「ショッピング」
──前略。
お元気ですか? わたしは元気です。
先日のパジャマパーティーはとっても楽しかったです! またそのうち詳しくお話ししますね。
それから、パジャマパーティーをしたときにヒカリちゃんがわたしを見て、なにかが不満だったのか、今度の休みに付き合いなさいと言われちゃいました。
なのでパジャマパーティーは終わってしまいましたが、また新しい約束ができてちょっと嬉しかったり。
今度はどんな楽しい時間を過ごせるのかな? いまからドキドキワクワクしています。
約束という繋がりが、また新しい約束へと繋がっていく。
そして気づけば、絆という大きな輪っかに成長する。
絆はみんなを優しく包み込んで、笑顔にしてくれるんです。それってとってもすごいことです。
約束って、なんだか良い響きですね。
それでは、またメールしますね。
草々。
森井瞳──3023.9.6
***
木工品取扱店〈ヌヌ工房〉は本日も──いいえ、本日はお休みです。
基本的にはどこのお仕事もお休みの、みんな大好き日曜日なのでした。
「えっと……ここで待ち合わせであってるよね〜……?」
〝森林街〟ユグードのとある区画にある有名待ち合わせポイント、通称『再会の噴水』の前で、くりくりな目をキョロキョロと左右へ動かして、行き交う人の顔を確認している女の子がいました。
もちろん、森井瞳です。
今日も今日とて安定の爆発ヘアスタイル。毎日身だしなみは整えていますが、いくら頑張っても彼女にはこれが限界でした。
日頃、時間があればお散歩をしている瞳ですが、まだここまで足を運んできたことはありません。
初めて歩く道に、不安と興奮がない交ぜになって落ち着きがありませんでした。
「瞳、こっちよ」
「あ、ヒカリちゃんいた〜!」
水色の髪を輪っかに結った女の子が手を振っていました。探し求めていた火華裡でした。
探していた人の顔を見つけて、少し不安そうな表情を浮かべていた瞳は一気に笑顔に。
ご主人様を見つけて、見えない尻尾をぶんぶんと振っている子犬のようです。
「ちゃんと時間通りに来れたわね。あんたどっか抜けてるから大遅刻を平然とかますんじゃないかと正直ヒヤヒヤしてたわ」
「そんなことしないよ〜!(……たまにしか)」
「いまなんか言った?」
「ううん〜なんにも〜?!」
首も両手も振りまくって瞳は全力否定しました。
ユグードに来てからは毎日がすごく楽しいので今のところ遅刻はしていませんが、実は【地球】にいたころはちょくちょくやらかしていたのです。
火華裡、まさに慧眼でした。
「それじゃ、行きましょうか」
「うん〜!」
瞳と火華裡は肩を揃えて歩き出します。
「それで、今日はなにをして遊ぶの〜?」
ただ集合場所を聞いただけで、本日の予定は聞いていません。そちらのほうが楽しそうだからとあえて聞かなかったところもありますが、やはり瞳は気になりました。
瞳の質問に、火華裡は首を横に振ります。その目には熱い炎のような光が宿っています。ちょっと怖いです。
「遊びじゃないわ、ショッピングよ! あんたのそのダサい私服をなんとかしてやろうって言ってんの」
「え〜? ダサくないよ〜! おばあちゃんは『かわいい』って言ってくれたもん!」
プリプリと頬を膨らませて瞳は反論しました。
ですが、火華裡の言う通り、瞳の私服はハッキリ言ってダサいです。今時の若い女の子が着るようなセンスではありません。
原因はやはり、瞳がおばあちゃんっ子であることにありました。
対する火華裡はとってもオシャレです。今時の女子です。
そんな今時の女子は腰に手を当てて友人を叱ります。
「年寄りの感性に合わせるんじゃないわよ! 気を使っただけって可能性もあるでしょうに」
「おばあちゃんはそんなことしないよ〜! も〜! いくらヒカリちゃんでも怒るよ〜?!」
プリプリ怒る瞳ですがちっとも怖くありません。むしろ可愛いくらいです。
「わかったわかった、悪かったわよ……あんたがおばあちゃんっ子なのは充分わかったから!」
想像以上の喰いつきに珍しく火華裡のほうが引いて、この話題はひとまずおしまい。
「さあ、着いたわよ」
「おほぉ〜!」
目の前に広がる光景に、瞳はアホみたいな声が上がりました。
案内されたそこは道がどこまでも真っ直ぐに伸びていて、まさに〝商店街〟という表現がピタリとハマる大通りでした。
日曜日ということもあり、大勢の人で賑わっています。ここだけ夏休みがまだ続いているかのようです。
「ここならあんたも気にいる服がきっとあるわ──ってちょっと瞳?!」
「見て見てヒカリちゃん〜! かわいいストラップが売ってるよ〜! 色違いでお揃いにしようよ〜! ヒーナちゃんの分も買ってさ〜!」
子供のように旺盛な好奇心が瞳の体を勝手に動かしているんじゃないかと思えてきます。
「ほら、先に目的を済ませるわよ。時間が余ったら付き合ってあげるから」
「え〜」
「え〜じゃない」
「う〜」
「う〜でもい〜でもない! ほら!」
本当に子供に逆行してしまったかのような態度を取る瞳に頭が痛くなってくる火華裡でしたが、強引に手を取って目的のお店へと引っ張っていきます。
まるで駄々をこねる妹と、そのお姉ちゃんのようでした。
「まずは近いところから順番に行ってみましょうか」
「あい〜」
大人しく火華裡の背中についていくように、一軒目の店内へ入りました。
店員さんの元気な「いらっしゃいませー!」という挨拶とともに最初に出迎えてくれたのは、オシャレな服を着たマネキンでした。
「うあ〜……! すごいすごい!」
マネキンの他にも綺麗に畳まれたカラフルな服が所狭しと並べられていて、瞳も目移りしまくりです。
早速二人は店内を物色し始めました。
「瞳、これなんかあんたに似合うんじゃない?」
「どれどれ〜?」
火華裡が差し出してきたのは春らしい淡い桜色の薄手なワンピース。
「あんた意外と胸あるし、ハイウエストにサッシュベルト巻けば強調できて脚も長く見えるわ」
「火華裡ちゃん店員さんみたい〜」
「これくらい普通だから。ちょっと試着してみなさい」
「あい〜」
ワンピースを受け取った瞳は試着室に入り、火華裡のコーディネートに着替えてカーテンを開けます。
「へぇ……似合ってるじゃない。さすがあたしね」
自分の見立てが間違っていなかったことに満足して火華裡は控えめな胸を張って鼻を鳴らしました。
「どうかな〜? 変じゃない〜?」
「変じゃないわよ。うん、最初の一着はそれにしなさい。プレゼントしてあげるから」
「いいの〜?!」
「……なんか最近もらってばっかりだったから、いいの!」
「うあ〜いヒカリちゃんありがと〜大好き!」
「こっちが照れるからやめい!」
「あうっ」
抱き着こうとして、優しい手刀がコツンと瞳の額に当たりました。
どうやら今回のショッピングは諸々のお返しも、目的の一つだったようです。
相変わらず、素直じゃない女の子なのでした。
***
──前略。
お元気ですか? わたしは元気です。
今日はお店がお休みだったので、以前にヒカリちゃんと約束したお出かけをしてきました。
今までたくさんお散歩をしてきましたが、それでも初めて行く場所だったのでとっても新鮮で、すごく楽しかったです。
そしてなんと! ヒカリちゃんにお洋服をプレゼントしてもらっちゃいました! 春らしく、とってもかわいいピンクのワンピースです! あ、【地球】ではとっくに夏でしたね。
ちょっと恥ずかしいけど、勇気を出して写真送ってみます。
ほかにもいろんなところを買い物して回ったりして、充実した休日を過ごせました。
そして今度はヒーナちゃんの番らしいですよ。
プレゼントしてもらってばかりだからそのお返しなんだとか。
こうやって人との繋がりが出来て、素敵な輪っかが出来上がるんですね。今日はその瞬間を目の当たりにした特別な一日でした。
もっともっと、この素敵な輪っかを大きくしていけたらいいな。
草々。
森井瞳──3023.9.11




