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「重大報告」

 顔を真っ赤っかにさせながらもヒジリが使っているお箸に不具合がないか不安で目が離せない(ひとみ)ですが、何も問題はありません。

 とっても丈夫と評判な木の、さらに丈夫な節の部分のみを使って作られていますから、そう簡単には壊れません。むしろ壊れてしまっては困ってしまいます。


 お陰で削り出すのに苦労しましたが、誰かのためにと思って作ると自然とやる気がみなぎってきて、今まで作った作品の中で一番の出来と言っても過言ではないものが出来上がりました。


「さて、みんなも集まったことだし、実は私から重大発表があります♪」


 頃合いを見計らってセフィリアが立ち上がり、両手を合わせて嬉しそうに笑っています。


「セフィリアさん、重大発表ってなんですか〜?」


 突然のセフィリアの言葉に、首をかしげる人が大多数の中、代表して瞳が質問しました。ちなみにかしげていないのは芹香(せりか)とセリーリです。


 この二人はセフィリアの重大発表とやらの内容を知っているのかもしれません。


「瞳ちゃん、こっちに来て?」

「? は、あい〜」


 セフィリアの手招きに従って、瞳は立ち上がり近寄りました。


「火華裡、お前もこっち来い」

「え、私も?」

「……ヒーナちゃんも」

「ヒーナもッスか?」


 芹香とセリーリもそれぞれ自分の弟子を側に招きました。呼ばれた弟子たち三人は訳がわからず怪訝そうな表情を浮かべています。


 セフィリアは、瞳の手を取って優しく包み込みました。


「おめでとう。たった今、この瞬間をもって〝見習い〟を卒業し、〝半人前〟への昇格をここに認めます」

「…………ぇ?」


 ぽかんと口を開けて瞳は思考停止。


 セフィリアが言っている言葉が耳には入っているのですが、その意味を理解するのに時間がかかってしまいました。


「わたし……見習いを卒業してもいいんですか〜……?」

「ええ、そうよ♪ 『瞳ちゃんにとってもいい話』って言ったでしょう?」


 そんなこと言ってたっけ? と記憶を振り返ってみると、確かに言っていました。


 それは先週、瞳をお花見にお誘いしたときです。瞳はてっきり、いい話とはそのお花見のことだと思っていたのですが、違っていたようです。


「でも……どうしてですか? 昇格試験みたいなものがあるものとばっかり思ってましたけど」


 瞳はてっきり、今の〝見習い〟から〝半人前〟になるためには大きな壁を超えないといけないと心のどこかで身構えていました。

 しかしその必要はないようです。


 セフィリアは首を横に振りました。


「昇格試験はやってもいいんだけど、ヌヌ店長が必要ないって判断したの。もちろん私もね」


 にっこりと笑うセフィリアに、嘘の気配は微塵も感じられませんでした。冗談を言っているわけでもなさそうです。


 そもそもセフィリアがその手のことを瞳に言ったことなど一度もありませんでした。

 疑う余地など微塵もありません。


 セフィリアは握った手を、キュッと握りしめました。


「これからも立派に胸を張って、〈ヌヌ工房〉の一員として、一緒に頑張っていきましょう♪」

「……! あい〜!」


 元気いっぱいのお返事も、見習いから半人前へと成長していました。


 そして同時に、当然の疑問も浮かび上がってきました。


「でもなんで急に半人前にしてくれたんですか〜?」


 瞳は聞きました。


 うーんと、と顎に指を添えながらセフィリアは唸ります。


「理由はいろいろあるんだけど、大きく二つかしら」


 指を二本立て、次いでヒジリの手元を指さしました。


「瞳ちゃんがヒジリさんのために作ったカトラリーセット。あれは『オーダーメイド』と言って差し支えないものだし、クオリティも申し分ない。なにより——使う人のことを第一に考えていて一生懸命だった」


 そして二つめの理由は。


「私がいなくてもお店を回してくれたでしょう?」

「え……でもあれはみんなが手伝ってくれたからで……」


 瞳はあのとき手伝ってくれた、火華裡、ヒーナ、ヒジリを順番に見回しました。


 セフィリアが倒れてしまったときは自分(ひとみ)一人だけでは〈ヌヌ工房〉を支えることができないと判断したから、信頼を寄せる仲間に「力を貸して欲しい」とお願いをしたのです。

 それはつまり実力が足りないということになります。であるなら、見習いから半人前へとステップアップできたのはおかしくないでしょうか?


 瞳のそんな疑問をセフィリアは軽く笑い飛ばしてくれました。

 それでいいの、と。


「確かに迷惑をかけてしまったかもしれないけど、本当にそうだったかしら?」

「えっと……どういうことですか〜?」

「あたしらは全然迷惑だなんて思ってないってことよ」


 腕を組む火華裡が力強く言いました。


「ヒーナも迷惑だなんてこれぽっちも。むしろ一日一善(いいこと)をしたと思ってるッス!」


 頷くヒーナが元気よく言いました。


「僕も同じだよ。困っている人を見過ごすことはできない。それが森井さんならなおさらね」


 白い歯を見せるヒジリが爽やかに言いました。


 全員が、本心からの言葉でした。

 誰も、瞳のお願いを迷惑だなんて思っていなかったのです。


「ま、そういうこった!」


 大きな声を上げたのは芹香です。


「アタシとしても、窮地に陥っている仲間を見捨てるようなやつを半人前になんざしない」


 芹香が火華裡の両肩に手を置いて、目を真っ直ぐに見つめながら、言いました。


「火華裡。アンタも〝見習い〟を卒業だ。これからは〝半人前〟としてさらに精進に励めよ」

「マジですか」

「大マジだ」


 芹香の言葉を素直に受け入れられなくて確認を取る火華裡でしたが、即答されていました。


 瞳は知らないことですが、芹香は日常的に嘘やら冗談やらをつきまくっているので、素直に 信じられなかったのは致し方なかったのです。


「……あ、ヒーナちゃんも〝半人前〟ね」

「そんなあっさりとッスか?!」


 居酒屋でとりあえず同じものを、と注文するくらいの気軽さでヒーナも半人前に昇格しました。


 一気に三人も半人前の職人が誕生しました。おめでたいことです。


「見習いになっても半人前になっても、やることはあまり変わらないけど、周りの人の見る目は変わるから、そのつもりでね♪」

「「「はい!」」」


 セフィリアのにこやかでありながら微妙に怖い内容の忠告をしっかりと聞き入れて、三人は声を揃えて返事をしました。


 それを最後まで黙って見届けたヒジリとハルとハジメの三人はおめでとうの拍手を精一杯に送りました。


「つーわけで、この花見はアタシらの同窓会みたいに思われてたようだが、実はアンタらの昇格祝いも兼ねてたんだなこれが!」


 芹香はイタズラな笑みを浮かべて言いました。


「どうだ?! 驚いたか?!」

「いや、驚いたっていうか……驚きましたよ!」


 驚いたようです。

 驚かされてよくわからなくなって、謎の怒りが湧き上がってくるくらいには驚かされました。


 瞳はくりくりの大きな目を輝かせて、二人に抱きつきました。


「火華裡ちゃんヒーナちゃんおめでとう!」

「あんたもね、瞳」

「これで晴れて全員半人前ッスね! これは一人前になる日も近いかもしれないッス!」


 瞳、火華裡、ヒーナ、そして元から半人前のヒジリ。


〝芸術の森〟の将来を担う若い可能性が、ここに勢ぞろいしました。


「おーおー、ちびっ子がイキってら。そう簡単に一人前になれると思ったら大間違いだかんな」


 そう言って先輩風をびゅうびゅうに吹かせている芹香ですが、その顔はとっても嬉しそうでした。


 若い芽が大きく育っていることが嬉しいのかもしれません。


「改めておめでとう、三人とも♪」

「……おめでとう」


 セフィリアとセリーリも弟子の成長を心から祝福しました。


「よ〜し、これからもみんなで一緒に頑張っていこ〜!」

「「おー!」」


 瞳の掛け声に、振り上げた拳をピンクに染まる桜に透かして、気合い充分な火華裡とヒーナでした。

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