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「夏休みが終わって」

 ——前略。


 今日は朝からなんだか落ち着きません。なんででしょう?


 夏休み中は早起きしていましたが、その必要がなくなったからでしょうか? 寝坊していないのに、寝坊してしまったかのような、そんなソワソワとした感覚が体を包んでいます。


 忙しかった夏休みもとうとう終わりを迎え、これからは落ち着いた日常が戻ってくるのだと思います。


 最近は営業で慌ただしいのが当たり前でしたが、また修行が始まるので、それはそれで忙しい日々の始まりになりそうですね。


 夏休みという大きなイベントごとが終わってしまうのはなんだか寂しいですけど、新しい始まりがあることに感謝しなくちゃですね!


 本日も頑張っていきますよ〜!


 それでは、またメールしますね。


 草々。


 森井(もりい)(ひとみ)——3023.9.1




   ***




 セフィリアが倒れ、ヒジリや火華裡(ひかり)やヒーナが助けてくれた夏休みラストも乗り切って、いまいち夢見心地から覚め切らない女の子がベッドで横になっていました。


 もちろん森井瞳です。


 今日も今日とてこげ茶の髪は跳ねまくって爆発祭り。夏休みが終わってしまう学校行きたくない! と駄々をこねる子供のように暴れ回っています。


「ふぃ〜……」


 瞳はベッドに寝転がったまま、天井を見つめました。


 いつものように朝の手紙メールを書きましたが、時間が余ってしまったのです。単に体に染み付いた夏休みの生活習慣が抜けず、早起きしてしまっただけですが。


「……早起きはなんかお得らしいし、外の空気でも吸ってみようかな〜」


 早起きは三文の徳、と言いたいようですが、そんな些細なことは気にしなくてもいいのです。

 だいぶ早いですが、若葉色のエプロンドレス調の制服に着替え、そろりそろりと階段を下ります。


「あら、瞳ちゃん。おはよう♪」


 すると、安らぎの音色が瞳の耳に届きました。


 てっきりまだ寝ていると思っていた先輩のセフィリアがすでに起きていたのです。ベッドの上で壁に背を預けて、読書をしているようでした。


「セフィリアさん、起きてたんですか〜?」

「ふふふ、瞳ちゃんこそ♪」


 楽しげに、朗らかに笑いました。

 そんな声を聞いて、瞳は安堵します。


「調子はどうですか〜?」

「ゆっくりさせてもらったから、すっかり元気よ。ありがとね、瞳ちゃん♪」

「いえいえそんなそんな〜」


 瞳は手をブンブンと振りながらも、とっても嬉しそう。


 やっぱりセフィリアにお礼を言われると照れてしまって、どうしてもニヤけてしまうのでした。

 ですが、それはそれ、これはこれ。


 瞳はキリッと表情を切り替えました。


「でもセフィリアさん、もうあんな無茶はしないで下さいね〜?」

「ええそうね。気をつけることにするわ」


 瞳が誰かのことを注意する日が来るなんて、それも師匠であり大先輩が相手だなんて、両親でも想像できない光景でしょう。


「いま時間大丈夫かしら?」

「は、あい。ちょっとお外の空気を吸おうかなって思ってただけですから〜」


 セフィリアの問いに頷いて答えると、ニコニコと笑いながら手招きをしてきました。

 大人しくそれに従って、瞳はセフィリアのベッドに腰掛けます。


「本当にありがとう。感謝しているわ」


 そして、柔らかく抱きしめてくれました。

 尊敬する先輩の体温は暖かくて、瞳の心をじんわりと解して溶かしてくれました。


「私はもう大丈夫だから。心配しなくても平気よ」


 ゆっくりと、優しく瞳の頭をなでなで。跳ねっ毛がびよんびよんよんぉん……。


「……本当ですか〜?」

「ええ、本当よ」

「本当の本当ですか〜?」

「本当の本当よ」

「約束してくれますか? もう無茶はしないって」

「約束するわ。もう無茶はしないし、もっともっと瞳ちゃんを頼っちゃうから♪」

「任せてください! まだまだ頼りないですけど、きっとセフィリアさんの力になりますから!」


 ふんすと鼻息荒く気合の入る瞳でしたが、未だにセフィリアのなでなでは続いていて表情はほんにゃりとしていました。


「はい、手櫛だけどだいぶ良くなったかしら♪」

「ほあっ?! いつの間に?!」


 セフィリアのなでなで効果で爆発ヘアーが幾分か落ち着いていました。しかもめちゃくちゃ気持ちよくてお肌までツルツルになった気さえしてきます。


「ふふふ♪ 外に行くんでしょう? 女の子は身だしなみもキチンとしないと♪」

「そうですね……すみません〜」


 ベッドから立ち上がって、ペコリと頭を下げました。


「今日はお店お休みにするから、ゆっくりしてきて大丈夫よ」

「そうなんですか?」

「ずっと忙しかったでしょう? だから今日くらいはね?」

「わかりました〜。それじゃあのんびりお散歩でもしてきます〜」

「行ってらっしゃい。足元に気をつけてね♪」

「は〜い!」


 相変わらず子供扱いされているような気がしますが、ちっとも気になりません。


 瞳は部屋を出る前に一礼してから、忍び足で階段を降ります。もしかしたらヌヌ店長がどこかで眠っているかもしれないので、外に出るまでは隠密行動は継続です。


 一階に足をつき、裏口から出ようとドアノブに手をかけた瞬間でした。


「ふぃぁんっ?!」


 お尻を押さえて飛び上がりました。


 振り返ると、そこにはヌヌ店長が。どうやらヌヌ店長も早起きをしてしまったようです。


「もう、ヌヌ店長〜脅かさないで下さいよ〜」


 とプリプリ怒りつつもモッフモフの羽毛を堪能するために抱き上げました。沈み込む指先がとっても気持ちいいです。


 セフィリアに撫でられるのと、ヌヌ店長をモフモフするの、どちらが気持ちいいのかと聞かれたら、亜音速で「両方とも!」と答えるでしょう。


 ヌヌ店長を床に下ろすと、中腰になって宇宙のような眼を覗き込むように視線の高さを合わせます。


「夏休みが終わったっていう実感がどうにも湧かなくて落ち着かないので、ちょっとお散歩してきますね〜」


 瞳がそう言うと、ヌヌ店長は頷きました。


 大きな羽をはためかせて『行ってらっしゃい』をしてくれました。


 それにほんわりとした笑顔で手を振り返し、改めてドアノブをひねって〈ヌヌ工房〉の裏口から外へ一歩を踏み出します。


「よ〜し、今日も——」


 ——バッシャーン!


 大量の水を頭から被りました。

 本日の空模様は雨だったのです。

 瞳はクルリと踵を返しました。


「……ただいま〜」


 呆れたように宇宙のような眼を細めて、タオルを差し出してくれるヌヌ店長でした。


 瞳の夏休み終了後の記念すべきお散歩は、一歩で終了しましたとさ。




   ***




 ——前略。


 お元気ですか? わたしは元気です。


 今日は夏休みが本当に終わってしまったんだなぁと実感するような一日でした。


 セフィリアさんはゆっくり休んですっかり調子は戻ったみたいで安心しましたし、外を見ればひしめき合っていた観光客の皆様もすっかり見えなくなっていました。


 それで、人が少なくなっていつもの風景になったユグードの街並みを歩こうかなって思って散歩に行ったら一歩目で水をかぶっちゃいました……全然気づかなかったのですが本日は雨だったようです。


 その代わり、久しぶりにセフィリアさんとヌヌ店長と、ゆっくりした時間を過ごせました。


 お天道様が「あなたももっとゆっくりしなさい」って言ってくれたのかもしれませんね。


 草々。


 森井瞳——3023.9.1

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