表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/98

「お花見」

 ──前略。


 お元気ですか? わたしは元気です。超元気です!


 どうして、ですか〜? も〜聞かなくてもわかりますよね!?


 お花見ですよ! お花見!!


 今日はついに、待ちに待ったお花見をする日なんです!


 この日のためにお仕事も頑張りましたし、準備も整えました! 「花見」と書いて「戦」と読む準備は万端です!


 きっとたくさんの人が参加されるので、お知り合いやお友達を増やすチャンス! 【地球(シンアース)】では全然でしたけど……【緑星(リュイシー)】ではたくさん作るんだって決めてるんです!

 

 気合も充分! あとはヘマをしないことを祈るのみですね……! なにかやらかしそうでちょっぴり怖かったり。


 でも、怖がっていてはなにも始まりませんからね! 行ってきます!

 

 それでは、またメールしますね。


 草々。


 森井(もりい)(ひとみ)──3023.9.26




   ***




「ふふんふふ〜ん♪」


 瞳はセフィリアとヌヌ店長の背中を追いかけるように歩いていました。今にも飛び上がってしまいそうなほどにルンルン気分なのがその歩きかたと鼻歌で一目瞭然です。

 

 一歩、足を踏み出すたびに癖っ毛がびよんびよんと元気に動き回ります。こちらもウキウキ気分のようです。


 お仕事ではないので、二人とも普段着を着用していました。


 セフィリアは緑色のイメージカラーはそのままに、大人っぽさをプラスしたコーディネート。なんだかんだで、私服姿をちゃんと見るのは初めてで新鮮でした。


 瞳は桜色のワンピースに身を包んでいます。そうです、火華裡(ひかり)が選んでくれたものをそのまま着てきました。ちょっぴり恥ずかしいですが、いま着ないでいつ着るのと自分を鼓舞したのです。


 セフィリアから「とっても似合っているわよ♪」とお墨付きをもらって背中を押されていなかったら着ていなかったかもしれません。


 グッジョブセフィリアでした。


 ちなみに瞳には伝わっていませんでしたが、ヌヌ店長も「似合っている」と褒めていました。


 腕には竹で編まれたバスケットがぷらりぷらりと揺れています。中にはセフィリアと一緒に準備したサンドイッチが出番を待っています。


 そして背中には必要になりそうなものが無駄に詰め込まれて膨らんだリュックサックを背負っています。


 歩いて歩いて歩いて。


 ふと、足元がピンク色に染まっている部分を発見しました。


「あっ! セフィリアさん、これってもしかして──」

「ええ、桜の花びらね。もうすぐ着く証拠よ♪」

「うぅ……なんだかドキドキしてきました〜!」


 高鳴る胸の高揚感を抑えきれなくて、表情に、足取りに、瞳のウキウキな気持ちがあふれんばかりに現れていました。今にも全力疾走で駆け出してしまいそうです。詳しい場所もまだわかっていないのに。


「きれい……」


 足元を彩っているハート形の花びらを一枚拾い上げ、空に浮かんで光る虫の〝陽虫(ようちゅう)〟に透かしてみます。


 普通の花びらは小指の爪ほどの大きさですが、その花びらは瞳の顔をすっぽりと覆うほどの大きさでした。


 さすが【緑星(リュイシー)】の植物は【地球(シンアース)】のものと比べて規模が段違いです。


 視界いっぱいに広がる桜色の世界に、それだけで瞳は幸せな気分になりました。


 ヌヌ店長の宇宙が宿ったような眼にも、桜色の星が瞬いています。


 これから大勢の人で、この幸せが咲き乱れる空間と時間を共有すると思ったら、瞳の鼻息は荒くなる一方です。


 それから歩みを進めていくたびに、地面を彩る桜色はどんどん濃くなっていきます。


 やがて、人々の楽しそうな声が瞳の耳に入ってきました。それは徐々に徐々に大きくなっていきます。


「ふふふ♪ もう賑わってるみたいね。私たちも急ぎましょう?」

「あい〜!」


 歩く速度を気持ち早めて、とうとう二人と一羽は目的地へと到着しました。


 そこには、縮尺を間違えたかのように大きい植物が沢山あるユグードの森にしては背の低い木があちこちに生え、その代わり枝が横にどこまでも広がっています。


 四方八方に広がる枝からは、瞳が先ほど拾い上げた花びらが沢山くっついて、みっちりと密集していました。

 そのさらに上から陽虫が光を落として照らし、会場を彩っています。


 それはまるで、水面(みなも)に浮かぶ花びらを、水中から見上げているかのようでした。


「うあ〜すごいです〜! これがお花見なんですね〜!」 


 右を見ても左を見ても人、人、人。とにかく大勢の人で賑わっていました。


 たくさんの出店も軒を連ねていて、中には瞳がお散歩する際に行きつけになっているそばサンドのお店もありました。太っ腹なおじさんが、通る声を張り上げて集客しています。


 その効果は抜群で大繁盛。忙しくも楽しそうにお仕事をしていました。


「おーいセフィリア! こっちだこっち!」


 人の多さに目を回しそうになっていると、一人の女性が大きく手を振って自分の存在をこれでもかとアピールしていました。


 長身で、とてもスタイルの良い美人さんです。瞳は初めて見る人でした。


 燃えるような紅い髪を肩で切りそろえた短髪で、キリリとつり上がった眼光は鋭く、いかにも〝仕事のできるキャリアウーマン〟といった感じでした。格好もパンツルックで無駄なくシンプルにまとめられています。


 探していた姿を見つけたセフィリアは嬉しそうに天使の笑顔を浮かべて駆け寄ります。


 近くで見るとますますモデル体型だな、と瞳は思いました。


芹香(せりか)ちゃん、おまたせ♪」

「遅いぞ、こっちはとっくに準備できてるってのに」

「芹香ちゃんが早すぎるのよ。まだ集合時間にもなってないのに」

「花見は陣取り合戦だからな、時間との勝負なんだよ」


 腰に手を当ててニカッ、と快活に笑います。


 そしてセフィリアはいま確かに「芹香」と呼びました。瞳はこの名前に聞き覚えがあります。


 確か火華裡(ひかり)の師匠が、そのような名前でした。自分の師匠について二人で語り合ったことがあるので、覚えています。


 そのときは〝バーサーカー〟と称していたような気がしますが、普通に美人さんです。目付きは鋭いですが。


 瞳はもっと鬼のような形相を想像していました。失礼な話です。


「で? そっちがセフィリアの弟子か?」

「は、あい! 森井瞳と言います! よろしくお願いします〜!」


 急に矛先を向けられたので、瞳は慌てて頭を下げて挨拶しました。


「ほーお? 火華裡から聞いてた通りだな」


 前かがみになって瞳のことを上から下からじっくりと観察しています。


 鋭い眼光に、瞳は身体中が縫い止められたかのようにすくみあがってしまいました。まるで蛇に睨まれた蛙です。


 そこに、水色の髪を左右で輪っかに結った女の子、火華裡が現れました。瞳にとってはまさに救世主のようなタイミングです。


 自分の髪色と同じ水色のカーディガンがオシャレな着こなしをしています。瞳のファッションリーダーはやっぱり格が違いました。


 芹香の燃えるような髪色とはちょうど対比のように見えます。もしかしたらそこも意識しているのかもしれません。


「芹香さん、それくらいにしといてください。瞳ビビっちゃってるんで」

「おっとすまない、アタシの悪い癖でな、睨んでるつもりはないんだ。気を悪くしないでくれると助かる」

「い、いえいえ……大丈夫です〜……」


 瞳は硬い笑顔を浮かべました。


 いつものことなのか火華裡は慣れた様子で助け舟を出すと、すぐさまセフィリアの手を握りました。


「セフィリアさん! こっちに良い場所取ってあるんですよ! 早く来てください!」

「ふふふ♪ それは楽しみね♪」


 グイグイと凄い勢いで引っ張られていくセフィリア。それでも天使の笑顔はちっとも崩れませんでした。


 どうやらお花見をする場所はこの辺りではないようです。なのに芹香と火華裡の二人がいたということは、もしかしたら早く合流できるように探してくれていたのかもしれません。


 珍しくはしゃいでいる火華裡を見て瞳が面食らっていると、芹香がボソリと言いました。


「アイツ、最初は嫌々手伝ってたのに楽しそうにしやがって。企画した甲斐があるってもんだよ、ったく……」


 やれやれと、呆れたように首を振る芹香の顔には微笑みが浮かんでいました。


「ヒカリちゃんセフィリアさんのこと大好きですからね〜」

「あれくらいアタシにも懐いてくれりゃ、少しは可愛げがあるんだけどな」


 その場に残された瞳と芹香の二人は目が合って、同時にふっと笑いました。


 鋭い眼光も、笑えばとても優しげで柔らかなものでした。


「ヒカリちゃんはセリカさんのこと大好きですよ。わたしが保証します〜!」


 鼻息荒く、ぽよんと意外とある胸を張ると、


「ほぉ、そいつは良いことを聞いた。ならもっと厳しくしても大丈夫そうだな」

「あれ〜……?」


 どうやら火華裡の知らないところでハードルを上げてしまったようでした。


 とりあえず、瞳は心の中で言いました。


 ……頑張ってね!


 いや謝罪じゃないんかーい。


「さて、アタシたちも行くか。このアタシが出遅れるわけにはいかないからな!」

「あい〜!」


 瞳と芹香も、先に行ってしまった二人を追いかけたのでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ