「恥ずかしがり屋のカトラリー」
スーパーボール掬い勝負を終えた瞳、火華裡、ヒーナの三人は、みんなが集まっているクマさん柄のレジャーシートを目指して歩きます。
「いやぁー負けた負けた! まさか瞳にあんな特技があったなんて」
「ッスねぇ! ヒーナも結構自信あったのに、完敗ッス!」
火華裡とヒーナは今回の勝者である瞳を褒め称えました。負けた割には二人ともとても楽しそうに笑っています。
「えへへ……ありがと〜」
突然聞こえてきた謎の声のアドバイス通りにしたらなぜか勝ててしまっただけなので、勝利したという実感は薄かったのでが、それでも、勝利は勝利。
長年味わったことのない〝勝った〟という高揚感は、瞳の心を軽やかにしました。足取りも、心なしか軽くなっています。ついでに髪の毛もびよんびよんと軽やかです。
勝者がいるということは、敗者がいるということ。
負い目を感じてしまうということもあって、瞳は勝負が苦手だったのですが、負けた二人からはそんな悔しさのようなものは感じられません。いっそ清々しくすらあります。
それも手伝って、瞳は純粋に勝利を喜べました。
そして瞳の手には、勝者の証であるスーパーボールの数々。
いろんな形、様々な色のゴムで出来たボールが袋いっぱいに詰め込まれています。試しに地面に叩きつけてみましたが、運悪く窪みに命中し、瞳のおでこに反撃してから元気に逃げて行ってしまいました。
ちなみに一番最初に瞳が逃してしまったスーパーボールでした。絶対に逃げてやるという強い意志を感じました。
そのまま放置するわけにはいかないのでちゃんと探し出して回収しました。
しばらく歩くと、みんなが見えてきます。
特に意味はありませんが、火華裡は手でひさしを作って面子が揃っているか確認。
みんなは楽しそうにお喋りを続けていました。
「芹香さんは……うん、ちゃんといるわね」
暴走列車になるかもしれないという火華裡の懸念材料だった芹香は、ちゃんとその場にいてくれました。セフィリアとセリーリがしっかりと手綱を握ってくれたようです。
安心したように、火華裡はホッと一息つきました。
ヒジリとハルとハジメも話が尽きないのか、盛り上がっています。
三人は靴を脱いで、クマさん柄のレジャーシートに無事帰還。
ヒーナは靴を脱ぎ散らかし、火華裡は普通に脱いで、瞳が整えました。コンビネーション抜群です。
いちおう、戻ってきたことを報告します。
紙コップを片手に盛り上がっている芹香に、火華裡は声をかけました。
「ただいま戻りました」
「おう。どうだった?」
「どうだったもなにも、別に、普通ですけど?」
「とか言いながら、楽しんできたみたいでなにより。で、大事そうになに持ってんだ、んん? 飴か?」
背中に隠すように持っていた金魚の飴細工のことを見抜かれてしまって、火華裡はちょっぴり気まずさのようなものを感じました。
手に持っているものはガラス細工ではなく飴細工ですから、師匠を裏切っているような気分になったのかもしれません。
でも、そんなことはありませんでした。
「その飴細工……ははぁん、聖子が作ったやつだな」
まるで名探偵のように顎に指を添えて、ニヤリと笑いました。
「芹香さん、わかるんですか〜?」
あの女性の名前は聞いていませんでしたが、自信を持って言う芹香に、瞳は驚きました。
一目見ただけで誰が手がけた作品なのかわかってしまうとは、これが本物の職人という存在なのかもしれません。
「繊細な塗りと色使いとか、模様のつけ方とか角度とか、まんまアイツのだな」
「知り合いなんッスね。どんな関係なんッスか?」
まるでお互いのことを知り尽くしているかのような物言いに、ヒーナが首を傾げます。
「あ? 学生時代の同期だよ。似たようなジャンル目指してたから、結構つるんでたな」
芹香は昔を懐かしみました。きっと脳裏にはその頃の光景が浮かんでいることでしょう。
そして唐突に、手を鳴らしました。
「うしっ、いい機会だ。火華裡、今度アイツんとこ行ってこい」
「え……いいんですか? 確かに声かけられましたけど……」
飴を受け取ったとき、「興味あるならうちに遊びにおいで。教えてあげる」と声をかけてくれました。
そのときは勢いですぐに返事をしてしまいましたが、芹香という師匠がいながら他の人に教えを請うてもいいものかと、後ろめたさを感じていました。
しかしそんな心配は無用でした。芹香はとっても懐が深く大きいのです。
「ならちょうどいいじゃんか。アイツはアタシには無いものを持ってるかんな、しっかり学んでこいよ」
「……はい!」
火華裡の返事を聞き届けると、次に瞳の手元へ視線を移しました。
「しっかし瞳だっけ? 懐かしいもん持ってんな!」
「あ、これですか〜?」
瞳の手に握られているのは透明なビニール袋。その中にはカラフルなスーパーボールがたんまりと詰め込まれていて、息苦しそうにしていました。
詰め込みすぎてビニール袋が若干伸びているくらいです。二つに分ければいいのに。
「せっかくなので、もらってきちゃいました〜」
えへへ〜、と照れ臭そうに瞳は自慢しました。
掬ったスーパーボールは持ち帰ることができるのですが、大量に持ち帰ったところで扱いに困るので、気に入ったものだけ持ち帰るのが通例です。
しかし瞳は全部持ち帰ってきました。
店主であるヒゲのおじさんもこれには苦笑いを浮かべていました。本来ならいくつか返ってくる商品がごっそり持っていかれてしまったのですから。
ですが、瞳の嬉しそうな表情を見たら、損得勘定なんてどこ吹く風。むしろおまけまでしてくれようとしていましたが、さすがにそれはお断りしておきました。
芹香は手を差し出して言いました。
「ちょっと見せてくれよ」
「は、あい。どうぞ〜」
瞳はスーパーボールが入ったビニール袋を手渡すと、楽しそうに笑いながら中身を漁ります。
「おぉー、ヘンテコなの結構あんな」
ダイヤモンドのようにカットされたものや、中に鳥さんのおもちゃが閉じ込められているものや、目玉が描かれているものなど、とにかくバラエティーに富んでいます。
「こいつなんかイボイボしてんぞ。大丈夫か?」
なにが大丈夫なのかはさておき、特に芹香の興味を引いたのは、パッと見は丸い形状なのですが、さらに細かい丸がたくさんくっ付いたような、バイキンのイメージ画像のトゲトゲを丸めたようなスーパーボールでした。
これではどこに跳ね返るのか想像もつきません。
「──おらぁ!」
だと言うのに、芹香は遠慮容赦なくイボイボスーパーボールを地面に叩きつけました。
それも唐突に。
「びゃふっ?!」
跳ね返ったスーパーボールは見事、自分に当たっていました。自業自得です。
涙目になって額をさすりながら、それでも芹香は楽しそうに笑っていました。セフィリアとセリーリもその様子を見て和んでいます。
きっとこれが、かつての日常だったのでしょう。
「いてっ」
そして遅れて、痛がっても爽やかなイケメンボイスが聞こえてきました。
どうやら跳ね返ったスーパーボールが時間差でヒジリの脳天を直撃したようです。
しかもそのスーパーボールはお弁当に橋をかけるように置いてあった割り箸に命中し、割り箸を弾き飛ばしてしまいました。
割り箸ガードのおかげでお弁当は守護られましたが、代わりに割り箸は地面に落ちて、お亡くなりになってしまいました。
これではふーふーしても復活は望めないでしょう。
「ちょっと芹香さん! いきなりなにしてんですかっ!」
「わりーわりー、つい出来心で。イケメンくんも悪かったな。怪我とかしてねーか?」
「僕は大丈夫です。ただお箸が落ちちゃったので、新しいのってありますか?」
言われて全員で割り箸を探しましたが、おやおや、どうしたことでしょう? どこにもありません。
お弁当が入っていた袋をひっくり返してみても、わざわざ立ち上がってお尻の下を探してみても、その姿を現してはくれませんでした。
「あ……わ、私、新しいのどこかからもらってきますね……」
ハルが気を遣って新しい割り箸をもらってこようとしましたが、
「あ、ハルちゃんちょっと待って〜」
それを呼び止めたのは瞳でした。
そして、頬をわずかに染めて呟きます。
「えっと……ヒジリさんに渡したアレがちょうどいいかと〜……」
「アレ? ああ、もしかして——」
一瞬考えたヒジリでしたが、すぐに察しました。
瞳が渡してくれたあのお礼のプレゼントのことでしょう。瞳は恥ずかしがって開封を拒否していましたが、今がその時のようです。
ヒジリは荷物から大切にしまっておいたお礼のプレゼントを取り出しました。
「これのこと、だよね」
「です〜……」
「開けてもいいの?」
「ど、どうぞ〜」
緊張からか恥ずかしさからか、キュッと体を縮こませています。
そんな反応を見せる瞳に戸惑いを感じながらも、本人が「開けていい」と言ってくれたので、ヒジリは開けてみることにしました。
細長い包装紙を外すと、中から出てきたのは水玉模様の布で出来た包み。中からカラコロと木製の乾いた音が響いています。
紐をほどき、中身を取り出してみると、入っていたのはカトラリーセットでした。
スプーン、フォーク、ナイフ、そしてお箸の四点が入っています。
なるほど確かに、ちょうどいいです。これがあればお亡くなりになった割り箸の代わりにお務めを果たしてくれます。
「すごい……! これ、もしかして森井さんが?」
「です〜」
それらは全て、ヒジリのためだけに作った、いわゆる〝オーダーメイド〟というやつでした。依頼されたわけではなく瞳が勝手に作っただけですが。
「すごく手に馴染む……初めて持った気がしないくらいだよ」
「ヒジリさんの手を思い出しながら作りましたので〜……他は違和感ありませんか〜?」
「うん……どれもちょうどいいよ。とっても使いやすい。せっかくだし早速使ってみようかな」
手の大きなヒジリに合わせて作られた太めのお箸で、お弁当をパク。長さもちょうど良さそうです。
「ぁぅ……ぁぅ……」
自分から言い出した事だし、すでにヒジリの物なので「あまり人前で使わないで〜」とも言えず、顔を真っ赤に染め上げて可愛らしく口をパクパクさせることしかできませんでした。
その様子を見て、陰で火華裡とヒーナがニヤニヤしてたとか、いないとか。




