「工芸茶」
──前略。
お元気ですか? わたしは元気です。
昨日なにかを忘れているような気がしていたんですけど、なにを忘れているのかようやく思い出しました。
お茶を買いに行ったのに、肝心のお茶を買うのを忘れていたんです〜!
そりゃ〜セフィリアさんも苦笑いしますよね!
なんだか久々にやらかしちゃった感じがします。反省です。
セフィリアさんは笑って許してくれましたけど、早速買いに行ってきたいと思います!
それでは、またメールしますね。
森井瞳──3023.9.17
***
木工品取扱店〈ヌヌ工房〉は本日も営業中。
──ですが、夏休みとは打って変わって閑古鳥が鳴いているので、少しくらいはお店を離れても大丈夫なのです。
誰か一人お店にいてくれればなんとかなっちゃうのです。
なので、営業中でも切らした茶葉を買いにお使いに行くくらいは造作もないのでした。
え? デジャブ? 同じ文章?
昨日、瞳が勝手に盛り上がって茶葉の購入を忘れていたのが悪いのです。
「ごめんください〜」
そんなわけで、二日連続で瞳は茶葉の購入に向かったのでした。
「ぃ、いらっしゃい、ませ……」
昨日に引き続き、今日も淡い桃髪の少女、ハルがお店番をしているようです。
いつもの元気なおばあちゃんはまだぎっくり腰がよくなっていないのでしょうか。心配です。
「あ、〈ヌヌ工房〉のお姉さん……お、お待ちしてました」
どうやら桃髪の少女も事情を察しているらしく、瞳がやってくるのを待っている様子でした。
「こ、これ……ですよね?」
カウンターから、瞳が買う予定だった茶葉を取り出して桃髪の少女は確認します。
瞳は申し訳なさそうに頷きました。
「は、あい〜……お手数おかけしまして……」
「あっい、いえ、こちらこそ……」
「いえいえ、こちらこそ〜」
「いえいえいえ……」
「いえいえい
以下略。
いえいえ合戦は引き分けで終わり、購入を済ませます。これでお使いミッションはコンプリートです。
そして瞳からすればいつもの世間話タイムがスタート。
「ところで、おばあちゃんの具合はどうですか〜?」
「も、もう元気です……今日は大事を取っているだけなので……」
「そっか〜、それならよかった」
「し、心配してくれてありがとうと、言っていました……」
しっかりと伝えてくれていた桃髪の少女にニッコリと微笑んでから、何かを思いついたかのように瞳は手を打ちました。
「そうだ〜! 確かお名前はハルちゃんだったよね〜?」
「え? そ、そうです……」
「わたしとお友達になってくれませんか〜?!」
「えぇ?!」
瞳の急なお願いに、驚きの声を上げました。瞳のほうが年上ですから、まさか「お友達になってください」なんて言われるとは思っていなかったのでしょう。
「お友達に、なりましょう〜!」
「は、はいぃ……!」
完全に勢いに押されてしまいました。
ちょっぴり可哀想な桃髪の少女でしたが、瞳は人畜無害なほわわんとした女の子ですので、大丈夫です。
「わたしは森井瞳って言うの〜、よろしくね〜」
「よ、よろしくお願いします……ハルです……」
わかりそうでわからないくらいの角度で顎を引きました。
「ハルちゃんの好きなお茶ってある〜?」
「わ、私が好きなお茶、ですか……? そうですね……」
店内の隅っこへ移動し、とある商品を手に取りました。
「こ、これが好きですかね……」
「これは?」
「〝工芸茶〟って言う、すごくかわいいお茶です。……味も香りも良いんですよ」
「へ〜!」
かわいいお茶とな!
初めて聞くタイプのお茶に、瞳の興味は俄然湧いてきました。
「し、試飲してみますか……?」
「いいの〜?! ぜひぜひ〜!」
瞳はハルの善意を全力で受け取ることにしました。
ハルは慣れた手つきで準備を始めます。まずはお湯を沸かし、その間にティーポッドと試飲用の工芸茶を用意します。
ガラス製のポッドも大変可愛らしいデザインをしていました。きっと〈ガラス工房〉で購入したものに違いありません。
そして、工芸茶の茶葉はとても不思議な形をしていました。
「……ボール?」
「これは〝幸せの種〟です」
「しあわせのタネ!」
瞳が大好きそうなワードが飛び出してきて、案の定食いつきました。
「おばあちゃんの受け売りですけど、工芸茶は『綺麗な幸せの塊なんだ』って」
話しながら、ハルは沸かした熱湯をガラス製ポッドへ注ぎ、〝幸せの種〟を中に落としました。
いつの間にか、ハルはたどたどしい口調ではなくなっていました。
「よく見ていてくださいね」
「わかった! よ〜く見てる!」
瞳の目から『よく見る光線』が照射され、ガラスを透過して〝幸せの種〟をロックオン。
それから、静かな時間が流れます。
ゆっくりと、ゆっくりと。
〝幸せの種〟は熱湯を吸い、徐々にその姿を変えていきます。
最初は松ぼっくりの傘が開くように、外装からめくれ上がりました。
そして中から現れたのは、鮮やかな花でした。
ポットの中に、美しい花が咲き乱れたのです。
「わぁ……きれ〜……幸せ満開だぁ〜」
うっとりと、瞳は無意識に呟きました。
透明だった熱湯にも色がつき始め、徐々に香りも立ってきて、瞳はまるで夢見心地でした。
なるほど〝幸せの種〟とはよく言ったものです。
「この光景を眺めているのが一番好きなんですけど、冷めちゃうのでカップに注ぎますね。味も楽しんで欲しいので」
「あい〜」
丁寧にカップに注がれた紅茶は、幸せの種から幸せ成分を抽出した、名付けるなら〝幸せ茶〟でしょうか。
そっと幸せに口づけしてみます。
「んまっ」
パッと瞳の表情が華やぎました。お花が空間に浮かび上がったように見えたのは、幸せが具象化した姿なのかもしれません。
「よかったらお一つどうぞ。おまけしますね」
「いいの〜?! ありがと〜!」
バンザイして瞳は心からの喜びを表現しました。
先輩でもあり師匠でもあるセフィリアもきっと喜んでくれることでしょう。
しばし、新しくお友達となったハルとともに、幸せな時間を共有したのでした。
***
──前略。
お元気ですか? わたしはとっても元気です。
あのね、今日はとってもステキなものを紹介してもらいました。
工芸茶って知っていますか?
行きつけのお店のハルちゃんっていう女の子に教えてもらったんですけど、とってもと〜ってもステキなお茶なんです!
ポットの中で幸せの大輪を咲かせるんです。一つ頂いたので今度写真送りますね。本当にステキなので!
試飲させてもらったんですけど、味も美味しくって、あっという間にファンになっちゃいました。いろんな種類があるそうなので、今後の楽しみの一つに追加です!
それから、ハルちゃんが工芸茶のことを「幸せの種」って言っていました。おばあちゃんの受け売りらしいんですけど、その表現は適切だと思いました。
ポットの中で花開く幸せの種は、見ている人を本当に幸せな気持ちにしたんですから。
これはぜひとも広めていきたいですね……!
草々。
森井瞳──3023.9.17




