「スーパーボールすくい」
頭の上にお面をつけた仲良し三人組の女の子が、左右にずらっと軒を連ねている出店の中央を楽しそうに歩きます。
ピンク色に染まる上空を見上げながら、火華裡は一つの提案をしました。
「芹香さんの様子も気になるし、そろそろ戻ろうかと思うけど、その前にちょっと勝負でもしていかない?」
「おっ、いいッスね! ヒーナは大賛成ッス!」
「勝負って? なにするの〜……?」
火華裡の一言にヒーナは全力で乗っかりましたが、瞳はイマイチ乗り気ではありませんでした。
争いごとはあまり好きではないのです。足を引っ張ってしまうから純粋に苦手ということもありました。
だから【地球】で学校に通っているときは、体育の授業などはあまり好きになれませんでした。
よく試合形式でなにかしらのスポーツをやるからです。
もしかして火華裡の言う『勝負』とはその手のものなのではないかと思ったのでした。
しかし、火華裡の口から出た勝負は——
「スーパーボール掬いで勝負よ!」
よくわからない勝負でした。
「す、すーぱーぼーる救い???」
初めて耳にする『すーぱーぼーる救い』なる響きに瞳は困惑の表情を隠せません。
いえ、〝スーパー〟とか〝ボール〟とか〝救い〟とか、一つ一つの単語の意味はわかります。瞳もそこまで馬鹿ではありません。
ですが、それらが合体して生み出される勝負に心当たりはありませんでした。
「いいッスね! 負けませんよぉ!」
「あんたみたいなヒヨッコに負けるあたしじゃないわよ! 覚悟しなさい!」
「ちょ、ちょっと〜?! すーぱーぼーる救いってなに〜?!」
瞳は置いてけぼりになっていました。
「アレのことよ」
火華裡の指差す先を見てみると、ビニールで出来た小さなプールに、水の流れに乗ってクルクルと回るカラフルなボールが浮いていました。
どう見てもただのボールです。どこに〝スーパー〟の要素があるのが全くわかりません。
しかもそれを〝救う〟とはいったいどういうことなのでしょうか? 助けられるものなのでしょうか?
「んん? んんん〜??」
瞳は顔の中央にシワを寄せました。何かおかしな点を発見したようです。
よくよくプールの中を見てみれば、確かに浮いて流されているボールはただのボールではないようです。
「ヒカリちゃんこのボール変だよ。丸くないのもあるよ〜?」
瞳の言う通り、ボールの名を冠しているにも関わらず、形が丸くない物が混じっています。
混じっているというより、大半がそうでした。丸い形をしている物のほうが少ないくらいです。
これらのボールを〝救う〟とはいったいどう言うことなのでしょう?
「スーパーボールはこれでいいのよ。こういうものなの」
「そ、そうなの〜?」
火華裡がそう言うのならそうなのでしょう。隣でヒーナも頷いています。
ちなみに『スーパーボール』とは、ゴムで出来たボールのことで、それはそれはよく跳ねます。硬い地面に思いっきり叩きつけたときの跳ねっぷりは、油断していると見失ってしまうほど。
次に教えてくれたのはヒーナです。
「『ポイ』って呼ばれる小さい網みたいなのを使って、浮いてるボールを器に移すんッス」
「ほうほう」
なるほど、どうやら少し勘違いをしていたようなので、瞳は脳内で間違いを訂正しました。
〝スーパーボール救い〟ではなく〝スーパーボール掬い〟だったようです。
あとを引き継ぐように、火華裡が続きを説明してくれました。
「で、ボールの種類と個数でポイントを計算して、高かった人の勝ちってルールね。ユグードで育った人なら誰もが通る定番の遊びよ」
ユグード定番の遊びならば、瞳が知らないのも無理はありませんでした。
そして瞳はちょっとだけ興味が湧いてきました。
誰かと争ったりするのは苦手ですが、ユグードのことをもっと知りたいと常々思っているので、一回くらいはやってみてもいいかな? という気になったのです。
まあ二人はすでにやる気満々ですから、多数決で強制的にやることになるのですが。
「おじさん、三人分ちょうだい」
「あいよっ」
言い出しっぺということで、火華裡が気前よく三人分の料金をヒゲの濃いおじさんに支払うと、レンズの代わりに紙が貼られた、虫眼鏡の出来損ないのようなものを渡されました。
これが『ポイ』というものです。
「物は試しよ。まずは練習ってことで一回やってみましょ」
そう言って火華裡は、瞳とヒーナにポイを手渡します。
「これ、大丈夫なの〜……?」
受け取った瞳は思いました。
こんな薄い紙で水に浮いているボールを持ち上げたら、簡単に破れてしまうではないか、と。
それがこの遊戯の難しいところでもあり、楽しいところでもあるのです。
「さて、いくわよー……」
火華裡とヒーナはビニールプールの前にしゃがみ込んで、ポイを構えます。その表情は真剣そのものでした。瞳も慌てて二人に倣います。
「おじさん、一分ね」
「あいよっ」
このやり取りはとっくに慣れっこなのか、先程と同じようにヒゲの濃いおじさんはなにも聞かずに返事をして首にかけていたストップウォッチを構えました。
そしてキリッとした表情で言うのです。
「レディ…………ゴッ!」
今、一分間の真剣勝負が始まりました。まだ練習なのに、本番さながらのピリリとした空気がその場を支配しました。
瞳はとりあえず、隣の二人を観察することにしました。制限時間が一分ととても短いので、ちょっとだけ。
「ほい、ほい、ほい、ッス」
ヒーナは小さめのボールを次々と掬い、左手に持った器にリズミカルに移していきます。動きの素早いヒーナならではの戦略です。
「丁寧に……丁寧に……」
対する火華裡はブツブツと何事かを呟いています。その手つきはいつも暴力てk——豪快な火華裡からは想像もつかないほど繊細でした。どうやら狙いは大物のようです。
質より量のヒーナと、量より質の火華裡。相反する二人のやりかた。
瞳はどちらのやりかたを参考にすればいいのか、少し考えてしまいました。一分という短い制限時間では、痛いタイムロスです。
見ているだけでは盗める技術にも限界がありますので、まずは手前にちょうど流れてきた小さいスーパーボールを掬ってみることにしました。
そっとポイを水中に沈めると、和紙が水を一気に吸いました。なんとか形状は保っていますが、激しく動かしでもしたらすぐにホロリと崩れてしまいそうです。
火華裡がそっと動かしている理由も、ヒーナが小さいものを狙っている理由もなんとなく理解しました。
瞳はボールが落っこちないように水平にポイを構えてゆっくりと持ち上げました。
「あっ!」
——ちゃぽん。
物悲しい音を立ててスーパーボールは仲間たちの元へ元気に帰っていきました。
瞳の手には、風穴の空いたポイが虚しく瞳のことを見つめていました。
それがまるで大きな目に見えてきて、瞳にしか聞こえない声で語りかけてきました。
なんと、目は口ほどに物を言ったのです。
〝ポイは斜めに構えて、フチに寄せて掬うんだよ!〟
「え……?!」
周囲に目を配りますが、ヒゲのおじさん以外誰も瞳たちを見ていませんでした。
瞳はもう一度手に握るポイをよく観察してみましたが、うんともすんとも言いません。
「はい終了!」
ヒゲのおじさんがストップウォッチできっちり一分測りました。
火華裡の器には大きなスーパーボールが三つ。対するヒーナの器には小さいですがスーパーボールが七つ入っています。
瞳の器には、言わずもがな0個です。
「僅差であたしの勝ちかしら」
「いえいえよく見てくださいッス、ヒーナのほうがポイント高いッスよ!」
「こんなちんまいスーパーボールなんて1ポイントにもならないわよ」
お互いの器を突き合わせて、相手の成果を確認して自分が一番だと主張し始めました。
瞳は言い争いをしている二人は放っておいて、おじさんに確認を取ります。
「得点って決まってないんですか〜?」
「特に決まってないよ。いつも子供たちが自分で決めちゃってるからねぇ」
雑すぎるルールにさすがの瞳もビックリでした。
このままだと二人ともいつまでも言い争いを続けていそうなので、瞳からの鶴の一声。
「二人とも、次が本番なんだよね〜?」
「「あ」」
固まってしまいました。すっかり忘れていたようです。
「今回は引き分けにしといてあげる」
「次で白黒つけるッスよ!」
やる気に満ち溢れている二人でしたが、このあと思い知ることになるのです。
唐突にコツを掴んだ瞳の圧倒的手腕を。




