「変わらない、素敵な笑顔」
瞳と芹香は、先に行ってしまったセフィリアと火華裡を追いかけると、そこには大きな大きなレジャーシートが敷かれていました。
クマさん柄の可愛いやつでした。
風で飛ばされないようにわざわざ四隅にペグが打ってありますが、そんなものは不要なくらいに色々なものが置いてあります。
それらは主に屋台で購入したであろう飲食物でした。中には瞳の好物のそばサンドもしっかりと確保されています。
「これ、全部買ってきたの〜?」
瞳は火華裡に聞きました。火華裡は疲れたように頷きます。
「そうよ……そのために早くいい場所を確保して、何回も何回も往復させられたんだから」
セフィリアと瞳がのんびりと向かっている最中に、火華裡は随分と苦労していたようです。
させられた、と言うからには芹香からの命令かなにかだったのでしょう。
それにしても、こんなに買い込んで良かったのでしょうか?
まだ集合時間にはなっていません。その段階でこんなに飲食物を買ってしまっては冷めてしまうものもあるでしょうに。
「いちおうこれ作ってきたんだけど、もしかしていらなかったかな〜?」
瞳の手には竹で編まれたバスケット。その中には具が盛りだくさんのサンドイッチがみっちりと詰め込まれていたのですが……。
すでにこれだけの食料が確保されているのであれば、もはや不要でしょう。
しかし火華裡は首を横に振りました。
「そんなことないわ。まだまだ足りないくらいだったから助かるわ」
「そんなに参加する人多いの〜?」
「いや、そんなことないわよ? なんだかんだんであまり集まらなかったわ。ま、芹香さんの人徳だとこんなものね」
「んん? なんか言ったか?」
「いいえ、なにも?」
恐るべき地獄耳が発動して、セフィリアと歓談していたはずの芹香がグリンと方向転換してロックオンされてしまいました。
「嘘をつくな、アタシの耳にはしっかりと届いていたぞ。『芹香さんめちゃくちゃ美人で羨ましいでしょー』ってな!」
「全然届いてないじゃないですか!」
全く見当違いでした。地獄耳ではなく都合のいい耳と頭をお持ちのようです。
「口答えすんな」
「あたっ?!」
パチン! といい音を立ててデコピンが火華裡のおでこを鳴らしました。
芹香は「ま、それは冗談として」と続けます。冗談にしてはすごい威力でした。
「アタシの人徳はともかく、人が集まらなかったのは事実だ。みんな家族や友人との花見があるんだってよ。先約というやつだな。この会場のどこかにはいるだろうよ」
ニヤニヤと笑う笑顔の裏側には、お邪魔してやろうという、いたずら心のような笑顔が見え隠れしていました。
「邪魔しちゃダメですからね」
「わかってるようるさいなあ」
さすが火華裡、釘を刺しておくことを忘れませんでした。本当にわかっていればいいのですが。
そんな師弟のやりとりを眺めていたセフィリアは、両手を合わせて微笑みました。
「ふふふ♪ それにしても芹香ちゃんは相変わらずいっぱい食べるみたいね♪」
「まあな、生きるとは食うことだからな! セフィリアが持参したものも楽しみにしてるぜ?」
「ええ、任せてちょうだい♪」
二人の師匠であるセフィリアと芹香はなんだかとっても楽しそうです。
火華裡は瞳の手を取ると、そっとその場を離れました。
「なに〜? どうしたの〜?」
「あんたは知らないかもしれないから言っておくけど、二人とも昔からの親友で、会うのは久しぶりなのよ」
「あ、そうだったんだ〜」
ぽんっと瞳は手を打ちました。どおりで楽しそうなわけです。
確かに、二人とも師匠という立場にあり、しかも火華裡の話によれば芹香は〈ガラス工房〉の一角を担っていると聞いています。
つまりは〝森林街〟ユグード、別名〝芸術の森〟において、超有名なセフィリアと同格ということ。
そう考えてみれば、日々の仕事がいかに大変で、会う時間が無いというのも頷けました。
お花見さまさまです。
「そんなときにたまたま時間ができて、だから芹香さんも張り切って花見を企画してたわ。まぁなんだかんだいつもお世話になってるわけだし? ちょっとくらい手伝いとかするくらいはやぶさかじゃないとか思ったわけで──」
長々と言い訳じみたことを言っていますが、要約するとこういうことでした。
「つまりセフィリアさんと芹香さんにゆっくりできる時間を作ってあげたかったんだね〜」
「……うっさいわね!」
瞳に一言でまとめられて、火華裡は耳まで真っ赤にしながらも否定はしませんでした。
「セフィリアさんがいれば大丈夫だと思うけど、芹香さんは行動力の化け物だから、念のために食べ物で足を止めておく必要があると思ったのよ」
「だからあんなに買い込んでたんだね……」
てっきりこれから集まってくる人のためにたくさん買っていたと思っていたのですが、ただ一人の足を止めるためだけに買い集めていたようです。
餌で猛獣の気を引こうという作戦のようでした。
「あとは〈大地に槌〉にも同期がいるらしいわ。その人も来るって」
「わ〜! 仲良し勢揃いなんだね〜」
お花見と同窓会を兼ねているようなものでしょうか。瞳はちょっぴり羨ましく思ってしまいました。
「ヒーナちゃんが来たらわたし達もそんな感じになるね!」
「まぁ、そうね。いつものメンバーって感じで代わり映えしないけど」
お人形さんのような金髪の少女の、太陽のような笑顔を脳裏に思い描いて、あまりにも簡単に想像できてしまったものだから火華裡は呆れたように言いました。
ですが、瞳はそうは思っていませんでした。
「そうかな? 〝変わらない〟って大切なことだとわたしは思うけど」
笑顔を浮かべて語らう師匠二人を見ながら、瞳はそんなことを言いました。
「だって関係の変化があったら、ああして楽しそうに笑い合っている未来はなかったかもしれないんだもん。変わらないからこその素敵な笑顔があるんだなって思うな〜」
「……こっちが照れるからやめい」
「あうっ」
おでこに優しくチョップされました。全く痛くなくて、こちらが優しい気持ちになれるくらいでした。
「だったら、あんたの言う『素敵な笑顔』ってやつを守るためにも、協力してもらうわよ」
「もちろんだよ! でも具体的にどうするの〜?」
「別に難しい話じゃないわ。芹香さんをあの場所にとどめておくように取り計らうだけよ」
実にシンプル。やることは単純明快で頭の弱い瞳にもわかりやすい説明です。
「花見を楽しみにしてたあんたには悪いんだけどさ……今回の花見は無駄になっちゃうかもしれないけど、まだまだ長い期間楽しめるから、あたし達だけでまたリベンジしに来ましょ」
「あい〜!」
瞳は元気に返事をしました。
セフィリアには普段からとってもお世話になっていますから、ここで少しでも恩を返せるのならばそれくらいはお安いご用でした。
「あとはあの一日一善少女にも協力してもらいましょう──っと、噂をすればってやつかしら」
「ひーとーみーさん!」
「わぷ」
後ろから誰かにぎゅむっと抱きつかれました。腰に腕を回されてぴったりと密着してくる、体温の高いこの感じは──
「ヒーナちゃん、こんにちわ〜」
「やっぱり瞳さんは優しい香りがするッスねぇ……」
「いいところに来たわヒーナ、あたし達に協力しなさい」
「おっけッス!」
話も聞かずに速攻で頷く辺り、相変わらずのようでした。
ヒーナにも同じ説明をし、ちゃんと協力を取り付けたのでした。




