「羽根ペン」
──前略。
お元気ですか? わたしは元気です。
一日のお休みを挟んで、今日からまた〈ヌヌ工房〉は営業を再開します。
倒れてしまったセフィリアさんはすっかり元気を取り戻しまして、いつもの素敵な笑顔を見せてくれました。
いつもの、とっても安心できる笑顔です。ほっとするやつです。
セフィリアさんの弟子として、そして一人のファンとしても、この笑顔を守っていけたらいいな、なんてひっそりと思ってみたりして。
ちょっとおこまがしいですかね? なーんて。
それでは、またメールしますね。
草々。
森井瞳──3023.9.2
***
本日も木工品取扱店〈ヌヌ工房〉は通常通り営業中。
最後の最後で地味に打ち間違えたメールを送信した女の子は、椅子に座ってレジカウンターに頬杖を突いていました。
まん丸くりくりの子供みたいな目に、こげ茶の髪を寝癖なのか癖っ毛なのか四方八方に爆発させた、森井瞳という女の子です。
「本当にお客さん来なくなっちゃいましたね〜」
「ふふふ、そうね♪」
瞳の隣には薄緑の長髪をゆるく編んだ、天使のような微笑みを標準装備した物腰柔らかな女性、セフィリアが朗らかに笑います。
夏休み中は無理が祟って倒れてしまいましたが、その笑顔には百点満点の癒しが込められています。もう大丈夫そうでした。
木製のドアベルもお客さんがやってくるのを今か今かと待ち構えていますが、自慢の音色を鳴らす瞬間はいつまで経っても訪れません。
「わたし、夏休みが始まる前ってどういう風に過ごしてましたっけ〜……?」
考えるときの癖で髪の毛をイジイジしながら過去の自分を思い出そうと頭をひねります。
セフィリアも顎に指を当てて考えました。
「ん〜、どうだったかしらね♪」
早々に考えるのを諦めていました。
お客さんも来ませんし、なにをやっていたのかよく思い出せない瞳は腰を上げました。
「店内のお掃除でもしますね〜。ヌヌ店長の羽根が棚の下に最近よく滑り込んでたりするので〜」
夏休みはとっても忙しかったですから、ヌヌ店長も疲れが出てしまったのかもしれません。
「あらそうなの? そういえばもうそんな時期かしらね」
「もうそんな時期、ですか〜?」
瞳にはセフィリアがなにを言っているのかよく分かりません。
ふふふ♪ と笑いながら、〈ヌヌ工房〉の先輩として教えてくれました。
「鳥には『換羽』って言って、羽根が生え変わる時期があるのよ」
「生え変わる?! もっふもふじゃなくなっちゃうとかですか〜!?」
瞳の脳内ではすべての羽根が抜け落ちてから次が生えてくる映像が流れましたが、もちろんそんなことはありません。
瞳が住んでいた【地球】では野生の動物は絶滅してしまっていて動物にはあまり詳しくないだけなので、許してあげてください。
「ゆっくり少しずつ生え変わるから、もふもふのままよ♪」
「ほっ……よかったです〜」
胸を撫で下ろすように瞳は安心しました。
セフィリアは表情を明るくして手を合わせました。
「そうだわ瞳ちゃん、せっかくだし、アレをやってみない?」
「あれ? あれってなんですか〜??」
「ふふふ、とっても楽しいことよ♪ まずはヌヌ店長の羽根を集めましょう?」
「よくわかりませんが……わかりました〜!」
へにゃっと敬礼して、瞳とセフィリアは店内や自室からヌヌ店長の抜け毛──もとい羽根を拾い集めます。
店内はパッと見だと綺麗に見えますが、棚の下や後ろなど、そういった隙間に羽根がよく滑り込んでしまうのです。
かき出すようにモップを隙間へ滑り込ませれば、出てくる出てくる。
ホワホワの産毛やらシャキッとした風切羽根やらがもふもふと。
「これくらいでどうですか〜?」
「ええ、充分よ♪」
埃も一緒について来てしまったので改めて掃除しつつ、それだけでセフィリアがやろうとしていた材料は揃いました。
そして使う道具はハサミとカッター。誰もが慣れ親しんでいる道具でした。
「これをどうするんですか?」
「とっても簡単だから、よーく見ててね」
「は、あい〜」
まずセフィリアはヌヌ店長の風切羽根をハサミでチョキン。根元のほうを少し切りました。
それからカッターで先端に縦方向に切り込みを入れます。そして切れ込みを入れた反対側を削いでいき、尖った形に。
「はい、これで完成よ♪」
「ふぇぇ? これだけですか?」
羽根の根元を切って、切り込みを入れて先端を少し削って、あっという間に完成してしまった謎の羽根。
これで一体なにができるのか、瞳には想像もできませんでした。
「ええ、これだけよ♪ 簡単でしょう?」
瞳の不思議そうな顔に、天使のような満面の笑みで応えました。
「これは、こうやって使うの」
そしてセフィリアが新たに用意してきたのは、真っ黒い液体、インクでした。
インクに羽根の先端をちょんちょんと浸してから、手近にあった紙に滑らせます。
「おお〜?! 文字が書けてます〜!」
「そのまま『羽根ペン』って言う物よ。大昔の人はこれで文字を書いていたらしいわ」
「さすがセフィリアさん、物知りです〜!」
「うふふ♪」
後輩からの尊敬の眼差しを眩しい笑顔で受け止めて、セフィリアはヌヌ店長の羽根を瞳にも手渡します。
「これで絵とか描いてみたら、また一味違ったものが出来上がるかもしれないわね」
「なるほど〜! やってみます〜!」
瞳はセフィリアから立派な風切羽根を受け取り、先ほど説明してくれた手順をしっかりと守って羽根ペンを作ってみました。
ハサミでチョッキン。カッターで切り込みを入れてカリカリと削ります。普段からやっている作業に近い感覚でしたので、とてもスムーズに進みました。
簡単に出来上がったそれを、試しにインクに浸してお馴染みのスケッチブックに描いてみます。
「おほぉ〜……描き味がとっても面白いです〜」
尖ったペン先から指先を通して伝わってくる紙に引っかかるような感覚が新鮮で面白く、描かれる線も統一感はありません。
人によってはそれを〝描きにくい〟と感じることでしょうが、瞳にはそれが堪らなく面白く感じたのでした。
「このペンで描いたら、なにを描いてもきっと面白いものが出来上がりますね〜! だっておんなじ線が全然描けないんですもん!」
「そうね、確かに均等な線を描くのは難しいかもしれないわね」
「文字だと不便かもですけど、絵ならそれも『味』ってことで、ステキな絵が描けそうです〜」
そして瞳はあるアイデアを思いついたようにポンっと手を打ちました。
「そうです! ヌヌ店長の羽根で作ったペンでヌヌ店長を描いてみましょう! ヌヌ店長〜!」
〈ヌヌ工房〉の中にある専用の止まり木に止まって微動だにしないずんぐりむっくりとしたフクロウに向かって瞳は駆け寄りました。
それから羽根ペンを使った瞳の模写タイムのスタートです。
いつものゆっくりまったりとした時間の流れが、帰ってきたのでした。
***
──前略。
お元気ですか? わたしは元気です。
本日は夏休みが終わって、久し振りの通常営業でした。
夏休みが入る前はどんな風に過ごしていたのかわからなくなっちゃって、ついついそわそわしちゃったり。
そしたらセフィリアさんが面白いことを教えてくれたんです。
ヌヌ店長のおっきな羽根を使った羽根ペンという物です。なんでも大昔の人はこれで文字を書いていたのだとか。実際に作ってみたので、写真送りますね。
これからゆっくりと、忘れかけているいつものペースを取り戻していこうと思います。
そちらも、生活習慣に少なからず変化があると思いますので、ご自愛してくださいね。
草々。
森井瞳──3023.9.2




