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「高鳴るお礼」

「んで? あとは誰が来る予定なんだ?」


 火華裡(ひかり)が何度も往復して買ってきた屋台の食べ物を次から次へと頬張りながら芹香(せりか)は首を傾げました。まるでお腹にブラックホールを飼っているような食べっぷりです。


 芹香が声をかけた人はすでに集まったので、あとはそれぞれが声をかけた人が集まればようやく全員集合になります。


 顎に指を添えながら、セフィリアは思い出しました。


「えっと……たしか(ひとみ)ちゃんのお友達が三人、だったかしら。〈鍛冶屋〉でお世話になってる男の子と、いつも茶葉を買っているお店のお孫さん、とその恋人さんって聞いてるわ」

「セリーリのほうは?」

「……だれも」

「んじゃその三人が来たら本当の意味で全員集合ってこったな。アタシは顔知らねーから頼むぞ」

「ええ、もちろんよ♪」


 ニッコリと笑って頷きます。


 お花見の会場はたくさんの人で賑わっていますから、合流するのも一苦労でしょうが、そこは事前に手を打ってあります。


 皆さん誰かをお忘れではないでしょうか。


 そうですヌヌ店長のことをお忘れではありませんか?


 ヌヌ店長は立派なフクロウであり、この森を庭としています。


 その宇宙を宿したような大きな眼と広い視野で、即座に獲物(?)を見つけてここまで案内してくれるでしょう。そのようにお願いしてあるのです。二人の顔を知っているのか不安でしたが、そこは大丈夫らしいです。さすがは森の守り神と言ったところでしょう。


 だからいつもの無音(ステルス)を発揮して、いつの間にかいなくなっていました。まるで幽霊のようなセリーリといい勝負かもしれません。


 そうこうしているうちに、弟子たち三人が秘密会議から戻ってきました。


「おうお前ら、悪だくみの作戦会議は終わったか?」

「あい〜!」

「いえいえ悪だくみだなんて──って馬鹿正直に答えてるんじゃないわよ!」

「あたっ」


 コツンと手刀(チョップ)をもらってしまいました。瞳は嘘というものを知らないまま育ってきたような女の子ですから、黙っているほうが難しかったようです。


「まぁまぁ火華裡さん、そう聞いてくるってことは初めからわかってたってことッスよ」

「おチビちゃんの言う通り! 地獄耳だって言ったろ?」


 ナッハッハ! と芹香は豪快に笑い声を上げます。人目もはばからず大声で。


 たくさんの人の注目が集まりますが、全然気にしていません。むしろ他のメンバーのほうが他人のフリをし始める始末です。


 ですが、その大きな声のおかげかもしれません。


「あ、よかったいたいた」

「……どうも、です」

「こんにちわ」


 銀髪爽やかイケメンのヒジリと、桃髪の内気な少女ハル、そして明るい茶髪の素朴な少年ハジメがヌヌ店長のあとについてやってきました。


 無事に合流できてなによりです。


「ありがとうございますヌヌ店長♪」

「ヌヌ店長ありがとうございました〜」


 さっそく立派に一仕事果たしてくれたヌヌ店長にしっかりとお礼を言うと、「いいってことよ」とでも言いたげなドヤ顔を浮かべました。

 表情の変化はセフィリアにしかわかりませんでしたが。


 さてさて、いよいよ待ちに待ったお花見の始まりです。


 芹香は一同の顔を改めて確認してから「そんじゃまずは」と注目を集めます。


「とっとと乾杯といきますか! えー──」


 芹香は小さく「こほん」と咳払いをして喉の調子を整えます。


 ジュースの入った紙コップが全員の手に渡っているのを確認してから、お花見を企画した芹香からまずはありがたい一言を頂戴します。


 こういった場ではよくある流れです。


「えー、まどろっこしいのは好かんので以下省略。かんぱーい!」


 シンプルすぎて逆にありがたいお言葉でした。


「「「かんぱーい!」」」


 それぞれが手に持ったカップを空に掲げて合唱しました。瞳は近くにいた人ともカップをくっつけて乾杯して、それから口をつけます。


「ん〜! なにこれおいし〜!」


 初めて飲んだ味に瞳の目は爛々に輝きました。


 淡いピンク色に染まる液体から、シュワシュワと細かい泡が弾けています。


 爽やかな風に銀髪をなびかせながら、ヒジリが教えてくれました。


「お花見の屋台限定で売り出される〝桜ジュース〟だね。僕もこの時期はこれを楽しみにしてるんだ」

「へぇ〜! そうなんですね!」


 瞳はさらに一口流し込みます。


 口の中いっぱいに広がる清涼感と甘みはお子様の舌を持つ瞳にも非常に飲みやすいものでした。


「もうなくなっちゃった。おかわりも〜らおっと」


 瞳はすっかり桜ジュースの虜です。


 間違えないように自分の名前が書かれた紙コップにおかわりを注いでから、ついでに他の人のコップにも目を配ります。


「ヒカリちゃんおかわりいる〜?」

「もらうわ。ありがと」

「どういたしまして〜」


 喉でも乾いていたのでしょうか、注いであげると火華裡はあっという間に全部飲み干してしまいます。


 瞳たちが会場に来る前から動き回っていたみたいですし、それも当然かもしれません。


 改めておかわりを注いであげてから、他にいないか確認すると、ヒジリがちょうど飲み終えるところでした。


 妙な胸の高鳴りを自覚しながらも、いつも通りに声をかけました。


「ヒジリさんもおかわりどうですか〜?」

「うん、頂こうかな。ありがとう」


 にっこりと笑い合って、瞳は空になったコップに桜ジュースを注いであげました。


「森井さん」

「ひゃい?!」

「え、と……修行の調子はどうかなって聞こうと思ったんだけど、大丈夫?」


 瞳がいきなり変な声を上げるものですから、ヒジリが心配そうに聞きました。


「は、あい! 大丈夫れふ!」


 がっつり噛んでしまったのでやはり大丈夫ではなさそうです。瞳の顔は真っ赤になりました。どうしてか胸もドキドキです。


 ヒジリは苦笑いを浮かべながらも特に気にせず、「それで?」と続きを促します。


 瞳はニパッと笑って答えます。表情がコロコロと変わる様はまるで子供のようでした。


「夏休みも終わって修行する時間がたくさんできましたから、毎日が楽しいです〜! あ、夏休みも楽しかったですけど!」

「そっか。〈鍛冶屋(こっち)〉も夏休み期間は結構忙しかったけどやりがいはあったな。こうして息抜きする機会なんて無かったから、今日は声をかけてくれて嬉しかったよ。ありがとう」

「いえいえ〜、普段お世話になってるからそのお礼をと思いまして〜」

「そんなそんな、いつもご贔屓(ひいき)にさせてもらってるのはこっちなのに」

「あっ! お礼と言えば!」


 唐突になにかを思い出したように声を上げ、ヒジリを少し驚かせました。


 背負って来ていたリュックの中から、カラフルな紙に包まれた箱を取り出します。


「あの、これ受け取ってください〜」

「えっと……これは?」


 唐突に差し出された箱を前に、ヒジリは首をかしげました。


 理由もわからずいきなり渡されても、困ってしまうだけでしょう。


「夏休み、セフィリアさんが倒れちゃったとき、助けてくれてありがとうございました。そのお礼です〜」


 ヒジリは真っ先に泣きそうになっている瞳のもとに駆けつけ、セフィリアを自室へ運び込み、そのあとも営業の手伝いをしてくれました。そんな功労者にお礼の一つもないのはおかしな話です。


 この箱の中には、ヒジリのためだけに瞳が感謝の気持ちを込めて手ずから作ったプレゼントが入っています。


「受け取ってください!」


 目をきゅっとひき結んで箱を差し出します。


 ヒジリはいつもの爽やかな笑顔でそれを受け取りました。


「ありがとう。とっても嬉しいよ」

「あい〜!」


 ホッと一安心の笑みがこぼれました。これでミッションコンプリートです。


「開けてみても?」

「あ〜……ちょっと自信ないので、わたしが見てないところでお願いします〜……」


 瞳は恥ずかしがるように目を伏せてしまいました。


「そっか。それじゃあこれは後でのお楽しみに取っておくことにするよ」


 女の子の嫌がるようなことはしない。


 ここでもイケメン力が光ったのでした。

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