「繋がりと緊張」
8月15日分投稿するの忘れてたので2話投稿しましたー。
忘れてしまう前に『ヒジリにお礼の品を渡す』というミッションを無事に果たした瞳は、せっかくの機会なのでまだあまり話したことのない人とお喋りをしてみることにしました。
まずは、最近お友達になったハルとハジメに声をかけてみます。
「ハルちゃんやっほ〜」
「あ、瞳さん……ど、どうもです!」
ばびゅん! と音が聞こえてきそうなほどハルは勢いよく頭を下げました。
ヘタをしたらすっぽ抜けてしまいそうなほどです。相変わらず人と話すのは苦手のようでした。
それを隣で見ていたハジメは困ったように微笑んでいます。
瞳はそんなハジメの目を見ました。綺麗な浅葱色をしていました。
「えっと……きみがハジメくん、で合ってる〜?」
「はい、合ってますよ」
「初めまして、わたしは森井瞳です〜。よろしくね〜」
すっかり慣れた満点のニッコリ笑顔でご挨拶。【地球】で割とぼっちだった頃と比べると、随分と成長しました。
大好きなおばあちゃんにこのことを話したら、きっと喜んでくれることでしょう。
「どうも初めまして、俺はハジメって言います。よろしくお願いします」
礼儀正しくお辞儀をするハジメにつられて、瞳も深々とお辞儀をしました。
とっても真面目な男の子のようです。
「たしかあのときお店にいましたよね」
あのとき、とは〈茶葉屋〉での告白のことでしょう。
「あ、覚えてたんですか〜」
「ええ、まあ」
ハジメにはバッチリ不審者として認識されていたのはここだけの秘密です。
瞳が帰ったあと、ハルがしっかりと説明してくれたので誤解は解けています。
「森井さんはたしか〈ヌヌ工房〉で修行してるんですよね?」
「ですよ〜。はっ?! もしや木工に興味がおありで?!」
今まで自分以外に木工に興味がある人を見たことがありませんでしたから、修行仲間が増えるのかと目をギラッギラに光らせて食いつきますが、「いえいえ」と首を横に振られてしまいました。
瞳はショボーンとわかりやすく落ち込みました。
ハジメも慌ててフォローします。
「〈ヌヌ工房〉の商品はうちでも、特に母が愛用しているので、こんなところで繋がりを持てるとは思ってなくて。だからこれからもよろしくお願いしますって言いたかったんです」
「ほんとですか〜?! ありがとです〜!」
ハジメの手を取って上下にぶんぶん振りまくります。
思えば、こうして生で〈ヌヌ工房〉の評判を聞くのは初めてのことでしたので、瞳は自分のことのように喜びました。
「お母様にもよろしくお伝えください〜!」
「は、はい……ハハハ……」
両手を上下に振り回されながら、ハジメは苦笑いを浮かべました。隣で見ているハルもあわあわとしています。
ハジメの母親が愛用しているということは、もしかしたら瞳も会ったことがある人かもしれません。
なにせ〈ヌヌ工房〉で修行を始めてからすでに五ヶ月ほどが経過していますから、そのうちに一度くらいは来店していてもおかしくはないでしょう。
「やっぱり人との繋がりって素敵ですね〜」
「人との、繋がり?」
疑問に眉根を寄せるハジメに、瞳は空を見上げました。
陽虫が光り輝き桜色に世界を染め上げて、ときおり大きな花びらが舞い落ちて会場を鮮やかに彩ります。
そして瞳の目には、誰にも見えない光の糸がゆらりゆらりと舞い踊っていました。
その糸はどこから始まり、どこに繋がっているのか。それは瞳にもわかりません。
なんとなくわかることは、誰かから始まり、誰かに向かって続いている、ということ。
「きっかけはたまたまでも、わたしがハルちゃんと出会って、それがきっかけでハジメくんと出会って、そしてハジメくんのお母様に繋がって——。これがどこまでもどこまでも続いていって、人との〝絆〟に成長するんだなって」
「こっちが照れるからやめい」
「あたっ」
後ろからいつものフレーズで手刀をもらいました。
頭のてっぺんを押さえながら振り向くと、火華裡が腰に手を当てて「やれやれ」とため息をついていました。
今日はやけに手刀される頻度が高いです。なにかの間違いで瞳の頭が良くなったりするかもしれません。
「うちの瞳がごめんなさいね? こういう恥ずかしいこと平然と言うけどあまり気にしないであげて」
「は、はあ」
火華裡の言葉にハジメはキョトンとした表情を浮かべています。
ムッと瞳は頬っぺたを膨らませました。
「恥ずかしくないよ〜!」
「ちょっとは恥ずかしがりなさい! 普通はそんなこと言わないんだから!」
それも相手はほぼ初対面の人ですから、火華裡の言うことはごもっとも。
ですがそれが瞳という女の子であり、いいところでもあります。
火華裡は瞳の首根っこを掴みました。まるで猫のように。
「ちょっと瞳借りてくけど、いいかしら?」
「は、はい」
「悪いわね」
そのまま後ろ向きに連れていかれました。瞳の最後の悪あがきなのか、笑顔で手を振るのを忘れませんでした。
「あんたまだセリーリさんにちゃんと挨拶してないでしょ。一緒に挨拶してあげるからついてきなさい」
「あれ? ヒカリちゃんまだ挨拶してなかったの?」
てっきり瞳はお喋りしている間に済ませているものと思っていたのですが、やはり尊敬する大先輩相手だといつもの強気もなかなか発揮できないようでした。
つまりは挨拶の道連れとして瞳をご指名のようです。
「ふ、二人で挨拶したほうが効率いいでしょ。なるべく邪魔したくないんだから」
と火華裡は言いますが、緊張しているのがバレバレです。もちろん邪魔したくないというのも本音でしょうが。
「も〜しょうがないな〜ヒカリちゃんは」
「調子に乗ってるとぶつわよ」
「わ〜ごめんなさいごめんなさい〜」
瞳は楽しそうに笑って謝りながら頭の上を押さえました。
火華裡はぶちませんでした。
「おう、どしたお前ら」
火華裡の師匠の芹香が、近寄る二人に気づいて先に声をかけてきました。
瞳は用件を伝えます。
「セリーリさんにまだご挨拶をしてなかったのでご挨拶をと思いまして〜」
「セリーリ相手にそんなかしこまんないでいいんだよ、『よっ、元気かー?』くらいで全然オッケー」
人差し指と親指をくっつけてOKマークを作りました。
それにプンプンと反応したのは火華裡です。
「それは芹香さんだからできることでしょうが!」
「なんだ火華裡、師匠に向かってその口の利き方は? セリーリにもそんくらい強い気で行けってんだよ——ほれ」
芹香はセリーリに向かって「相手してやれ」と視線で訴えかけました。
セリーリは無言で火華裡と向き合います。
「ぁぅ……ぇと……」
モゴモゴと口ごもるなんて火華裡らしくもありません。
見かねた瞳が一歩前に出ました。
なんということでしょう、今日の瞳はひと味違います。なんだか頼もしく見えてきます。
心なしか小さな背中もおっきく見えます。
瞳の爆発ヘアーでおっきく見えるだけですが。
「セリーリさん初めまして、森井瞳と言います。挨拶遅れてしまってすみません〜」
ペコリとお辞儀。なんと瞳の自己紹介はそれだけで終わりました。
そして火華裡の背後に回り込んで肩を掴みます。
「はい、ヒカリちゃんの番だよ」
「あた、わた、わたしは火華裡です。先程は挨拶できなくて大変失礼しまひひゃふぁ……」
「ヒカリちゃんもっとリラックスしよ〜」
不意打ちで肩をモミモミして語尾もふにゃふにゃになってしまいました。
「ちょっと瞳! あんたはまた余計なことして!」
「だってガチガチだったんだもん〜」
「……ふふ」
言い争いを始める二人を見て、クスリと微笑んだのはセリーリでした。
「ウチこそさっきはごめんなさい。早く二人に会いたくて、我慢できなかったの」
セフィリアと芹香に目を配ってから、セリーリはとても優しい笑みを浮かべました。
顔に感情がとても出にくいセリーリですが、この瞬間が、そしてこの時間を過ごすことが待ち遠しかったのでしょう。
「こちらこそよろしく、瞳ちゃん、火華裡ちゃん」
「は、はい! よろしくおねがいしまふしゅ……」
「ほら〜硬いよヒカリちゃん」
「あんたねぇ……! もう大丈夫だからその手を離しなさい!」
「は〜い」
瞳は舌を出して笑いながら手を離しました。
自然と、その場が笑顔に包まれました。
「なんでみんなして笑うのよ、もー!」
一人だけ納得できなくて、天に向かって吠えました。




