「ドキドキお誘い」
──前略。
お元気ですか? わたしは元気です。
今日はお花見の件で〈鍛冶屋〉さんのほうに伺いたいと思います。
善は急げと言いますから、ヒジリさんにお誘いの声をかけようかと。
そのあとは〈茶葉屋〉さんに寄って、ハルちゃんにも声をかけてみます。
そうだ、せっかくですからあのときの男の子、ハジメくんだったかな? にも声をかけてもらいましょう!
セフィリアさんも人数は多いほうが楽しいから大歓迎って言ってましたしね!
きっとたくさんの人が集まってくれるだろうから、わたしも張り切って準備しなきゃ!
でもお花見って具体的にはどんなことをやるんでしょう?
【地球】には植物なんてほとんどありませんから、お花見の文化しか知らなくて、実際にやったことはないんですよね……。
でもでも! だからこそとっても楽しみなんです! ちょっと憧れていたので!
憂いなくお花見を楽しむためにも、そして楽しんでもらうためにも、今日という一日を楽しく過ごせたらいいな。
それでは、またメールしますね。
草々。
森井瞳──3023.9.21
***
若葉色のエプロンドレス調の制服に身を包んだ女の子が、扉の前で大きく息を吸っては吐いてを繰り返していました。
森井瞳です。
そこは、道具のお手入れなどでよくお世話になっている〈鍛冶屋〉の目の前。
「……よし、今日こそは〜!」
くりくりの目を見開いて気合を入れた瞳は、ドアノブに手をかけます。
ぐいっ
開きません。
「えいっ」
開きません。
「とりゃ」
やはり開きません。
「ほりゃ〜!」
それでもやっぱり開きません。
そう、なぜか瞳がここの扉を開けようとするといつも開かないのです。
たまに建て付けが悪いときがある、というのは爽やかイケメンのヒジリが言っていた言葉ですが、他のお客さんの出入りのときはすんなり開いているのをしっかりと目撃しています。
わざわざそれを確認してから突撃したのにこの有様。
瞳はここの扉に嫌われているのかもしれません。
「あれ、森井さん?」
ドアノブを握りながらひねっては押したり引いたりを繰り返していたら、背後から声をかけられました。
聞き覚えのある声と呼びかたです。
「ヒジリさん〜」
振り返るとそこには、案の定銀髪の爽やかイケメン、ヒジリが不思議そうな表情をして立っていました。
例によって営業の帰りでしょうか。何はともあれナイスタイミング。
「また開かないんだね。貸してみて?」
情けない声を出す瞳を見てすぐに状況を察したイケメンは、草原を吹き抜ける風のように清涼な笑みを浮かべて、瞳と立ち位置をチェンジ。
ドアノブを握ると、ひょいといとも簡単に開けてしまいました。今までの瞳の苦労とはいったいなんだったのだと馬鹿らしくなってしまうくらいあっけないものでした。
「ありがとう〜」
「どういたしまして」
頭を下げた瞳にヒジリは笑いかけました。
とくんっ、と一瞬胸を打つ感触がありましたが、これがなんなのかよくわかりませんでした。
「どうぞ」
「失礼します〜」
相変わらずのイケメン対応で瞳を〈鍛冶屋〉へ招き入れてくれました。別に入らなくてもよかったのですが、入ってしまいました。
店内ではたくさんの店員さんとお客さんがカウンターでお仕事のお話をしています。〈ヌヌ工房〉の静寂は結構好きですが、こういった喧騒も瞳は割と好きでした。
「あそこのカウンターが空いてるね。そこで話そうか」
「あ、じゃなくてですね〜」
「うん? 仕事の話じゃないのかな?」
「ですです〜。すぐに終わるのでこのままで大丈夫です〜」
店内のど真ん中でお話するのはさすがに他のお客さんの邪魔になりますから、二人は隅っこのほうへ移動しました。
「それで、今日はどうしたの?」
「えと……今週末って予定はありますか〜?」
「えっ、今週末? ちょっと待ってね──」
懐から手帳を取り出して、ヒジリはスケジュールを確認しました。その日は空欄になっています。
「うん、なにもないね」
「よかったぁ〜。実はその日にみんなでお花見をすることになりまして、ぜひヒジリさんもと思いまして〜」
予定が入っていないことを聞いて瞳に笑顔の花が咲きました。その笑顔だけでお花見ができてしまいそうです。
「わかった、森井さんのお誘いなら断る理由はないよ。今週末ね」
即決したヒジリは手帳の空欄に新たな予定を書き込みました。
「ありがとうございます〜。詳しいことはまた追ってお伝えしますね〜」
「うん」
「それじゃあ失礼します〜」
「気をつけてね」
ヒジリにしっかりとお見送りされてから手を振って別れ、〈鍛冶屋〉を後にしました。
ヒジリの姿が完全に見えなくなってから胸を押さえてゆっくりゆっくり深呼吸。
「はふ〜……な〜んか緊張しちゃった〜。なんでだろ〜?」
胸の高鳴りの理由はよくわからないまま、次に〈茶葉屋〉さんへと足を向けました。
最近お友達になったハルにも声をかけるためですが、果たして〈茶葉屋〉さんにいるでしょうか?
ハルと偶然再会できたのは、おばあちゃんのぎっくり腰が治るまでの間、お店番をしていたからでした。
すでに具合は良くなっているそうですから、〈茶葉屋〉さんに行ってもいないかもしれません。
「ごめんくださ〜い」
扉をくぐってカウンターを確認すると、ハルはそこにはいませんでした。いたのは見慣れた優しい笑顔を浮かべる淡い桃髪のおばあちゃん。
「あらあら瞳ちゃん、いらっしゃい。しばらく留守にしちゃってごめんなさいねぇ」
「おばさんこんにちわ〜。もう具合は大丈夫なんですか〜?」
「えぇえぇおかげさまでね。今日も孫が手伝いに来てくれてるから大助かりだよ」
なんと、孫が来ていらっしゃる! ということはハルがいるはずです。
店内を見回していると、カウンターの奥、お店の裏手のほうから声が聞こえてきました。
「ふぅ……おばあちゃーん、仕入れた茶葉整理しておいたからね。──あ、も、森井さん、いらっしゃいませ。き、今日はどのようなご用件でしょう……?」
そこから店内に顔を出したのはやはり桃髪の少女、ハルでした。まだ瞳とお喋りするのは慣れていないのか、依然言葉はたどたどしいままでした。
自分のおばあちゃん相手なら、砕けた話し方はできるようです。早くそれくらいフランクにお喋りができる日が来ればいいのにと瞳は思いました。
「今日は買い物じゃなくてハルちゃんにお話があってきたんだ〜」
「私にお話、ですか……?」
「今週末にお花見をすることになったんだけど、ハルちゃんもどうかな〜って。ハジメくんも誘ってさ〜!」
「お花見?! ハジメくんと?!」
爆発するように顔を真っ赤に染め上げたハルでしたが、すぐに「でも……」と表情が暗くなりました。その視線の先にはおばあちゃんが。
おばあちゃんは視線に気づき、ニッコリと微笑みます。
「いいよいいよ、ここは気にせず行ってきなさい。お友達は大切にしなくっちゃ」
「おばあちゃん……ありがとう」
優しいおばあちゃんの言葉にハルの目は潤みそうになりました。
「それじゃあ?」
「は、はい……私も参加させてもらいます。ハ、ハジメくんには私から伝えておきます」
「やた〜! それじゃあ詳しくはまた後日に連絡するね! それだけ! またね〜!」
手を振ってお店を後にすると、手を振り返しながらお見送りしてくれました。
これで瞳が声をかけておきたい人には声をかけました。
あとはお花見当日を待つのみです。
「うぅ〜……楽しみになってきたぁ〜!」
ワクワクが止まらない瞳は、るんるんスキップで〈ヌヌ工房〉まで戻りました。
通行人はその様子を微笑ましく見ていましたとさ。
***
──前略。
お元気ですか? わたしは元気です。
あのね、聞いてください。
今日は朝にメールした通り、ヒジリさんとハルちゃんにお花見のお誘いをしに行ったんですけど、ヒジリさんとお話しするときだけ緊張していることに気がつきました。
そのあとのハルちゃんとはいつも通りお喋りできていたので、この緊張はヒジリさんのときだけだって自覚したんです。
ヒジリさんはとっても優しくていい人なのは知っているんですけど……どうして緊張してしまうんでしょうか?
ちっとも怖くないのに緊張しちゃうなんて変ですよね? わたしどうしちゃったんでしょうか?
なにはともあれ、無事に二人ともいいお返事が頂けましたし、ヒジリさんにはお礼の品をどうするかも考えなくっちゃ。
草々。
森井瞳──3023.9.21




