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「! ! !」

 ——前略。


 お元気ですか? わたしは元気です。


地球(シンアース)】の物と比べて3倍も厚いカレンダーの日付を見て驚いてしまいました。


 8月17日……夏休みがあと2週間しかないじゃないですか〜!


 つまり、お客さんがたくさん来てくれる期間もあと2週間で終わってしまうということです。


 たくさんの方々が来てくださって、目が回るような忙しさでしたが、だからこそいろいろな出会いもあって充実した日々だったのに、もうすぐで終わってしまうんですね。


 忙しかったり楽しかったりする時間は過ぎるのがとっても早くて、時間さんはいじわるですよね。


 宿題が残ってる人は、そろそろ片付けないとな〜とか思っているんでしょうか。


 わたしは地道にコツコツやって結局間に合わない、ダメダメな学生でしたが……そんな人にはなってはいけませんよ! と念を込めて、学生っぽい人には接客しようかな、な〜んて。


 それでは、またメールしますね。


 草々。


 森井もりいひとみ——3023.8.17




   ***




 夏休みもだんだんと佳境を迎えて、地獄と例えられた時期は、その真の姿を現し始めました。


「うひ〜」


 情けない声を上げて木工品取扱店〈ヌヌ工房〉の狭い店内を駆け回っているのは、まだまだ見習い過程邁進中の女の子、瞳です。


 寝癖なのか癖っ毛なのか、花火のように跳ね回った髪の毛を振り乱して、あくせく働いています。とても大変そうですが、大きな目にはやる気の炎が燃えたぎっていて、前髪あたりがチリチリに焦げてさらに跳ね回りそうな、そんな女の子です。


 若葉色のエプロンドレス風な制服を乱しながらも、「これでもか〜!」と言わんばかりに頑張っています。


「うふふ♪」


 心を和ませる音色のような笑い声が聞こえてきて、チラリと、店内に設置されている休憩スペースに目をやりました。


 そこには、天使のような微笑みが標準装備された物腰柔らかな女性、瞳が尊敬する大先輩のセフィリアが、スーツを優雅に着こなすお年を召した素敵な男性とお話をしていました。


 どうやら世間話に花を咲かせているわけではなく、お仕事の話をしているようです。


「すみませーん、お願いしまーす」

「はひ〜! ただいま〜!」


 お客さんにお会計の呼び出しをされて、わちゃわちゃしながらもレジを操作します。残念ながら、セフィリアと男性の話に耳を傾けている暇はなさそうです。


「ありがとうございました〜!」


 深々と頭を下げて、〈ヌヌ工房〉の商品を買ってくれたお客さんにフンスと感謝の念力を送ります。目力が強くてなんか怖い。


 まだまだお客さんが途切れない中で、男性とのお話を終えたセフィリアが瞳の元へとやって来ます。


「瞳ちゃん、ちょっといいかしら?」

「あい、もちろんです。なんでしょう〜?」


 不思議そうに小首を傾げる瞳の耳元にそっと手を当てて、セフィリアは囁きました。


(大きなお仕事を頂いたから、しばらくお店のことお願いね♪)

「ふひ」

「?」

「い、いえ! なんでもないです! りょうかいしました〜!」


 耳元にこそばゆい吐息がかかってキモい声が出てしまいましたが、なんとか誤魔化せました。誤魔化せたはずです。誤魔化せたと信じましょう。


「ヌヌ店長もよろしくお願いしますね」


 ずんぐりむっくりとした大きなフクロウに、お店のことを頼みます。微動だにしませんでしたが、それを了承と受け取り、セフィリアはニッコリと笑いました。


 反応が無いという反応で意思疎通ができるのは、長年のお付き合いの賜物でしょう。


 セフィリアが作業部屋へ入っていくと、早速トンカントンカン、リズミカルな音が響き始めます。


 お年を召した素敵な男性は被っていた帽子を取り、瞳に向かって優雅に一礼。


「それでは、私はこれで失礼いたします。また後日、改めて伺いますので」

「は、あい! またのご来店をお待ちしております〜」


 めっちゃダンディーな渋いお声と丁寧な口調だったので、一瞬聞き惚れてしまいましたが、なんとか平静を取り戻してお辞儀。


 独特な香りと雰囲気を残して、男性は去っていきました。


「ヌヌ店長。先ほどのかたはセフィリアさんとどんなお話をしていたんですか〜?」


 きっと知っていると思って聞いてみる瞳でしたが、もちろんヌヌ店長が知っていたとしても、瞳にはヌヌ店長の言っていることを理解することはまだできませんので、意味はありません。


 宇宙を宿したクリクリの丸い瞳で、瞳のことを見つめるばかりでした。ややこしい。


 瞳がどうしてセフィリアのことをそこまで気にかけるのか。理由は単純。


 セフィリアのオーバーワークが気がかりなのです。


「大丈夫……ですよね?」


 ヌヌ店長に聞いてみても、反応がなくてやっぱりわかりません。ちょっとでも反応があればわかったかもしれませんが。


 そんなことよりも、と割り切るにはいささか無理はありますが、他人の心配ばかりしてはいられません。


 まだまだお客さんはいるのですから。


「これお願いします。お土産用に包んでください」

「わかりました〜。包装紙はどちらになさいますか〜?」


 色とりどりの紙が収まったファイルを取り出して開いてみせます。


「あの、これのもうワンサイズ大きいのってありますか?」

「えっと、いま在庫を確認してきますね〜」

「すみませーん、これの開け方わからないんですがー」

「しょ、少々お待ちください〜」

「ここの商品っていくら? 値札付いてないんだけど」

「も、申し訳ございません〜! そちらは——」


 ——かろかろかろん。木製のドアベルが鳴ります。


「あわわわわわわわ」


 一気に注文が飛んできておおわらわ。なにから片付ければいいのかさえ判断がつかなくなりそうでさあ大変。


 目の中がぐるぐる巻きになっている瞳を見かねたヌヌ店長が、とうとう動きます。


 音もなく店内を飛び、床に落ちていた値札を正しい位置に戻すと倉庫部屋へ飛んでいき、ワンサイズ大きい商品を持ってきてくれました。


 お客さんと商品がひしめき合っている狭い店内でも飛べてしまうヌヌ店長さすがです。


 その隙に、瞳はまだ包装紙に悩んでいるお客さんを確認してから【カラクリ箱】の開け方を説明してあげます。

 それからようやく選ばれた包装紙でお土産を丁寧に包み、お客さんを見送ります。


 ヌヌ店長のナイスフォローが光りました。


「ふい〜……」


 なんとかお客さんをさばき切って、つかの間の休息タイム。


「ヌヌ店長、先ほどはありがとうございました〜」


 さすが、店長の名に恥じない働きっぷりでした。太っているかのようにずんぐりむっくりな見た目ですから、ほぼ全ての業務をセフィリアに任せ、実は働かずにぐうたらしていたのでは? と密かに疑っていた瞳でしたが、感謝とともに考えを改めることとします。


 ヌヌ店長は機敏に動ける太っちょさんである、と。


 お礼をされて機嫌が良くなったのか、ヌヌ店長は宇宙を宿した目を閉じて、なんとニッコリと笑ったのです。


「わ、ヌヌ店長が笑うところ初めて見ました〜!」


 普段はドヤッと決めた表情からほとんど変化のない毎日だったので、フクロウにも表情があるのかと、このとき初めて知った瞳でした。


「もしかしてセフィリアさんはこの表情の変化を読み取っているのでは〜?!」


 瞳的には革新的な大発見。ずっとセフィリアとヌヌ店長のやり取りが成立していることに疑問を感じていたのですが、もしかしたらもしかすると、そういうことかもしれません。


 すでにいつものドヤッキリッな表情に戻っているヌヌ店長に両手を合わせてお願いします。


「ヌヌ店長! もう一度笑ってみせてくれませんか〜?」


 ヌヌ店長以上にキラキラした期待のこもった目で見つめる瞳。そんな眼差しを受けて微動だにしないヌヌ店長。


 くりん。


「あっ、ヌヌ店長ってば後ろ向くのずるいです〜!」


 恥ずかしくなってしまったのか、にらめっこは瞳の勝利。


 壁の方を向いたヌヌ店長の表情は、ほんにゃりとした笑顔だったのでした。




   ***




 ——前略。


 あのねあのね、聞いてください!


 ヌヌ店長って笑うんですよ! フクロウって笑えるんですよ! びっくりですよね〜!


 ずっとセフィリアさんとヌヌ店長の会話がどうして成り立っているのかわからなかったんですが、コツみたいなものを掴んでしまったかもしれません!


 これは超重要な問題ですよ!


 ヌヌ店長との会話ができれば、いろいろと質問してみたいことがたくさんあるからです!


 どうして音もなく飛べるんですかとか! そもそもどうして人の言葉がわかるんですかとか!


 本当にびっくりしたので、びっくりマークが絶えません!


 これからは、ヌヌ店長の表情に熱い視線を送り続けたいと思います!


 それでは、またメールしますね!


 草々!


 森井瞳——3032.8.18

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