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「新しい目標」

 ——前略。


 お元気ですか? わたしは元気です。


 朝起きたらヌヌ店長がわたしの部屋のすみっこで眠っていました。最初全然気づかなくて声を上げて驚いちゃいました。


 昨日は一日姿を見かけなかったので、余計に驚いちゃいましたよ。


 なんとなく部屋の物が動いているような気がするのですが……たぶん気のせいですよね。枕が天井に張り付いてるけど、いつものことですし。


 右手の筋肉痛はまだ少し違和感ありますけど、修行にはおおむね問題ない程度には回復しました。一日休みをくれたセフィリアさんとヌヌ店長には感謝です。


 そういえば今朝は面白い夢を見たんですよ。


 (のみ)と金槌を華麗に操ってジャグリングをしながら人前で木工を披露するという、夢のまた夢のようなことをしてました。


 夢なんですけど。


 でもでも、その夢を現実のものにできるように、これからも立派に修行を頑張りたいと思います!


 それでは、またメールしますね。


 草々。


 森井(もりい)(ひとみ)——3023.10.3




   ***




 こんこんこん。

 とーん。とーん。とーん。


 本日も木工品取扱店〈ヌヌ工房〉は営業中ですが、店内からは小気味好い音が断続的に響き渡っていました。

 一日のお休みをもらった瞳が、戻ってきた握力で金槌を存分にふるっているのです。


 もちろん、また同じことにならないように力はセーブしています。

 むしろそれで余計な力が抜けて、程よい力加減で金槌を振り下ろせていました。


 いまにして思えば、これもまたセフィリアの狙いだったのかもしれません。だからあっさりとお休みを認めてくれたのかも、なんて瞳は思いました。


「ふぃ〜ぅ……」


 張り詰めた糸を緩めるように息を吐いて、瞳は全身を脱力させました。

 少し体を引いて、俯瞰(ふかん)で目の前にある物を眺めます。


 そこには、規則正しく釘が打ち込まれた木の板がありました。まるでなにも差し込まれていない基盤のようです。と例えても瞳にはちんぷんかんぷんでしょうが。


 正確な位置に釘を打ち込む練習と、強すぎず弱すぎず、絶妙な力加減を体に覚えこませるための修行です。


 瞳はその基盤のような木の板を「むふー」と鼻息荒く満足げに眺めると、レジ前で読書をしているセフィリアの元へ持っていきました。


「セフィリアさん! これでどうですか、見てください〜!」

「ん、どれどれ♪」


 しおりを挟んでからパタリと本を閉じて、瞳から木の板を受け取り隅々まで眺めます。


「うんうん、よく出来てるわ♪ やっぱり瞳ちゃんは上達が早いわね♪」

「ぅえへぇぃ〜……」


 ガチで照れてキモい声が瞳の口と鼻の穴から漏れました。モジモジと体をくねらせながら、自分の髪の毛をつまんで毛先同士を突き合わせています。


 よっぽど嬉しかったのでしょう。その表情はとろけていました。


「ここの釘の位置が右に少しズレているのと、ここは板に少し凹みがあるから、これだけ気をつければ完璧♪」

「ですよね〜……」


 とろけた表情から一転、しょぼーんと肩を落としました。


 さすがは一人前の職人です。瞳の目には完璧に見えても、指摘は次から次へと出てきます。これで何度目の再提出かもはや覚えていません。

 それに、言われてみれば確かにズレているし、凹みもあります。言われるまで気づきませんでした。


 ですが、そんなことでへこたれる瞳ではありません。


「よ〜し、もう一回です〜!」

「あ、瞳ちゃんちょっと待って」


 まだまだやる気は瞳の中で渦巻いています。その勢いのままにやり直そうと思ったのですが、セフィリアに呼び止められてしまいました。


「やる気があるのは良いことだし嬉しいんだけど、休憩することも大切よ♪」

「でも——」

「それにちょっと相談があるの。休憩がてら少し話さない?」

「は、あい〜。そういうことでしたら〜」


 手招きをするセフィリアに引き寄せられ、瞳は近くの椅子に腰掛けました。


「それで、お話ってなんですか〜?」


 瞳は首を傾げながら問いかけると、少し言いづらそうにしながらセフィリアは切り出しました。


「ちょっと先の話になるんだけど……瞳ちゃんさえよかったら、『木工大会』に出場してみない?」

「木工——大会ですかぁ〜?!」


 セフィリアからのお話を聞いてビックリ仰天、目ん玉飛び出して驚いてしまいました。


「参加資格は〝半人前であること〟だから、瞳ちゃんはすでに条件を満たしているの。良い経験になると思うんだけど、どうかしら?」

「大会……わたしなんかが出場しても大丈夫なんでしょうか〜……?」


 瞳は不安げな声をあげました。

 参加条件は半人前であること——確かに条件は満たしていますが、実力が伴っているかどうかは別問題です。


「瞳ちゃんなら大丈夫よ♪ まだ先の話だし、その間に実力をつければ問題ないわ♪」

 セフィリアは両手を握ってガッツポーズを作りました。瞳ならできると心から信じているのでしょう。


「えっと、その大会っていつなんでしょう〜?」

「三ヶ月後よ♪」

「三ヶ月ぅ……」


 微妙、と瞳は思いました。


 期間としては長いように思いますが、修行する時間としては短いです。ここまで駆け足で修行してきて半人前になれた瞳ですが、鑿と金槌を使った修行には難儀しています。


 なにより金槌の扱いが瞳は不得手でした。「鑿は金槌をマスターしてからね♪」とセフィリアに言われてしまったので、鑿に触れるのはまだ先になりそうなのです。


 しかしそこは木工職人の大先輩、セフィリアです。ちゃんと考えがありました。


「と、言うわけで、近いうちに〈鍛冶屋〉さんにお邪魔しに行きましょうか♪」

「〈鍛冶屋〉さん、ですか〜?」


 ただでさえ〝三ヶ月〟という期限が設けられたのですから、瞳としては一分一秒を惜しんで金槌をマスターしたいところでしょう。


 ですが、そこであえて〈鍛冶屋〉へ瞳を連れて行くのにはこんな理由がありました。


「瞳ちゃん専用の道具を作ってもらうのよ♪」


 木工道具のオーダーメイド。それを作りに行こうとセフィリアは言っているのでした。


「いま使ってる金槌、私のだからちょっと重くて使いづらいでしょう? オーダーメイドならもっと使いやすいものを用意できるわ。もちろん彫刻刀とか他の道具もね♪」


 自分のために作られた、自分だけの道具。

 それはとっても魅力的な響きでした。


 ですが、これだけは譲れませんでした。


「彫刻刀は今のままがいいです!」

「いいの? ずっと前から使われていた古いものだけど」


 セフィリアさえ誰が使っていたのかわからないくらいに前からあった、お(ふる)の彫刻刀です。

 せっかくの機会ですから、新しいものに変えてしまったほうが瞳のためにもなるでしょう。


 それでも、瞳は首を振りました。


「いいんです。それがいいんです。あの子はわたしが初めて握った道具で、ずっと大切に使われてきたんです。だから、わたしも大切に使っていきたいんです」


 最初はただ木を彫るだけでも苦戦していましたが、いまなら握っていなくても、手のひらに、指先に、その感触を鮮明に思い出せます。


「これからもあの子たちとずっとやっていきたいんです」

「——そう、わかったわ♪」


 瞳の気持ちが痛いほどわかるセフィリアは、複雑な心境を笑顔の裏に隠して、微笑みました。


 道具はいつか壊れるもの。ずっと同じ道具を使い続けることはできません。


 そのときが来たら嫌でもわかることですが、そのときがくるまでは黙っていようと、優しさで心に決めたセフィリアでした。




   ***




 ——前略。


 お元気ですか? わたしは元気です。


 今日は握力も回復してきたということで、金槌の扱いかたを覚える修行をひたすらにこなしていました。


 また同じことにならないように、ちゃんと力加減はしましたよ。わたし、学びました!


 そんなとき、セフィリアさんからとあるお話を持ちかけられたんですけど……


 なんと、三ヶ月後に「木工大会」なるものがあるらしく、それに出場してみないか、というお話でした!


 そして、それに向けて新しい道具を作りに〈鍛冶屋〉さんに行きましょうと誘われました。


 確かにいま使っている金槌はセフィリアさんのものなので、わたし専用のものがあれば修行も(はかど)るかもしれません。借りものはいつか返さないといけませんしね。


 でも、彫刻刀だけはいま使っているやつを使い続けたいと思いました。もうすでにわたしのパートナーみたいな存在ですから、乗り換えるなんてできません!


 ずっとこの子と修行をしていけたらいいな。


 森井瞳——3023.10.3

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