「春の香り」
──前略。
お元気ですか? わたしは元気です。
そちらでは夏の日差しも少しずつ柔らかくなり始め、ときおり秋の季節を感じる瞬間があったりするんじゃないかな〜、なんて想像をしている今日この頃です。
こちらでは最近、春を感じる瞬間があります。柔らかく吹き抜けていく風に淡く色づいたような香りを感じるんですよ。
まあ、なんの香りかよくわからないんですけどね……。
【地球】と比べると【緑星】は季節の移ろいがゆっくりなので、これからもどんどんそちらとはズレていくと思いますけど、わたしには【地球】で過ごした18年の月日がありますから、こうして想いを馳せるだけで、いつでも思い出すことができます。
【緑星】に来てくれた観光客の方や〈ヌヌ工房〉に来てくれたお客さんも、こうして思い出してくれると嬉しいな。
ここのこと。ここでのこと。
願わくば、その思い出がキラキラな幸せいっぱいであることを祈って。
それでは、またメールしますね。
草々。
森井瞳──3023.9.20
***
今日も今日とて木工品取扱店〈ヌヌ工房〉はいつも通りのほほんと営業中。
若葉色のエプロンドレス調の制服を着て、こげ茶の髪を寝癖なのか癖っ毛なのか、花火のように爆発させたほんわりとした印象の女の子、森井瞳はポケ〜っとしていました。
それこそのほほんとしています。
彼女の膝の上には、ずんぐりむっくりとしたフクロウのヌヌ店長が目を細めて、なんだか気持ちよさそうにしています。こちらもやはりボケ〜っとしていました。
「むにむに……もふもふ……」
瞳はレジに座り、右手は自分のプニプニほっぺ、左手はヌヌ店長のもふもふ自慢を堪能していたのです。
ヌヌ店長が気持ちよさそうなのはこれが原因でした。
そこへ、瞳と同じ制服を着た女性、セフィリアが瞳の肩を後ろからちょんちょん。つつきました。
「ふぁふっ?! セフィリアさん?」
「ふふふ♪ 驚かせちゃってごめんなさい」
振り返ると、天使の微笑みを浮かべた先輩のセフィリアが、ゆるく編んだ薄緑色の長髪を揺らしています。
誰かと連絡を取るために少し席を外していたのですが、用事は済んだのでしょうか?
「少し確認したいことがあるんだけど、いいかしら?」
「あい、なんでしょう?」
瞳は小首を傾げます。その間も両手でヌヌ店長のモフみを堪能し続けています。オート操縦になっていました。
「今週末になにか予定があったりするかしら?」
「今週末ですか〜? いえ、予定は未定です〜」
「そう、なら良かった♪ それじゃあ空けておいてもらえる?」
「りょうかいです〜」
それだけ確認すると、セフィリアはまた席を外してお店からいなくなりました。
その姿を見送って、瞳はさらに首を傾げます。
「今週末なにかあるんでしょうか? 知ってます? ヌヌ店長〜」
モフモフモしながら抱いたヌヌ店長に聞いてみますが、反応はありません。依然、気持ちよさそうに目を細めたまま。
瞳がモフる手を止めない限り、ずっとこのままでしょう。モフリストのランクアップです。
「道具をお手入れに出すとか? いつもやってるしわざわざ確認取る必要はないか〜。お買い物とか? なにか足りないものあったかな〜?」
あれやこれやと可能性を考える瞳でしたが、どれもこれもしっくりきません。
左手で髪の毛をイジイジ。考えるときのクセが発動。
さらに右手でヌヌ店長の羽毛に指を埋め、空いた穴を直してからまた埋め、を繰り返し始めました。
ヌヌ店長は微妙そうな表情を浮かべています。これはあまり気持ちよくないようです。
ヌヌ店長が困り顔を浮かべ始めたとき、セフィリアが戻ってきました。
なんだかウキウキしたような、とっても楽しそうな表情を浮かべています。
「セフィリアさん、なんだかご機嫌ですね。なにかいいことでもあったんですか〜?」
「ふふふ♪ ええ、とってもいいことよ♪ 瞳ちゃんにとってもいいことかしら?」
「わたしにとっても?」
はてさてセフィリアは一体なにを考えているのでしょうか。
その答えはすぐにわかりました。
「今週末、みんなでお花見をすることになりました!」
「お花見ですとっ?!」
危うくヌヌ店長を落としかけて、しっかりと胸に抱いたまま勢いよく立ち上がります。
「すごいすごい! 【緑星】でお花見なんてなんかすごそうです〜!」
【緑星】の植物は【地球】とは比べ物にならないくらい大きいですから、それはそれは圧巻なお花見になることでしょう。
「えっと、『みんなで』っていうのは?」
「とりあえず〈ガラス工房〉と〈大地に槌〉には声がかかってるみたい。そこから参加できる人は参加って感じね」
〈ガラス工房〉には火華裡が、〈大地に槌〉にはヒーナがいます。きっと二人とも参加してくれることでしょう。
これはますます楽しみになってきました。
「他にも呼びたい人がいたら瞳ちゃんからも声をかけておいてね♪ 人数は多いほうが楽しいから大歓迎よ♪」
「あい〜! りょうかいです〜!」
ぽへっ、と締まりのない敬礼をしました。ヌヌ店長は落としました。もちろん華麗に着地しました。100点満点の着地です。
真っ先に頭に思い浮かんだのは最近お友達になった淡い桃髪の少女、ハル。
そして忘れてはいけません、〈鍛冶屋〉の爽やかイケメン、ヒジリの存在も。
彼はセフィリアが倒れてしまったとき、真っ先に助けてくれました。そのお礼をまだしていません。
このお花見でお礼ができればいいなと瞳は考えました。
セフィリアはパチンと嬉しそうに両手を合わせます。
「それじゃあ、週末のお楽しみのためにも、お仕事と修行も頑張りましょう♪」
「あい!」
元気いっぱいの返事が店内にこだまして、木製のドアベルもかろかろかろんと元気にお返事。
「「──いらっしゃいませ!」」
〈ヌヌ工房〉は今日も平和に営業中。
***
──前略。
お元気ですか? わたしは元気です。
あのね、聞いてください! 今日はとっても嬉しいお誘いがあったんですよ!
なんと今週末にお花見をすることになったんです!
【緑星】の木はどれもすっごく大きいですから、きっと大きくて綺麗な桜の木があるに違いありません!
いったいどこにあるんでしょう? お散歩してても見当たらなかったし、生まれてこのかた一度も見たことがないので今からドキドキが止まりません!
セフィリアさんにどんどん知り合いを誘ってもいいと言われたので、とりあえずハルちゃんとヒジリさんに声をかけてみようと思います。
特にヒジリさんには日頃からお世話になってますから、なにかお返しができたらいいなって思っています。
男性にはなにを送ったら喜んでくれるんでしょうか? 置物? 食べ物? 日用品?
なにか考えておかなくちゃいけませんね。
草々。
森井瞳──3023.9.20




