「産声」
──前略。
お元気ですか? わたしは元気です。
何度か〈鍛冶屋〉さんのほうへ通って、ヒジリさんとお話をさせていただいて、オーダーメイドの方向性を一緒に決めたりとかしました。
そしてそして! ヒジリさんから無事に出来上がったという連絡をいただきましたので本日はそれを受け取りに行ってきたいと思います。
いったいどんな子に仕上がっているんでしょうか? とってもワクワクしています!
今回はセフィリアさんはいないので、ひとまずは扉を開けるところから頑張りたいと思います……!
それでは、またメールしますね。
草々。
森井瞳──3023.10.10
***
運命の瞬間はやってきました。
「ごくり……」
無駄に声に出して唾を飲み込んで、見つめる先には〈鍛冶屋〉さん。
正確には、その扉でした。
そうですいつも開けるのに苦戦しているあの扉です。
今回も入る前に他のお客さんの出入りを観察してから、しっかりと扉が開閉することを確認しました。
「いざ! ──あららぁあ??」
気合いも充分にドアノブに手を伸ばしたら、握る前に開いてしまい気合いが空回り。
「──っと、森井さん? よかった、ちょっと遅かったから迎えに行こうかと思ってたところだったんだ」
扉を開けたのは、銀髪爽やかイケメンのヒジリでした。今日も白い歯を光らせて、笑顔がとっても眩しいです。
そんな眩しさから視線をそらすように、瞳は頭を下げました。
「す、すみません〜……!」
単純に〈鍛冶屋〉さんの前で観察をしすぎていただけなのです。決して遅刻をしたわけではないのです。
「いいよ。それより入って。早く見て欲しいんだ」
「は、あい……!」
興奮気味のヒジリに中へ案内され、カウンターへ通されます。そしてヒジリが持ってきたのは、なんだか高級そうな木の箱でした。
その中に、例のものが入っているのでしょう。
「お待たせ。これが森井さんの金槌だよ」
ヒジリのすらっと長い指が箱を開けました。まるで指輪を渡すプロポーズのようです。
これから渡されるのはきらびやかな結婚指輪とは無縁の、無骨な金槌ですが。
──そのはずなのですが。
「わあ……!」
中身が視界に入った途端、瞳の目にはそれがまるでダイヤモンドのように光り輝いているかのように見えました。
普通の金槌は鈍色の鉄と木材の茶色の二色ですが、この金槌は全体的に白っぽい色で統一されています。
ピカピカで真新しい金槌は足跡ひとつない新雪のように澄み渡り、触れることすら躊躇ってしまうほど。
瞳の手の大きさに合わせて作られており、今まで練習で使ってきたものよりも、ほんの少しばかり小振りに作られていました。
「ぜひ感触を確かめてみてほしいんだ。なにか気になる点があったら遠慮なく言ってほしい」
「これで完成じゃないんです?」
瞳の目にはすでに完璧に見えているのですが、ヒジリは首を横に振りました。
「森井さんが納得するものが出来るまでは完成じゃないんだ。中途半端なものは作りたくないから、正直にお願い」
「わ、わかりました……!」
思っていたよりも責任重大であることを自覚して、瞳は慎重に金槌へと手を伸ばしました。
指先から撫でるように優しく触れて、ゆっくりと持ち上げます。
ふわり──と。
想像していた重さよりもずっと軽く、そして持ち手は吸い付くように手に馴染みます。
まるで手の延長線。体の一部のように感じました。初めて手にしたとは思えないほど、しっくりときたのです。
試しに手首を軽くひねって振ってみたり、今一度重さを確かめてみたりします。
「すごいです……全然違和感ないです〜!」
最初こそその軽さに驚きましたが、あっという間に慣れてしまいました。
これがオーダーメイド。これがヒジリという職人が作り上げた努力の結晶。
「本当? 直してほしい点とかは」
「ないです! 少なくともいまは」
早く試しに使ってみたくてウズウズしてくる体を必死に抑えて、そっと金槌を木箱に戻しました。
「……どう、だったかな?」
ヒジリは恐る恐る、瞳に感想を聞きました。
「どうやって文句をつければいいかわからないです」
「それは……はは、ありがたいね」
瞳の独特な賛辞の言葉に、ヒジリは照れ臭そうに頬を掻きました。
すぐに表情を引き戻して、瞳のクリクリの目を見つめます。
「それじゃあ最後の仕上げ。これが終わったら、金槌は森井さんのものだよ」
「最後の仕上げ?」
コクッ、と首をかしげると、ヒジリはニッコリと微笑みました。
「森井さんにはこの子の名前を考えてあげてほしい」
「名前……わたしが考えていいんですか〜?」
「もちろんだよ。これは森井さんのために作った金槌だからね」
瞳は高い天井を見上げ、髪の毛をイジイジとして名前をあれこれ考えました。
ヒジリは何も言わず、黙って瞳のことを待ち続けて。
やがで、瞳はポツリと一言こぼします。
「宝雪……」
「ほうせつ?」
「雪みたいに真っ白で、宝石みたいに輝いていて……最初に見たときにそう思ったんです」
「それで『宝雪』……なるほど、とってもいい名前だね」
「えへへ……」
瞳は照れ臭そうにハニカミました。
「それじゃあちょっと待ってて、すぐに仕上げちゃうから」
ヒジリはそう言うと、『鏨』と呼ばれる小さな小さな鑿のような道具と金槌、それから鉛筆を取り出しました。
「こ、ここでやるんですか〜?」
取り出した道具を見て瞳はすぐになにをやろうとしているのか察しました。
──彫金。
〈鍛冶屋〉はまだまだたくさんのお客さんで賑わっている中で、トンテンカンと音を立てようとしているのです。場合によっては「うるさい!」と怒られてしまうでしょう。こんなところで作業をするな、と。
いわゆる〝営業妨害〟というやつです。
ですがヒジリはあっさりと頷きました。
「うん。すぐに終わるし、完成する瞬間……森井さんも見たいでしょ?」
「それは──見たいです!」
同じ職人としての知的好奇心と、友人が作業をする姿を単純に見てみたいというただの好奇心から、激しく同意しました。
まるでヘッドバンキングのごとく荒ぶる瞳の爆発ヘアーに苦笑しつつ、ヒジリは鉛筆で金槌の側面に下書きをします。
「字はこれで合ってるかな?」
「あい、あってます〜」
これで字を間違っていたら、すんごく、とっても、それはそれは恥ずかしいのでしっかりと確認をして、準備は整いました。
「鉄くずが飛ぶかもしれないから、目に入ったりしないように気をつけてね。なるべく飛ばないようにするけど」
「らじゃ〜です」
とか言いつつだいぶ近くでガン見する瞳でした。ちゃんと注意してもう少し離れてもらってから、ヒジリは彫金を始めます。
──キンキンキンキン……。
道具の小ささゆえか、甲高い音が小刻みに響きます。思っていたよりも、音は小さかったです。お客さんの喧騒のほうがうるさいくらいでした。
でも瞳の耳には、澄み渡る金属音だけが聞こえています。それはこの世に誕生することを喜んでいて、耳を澄ませている瞳はまるで母親のような気分でした。
手際よく作業を進めていくヒジリの手腕にも驚きです。淀みのない、穏やか小川の流れのよう。
細かい鉄くずをふっ、と一息。
「──完成だ」
こうして、瞳専用の金槌『宝雪』は、世界に産み落とされたのでした。
***
──前略。
お元気ですか? わたしは元気です。
あのね、聞いてください!
とうとうわたしの、わたし専用のトンカチを作ってもらっちゃいました!
赤ちゃんみたいに白い肌で、きめ細やかで……いつまでも眺めていられそうです。使うのがもったいないくらいです。
でもそう言ったらヒジリさんが「道具は使ってこそ命が宿るものだから、育ててあげてほしい」と言われました。
前にヒジリさんから聞いた付喪神、というやつでしょうか。
付喪神……いま思い返してみても、とってもステキな考えかたです。
うん。
ヒジリさんに言われた通り、立派に育てて、わたし自身も立派な一人前の職人になりたいと思います!
それでは、おやすみなさい。
草々。
森井瞳──3023.10.10




