「願い」
——前略。
お元気ですか? わたしは元気です。
先日に「宮大工」の話をしましたよね。それで最近忙しくて触れてなかった組み木に再挑戦してみたんですけど、やっぱり元の形には戻せませんでした……。
あのブロックたちが組み合わさって四角い形を維持できるなんて、何度考えてみても不思議です。
わたしでは手も足も出なくて、昔の人は凄いことを考えるんだなーなんて思っちゃいました。
しかも宮大工は組み木の要領で家を建てちゃうわけですから、とてつもない技術が必要なんだろうなって。
技術力だけで言えば【地球】はズバ抜けてますけど、別の方向性の凄さですよね。
ずっと【地球】にいたらこの凄さを知らないままでしたし、【緑星】に来れてよかったなって改めて思いました。
旅行で来られたお客さんにもそう思ってもらえるように、今日も営業頑張りますよ!
それでは、またメールしますね。
草々。
森井瞳——3023.8.25
***
夏休みも佳境を迎え、【緑星】に旅行に来ていた人たちは続々と帰り始めるタイミングです。
木工品取扱店〈ヌヌ工房〉は、一言で言えば『ヤバイ』状況でした。
「ほえぇ〜?!?!」
なんて悲鳴が無意識に出てしまうほど。お客さんが途切れることなく、次から次へとやってきて、ちっとも休む暇なんかありません。
いつもは見ているだけのヌヌ店長も、全力でお手伝いをしてくれていますが、それでも手は足りません。
かろかろかろん——と、木製のドアベルがまた新たなお客さんの来店を教えてくれます。
「いらっしゃいませー!」
瞳は忙しさに負けないように、今日も元気にご挨拶をしました。
「こんにちわ、お嬢さん」
「あ、あの時の……」
やって来たのは、優雅にスーツを着こなしたダンディーな老紳士でした。
低くて渋いお声と独特の香りは瞳の記憶に鮮明に残っていて、一目でその人だとわかりました。
セフィリアに超難関な神社の模型を依頼しに来たあの人です。
「セフィリアさんから完成したと連絡をもらったのだが、いるだろうか?」
老紳士は優しい笑顔で語りかけるように聞きました。
もちろんいるので、瞳の対応は決まっています。
「いまお呼びしてきますね。あちらで少々お待ちください〜」
完成の瞬間は立ち会わせて貰ったので、出来上がっていることは知っています。きっと喜んでくれることでしょう。
休憩スペースに老紳士を案内してから、作業部屋で作業をしているセフィリアを呼びに行きます。
「ヌヌ店長、ちょっとだけレジお願いします〜」
ずんぐりむっくりとした巨大なフクロウがレジをするという珍しい光景にお客さんまで目を丸くしている中、瞳は作業部屋の扉から顔を出して、セフィリアに声をかけます。
「セフィリアさん、あのダンディーなおじいさんがお見えになりましたよ〜」
「…………」
精神統一でもしているのか、セフィリアは木材を前に道具を手にしたまま微動だにしません。反応もありません。
「セフィリアさん?」
「……! ごめんなさい、どうしたの?」
「ダンディーなおじいさんがお見えになりましたよ〜、って」
「そう、わかったわ♪ ありがとう」
もう一度声をかけると、今度はしっかりと反応があり、にっこりと笑うと、依頼の品を大切に持って老紳士が待つ休憩スペースへ向かっていきました。
なんだか気になった瞳は、ヌヌ店長にはもうしばらく頑張ってもらうことにして、セフィリアの様子を窺うことにしました。
尊敬する大先輩があれだけ頑張って、丹精込めて、心血を注いで、魂が宿った作品ですから、どのように評価されるのか気になったのもあります。
ヌヌ店長は宇宙を宿したクリクリな目を回して、一心不乱にお客さん相手に頑張っています。
頑張れヌヌ店長。
「こちらが依頼の品になります。ご確認ください」
「おぉ、これはこれは……素晴らしい出来栄えですな」
「ふふふ♪ ありがとうございます♪」
セフィリアの完璧な完成度を誇る作品を見て、老紳士は感嘆の吐息を漏らしました。
「ひい爺様に見せてもらった古い古い映像そのままだ。まるで画面から飛び出してきたかのようだ……」
懐かしむようにゆっくりと紡がれる老紳士の言葉と表情には、あふれんばかりの優しさが滲み出ていました。
「もうとっくの昔に亡くなってしまいましたがね、私はひい爺様が大好きでした」
ポツリポツリと、胸の内を明かし始める老紳士。セフィリアは黙って耳を傾けました。
「そのひい爺様が愛したものを、気づけば私も愛していた。満たされた気持ちになった。だからひい爺様に『ありがとう』を伝えたくて、私なりに考えたのが、愛したものを贈ることだったのです」
遠い目をする老紳士の瞳には、同じように優しく微笑むひい爺様が映っていました。
老紳士は目を瞑り、一呼吸置きました。
「ですが難しすぎる課題に半ば諦めかけていたそんなとき、素晴らしい技術を持っている女性がいると聞いてね、こうして頼みに来たんだが……君に頼んで正解だったようだ」
改めて見るセフィリアの作品。最高傑作と言っても過言ではないそれを老紳士は見つめて言いました。
「ひい爺様に良い土産を持ち帰れそうです。本当にありがとうございました」
一つ一つの動きに全霊の感謝が込められたお礼に、セフィリアも同じようにして応えました。
「いいえ、こちらこそ貴重な経験をいただきました。ありがとうございます」
同時に頭を上げて、二人は微笑み合います。
「可能な限り頑丈に作りましたが、それでも非常に繊細ですので、お持ち帰りの際はお気をつけくださいね」
「肝に銘じよう」
大切に、丁寧に受け取った老紳士は〈ヌヌ工房〉を出ていきました。セフィリアはしっかりとお見送りをします。
老紳士は帽子を取り、今一度感謝を込めて頭を下げました。
とても満足げな表情を浮かべて、微笑み合う二人。
大きな後ろ姿が見えなくなるまで、セフィリアは見送り続けました。
後ろ姿が見えなくなる頃、瞳はセフィリアの隣に立って、同じ方向を見つめます。
「とっても嬉しそうでしたね、あのおじいさん」
今までにいろいろなお客さんの笑顔を見てきましたが、その中でも別格でした。
ここに来て良かった。セフィリアにお願いして良かった。
そう思ってもらえたようで良かった、と瞳は思いました。
「んあふっ! ヌヌ店長〜!」
瞳は突然ヘンテコな悲鳴を上げました。ヌヌ店長にお店のことを任せっきりだったことを思い出したのです。
このままではヌヌ店長の羽根が過労で抜けてモッフモフではなくなってしまうかもしれません。それは全力で阻止しなければ。
「セフィリアさん、早く戻りましょう〜!」
踵を返して店内へ戻ろうとした瞳でしたが、その足が止まります。
振り返ると、セフィリアはその場から動いていません。
「……セフィリアさん?」
嫌な予感が背筋をぞわりと通り過ぎ、恐る恐る声をかけました。
次の瞬間、
「セフィリアさん!?」
糸が切れたように、ばたり、とセフィリアはその場に倒れてしまいました。
瞳とヌヌ店長がもっとも心配していたことが現実になってしまったのです。
「セフィリアさん! セフィリアさん!?」
慌てて駆け寄って揺さぶりますが、反応はありません。
見たことのない汗を流し、苦しげな顔に荒い呼吸。素人目に見ても良くない状態だとわかります。
「どうしよう……どうすれば……?!」
セフィリアなら大丈夫だろうとタカをくくっていたツケが回って来てしまった。
もっとちゃんとセフィリアの様子を見ておくべきだったと、後悔ばかりが先に立って、頭の中がぐしゃぐしゃになって、瞳は混乱してしまいました。
「誰か、助けて……!」
瞳の、願いは——、




