフィリアさんもどうですか〜?」

「そうね、頂こうかしら♪」


 お茶を淹れるのもすっかり慣れたもので、今ではなにも考えずとも体が勝手に動いてくれます。


 なので、セフィリアの話に耳を傾けることができました。


「雪ちゃんを使うようになってから調子良さそうね♪」

「そうですね〜! 自分の思ったところに、思ったように振り下ろせるだけでこんなに変わるんだなって実感しました〜」


 セフィリアから借りていた金槌ももちろん良いものなのですが、やはりオーダーメイドは違いました。

 なにからなにまで、全てにおいて瞳のためだけに作られたものですから、感覚的に扱うことができるのです。


 事実、いままでは何度か木の板を叩いてしまっていましたが、雪ちゃんを使い始めてからはめっきりそういったミスがなくなりました。釘が斜め(そっぽ)を向くこともなくなりました。

 板を叩いて手に伝わってくる衝撃が、ジーンと瞳の手に地味なダメージを残していたのですが、それがなくなっただけでもありがたいです。


 手を休める時間が減れば、その分修行の時間を伸ばすことができるのですから。


「どうぞ〜」

「ありがとう♪」


 淹れた紅茶をセフィリアに差し出して、それを受け取りました。


「大会までに間に合いますかね〜?」


 カップに口をつけて喉と唇を潤してから瞳が問いかけます。木工大会まで約三ヶ月。余裕をぶっこいていられるほどの時間はないからです。


「瞳ちゃんなら大丈夫。雪ちゃんもいるしね♪」

「だといいんですけど〜……」


 まだまだ金槌の修行は始めたばかり。大会は金槌だけ使えればいいというわけではないでしょうから、やはり不安は残ります。

 早くもっともっと使いこなせるようになって、(のみ)を使った修行に移れれば良いなぁと瞳は思いました。


「はふぅ……」


 紅茶を飲んで一息つけたところで、一つ重要なことを聞くのを忘れていました。


「そういえば大会にしゅちゅ──出場するのはいいんですけど、具体的にはどんなことをするんですか?」


 可愛らしく噛んでいましたがなかったことにしまして、これは結構重要な問題です。


 大会でどんなことをするのか。


 それを前もって知っていれば、的を絞って修行をすることもできます。そのほうが確実ですし、あわよくば結果を残すこともできるでしょう。


「ふふふ、いろいろよ♪」

「い、いろいろですか〜……?」


 ニコニコと微笑んで、誤魔化されてしまいました。


 それはごくごく稀に見かける、イタズラな笑みでした。


 セフィリアは「ごちそうさま」と飲み干したカップを置くと、満面の笑みを浮かべてこう言うのです。


「それよりも瞳ちゃん、修行の続きを頑張りましょうか? さっきのクオリティーのものをあと10枚くらいお願いね♪」

「じゅっ……?!」


 思わぬ発言に瞳は息を飲みました。


 ようやっとセフィリアから初めての合格をもらえて次のステップに進めると思っていたのに、まだまだ終わりではなかったようです。


「ま、負けませんよ〜!」

「ふふふ♪ その調子よ瞳ちゃん、頑張ってね」

「あい〜!」


 ふんす、と鼻息荒く気合いを入れて紅茶を片付けてから、修行に戻りました。

 セフィリアには重要なことを誤魔化されてしまいましたが、まだまだ修行は始まったばかり。


 これからこれから。


 肩の力を意図して抜いて、瞳は修行に勤しむのでした。




   ***




 ──前略。


 お元気ですか? わたしは元気です。


 ヒジリさんが作ってくれた雪ちゃんのお陰でだいぶ長い時間修行をすることができるようになりました。


 何日も挑戦して、今日初めてセフィリアさんから合格をもらったんですけど、同じものを何個も作れるようになったら次ね♪ ととっても素敵な笑顔で言われてしまいました……。


 普段はとっても優しい人なんですけど、やっぱり木工に関することには甘くない人でした。


 だからこそ、やりがいがあるってことですよね!


 もっともっと修行して、セフィリアさんをあっと驚かせたいと思います!


 それでは、おやすみなさい。


 草々。


 森井瞳──3023.10.16

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