「小さな一歩。大きな成長」
お店のお手伝いをしてもらうことになった美星でしたが、これがビックリ、なんと手際の良いことか。
さすがに身長が低いので棚の上段までは脚立を使わないと届きませんが、それ以外の楽に手が届く範囲であれば、ぶっちゃけ瞳よりも優秀なほど。
商品の場所や値段はあっという間に覚えてしまいましたし、最低限の接客マナーなども同様です。非常に物覚えのいい、優秀な人材と言えました。
サイズの合う制服は置いていなかったので、似たような色のエプロンで代用しました。これを身につけるだけでも充分店員としての統一感が出てきます。
一つ問題があるとすれば。
「いらっしゃいませ♪」
「いらっしゃいませ~!」
「…………せ」
非常に人見知りで、接客マナーを知ってはいても、実践するのは難しい、という点でした。
お店のお手伝いも突然のお話でしたから、難しいことを強要するつもりはありません。美星にはまだハードルの高い接客はセフィリアや瞳が引き受けて、できることをお願いしよう。
そのように取り決めたはずだったのでしたが、なんのいたずらか、
「あら、かわいい店員さん。オススメとかあるかしら?」
「ぁ……ぅ……っと」
ニコニコ笑顔のおばさんが孫を相手にするかのようにジャンジャンバリバリ話しかけてくるのです。見るからに気のよさそうなおばさんで、悪気がないのは充分に伝わってきました。
しかし今ばかりは遠慮してもらいたいので、すぐさまセフィリアがフォローに入りました。実に素早い動きです。瞳は出遅れてしまいました。
「お客様、どのような商品をお探しでしょうか?」
「あら、そうねぇ、孫にプレゼントしたいから、オモチャなんかないかしら?」
「お孫さんですか。それでしたら――」
セフィリアが素晴らしい接客をして気をそらしてくれている間に、美星は手招きをする瞳の元へテコテコと駆け寄りました。
「美星ちゃん、あのお客さんはオモチャを探してるみたいだから、そのあたりを急いで整理しておこう~!」
「…………」
こくこくと美星は頷きました。
指示をもらって、セフィリアがさりげなく時間稼ぎをしている間にオモチャのコーナーを見やすいよう、手に取りやすいように整理整頓。子供でも見やすいように棚の下段に置かれているので、美星の身長でも大丈夫です。
パパッと役目を終えてそそくさと瞳の元へ戻ってくると、制服代わりのエプロンの裾をぎゅっと握って、瞳のことを見上げました。
何かを待っているような、そんな期待の込められた視線に打たれながら、瞳はいつものようにほわわんと笑って形のいい頭に優しく手を乗せました。
「よくできたね~! えらいえらい~!」
「…………ぇへへ」
気持ちよさそうに目を細めるその顔は、普段は大人びて見える美星の、年相応な女の子の顔でした。
むしろ手に頭を押し付けてくるくらいの甘えっぷりでしたが、そんな時間も束の間。すぐに次のお客さんがやってきました。
「いらっしゃいませ~!」
「…………ませ」
先ほどよりは大きな声になってきましたが、まだまだです。
次にやってきたのはお子様連れの夫婦でした。まだ赤ちゃんと呼べる小ささで、父親に抱かれて気持ちよさそうに眠っています。小さな手が何かを探してにぎにぎと動いていました。
「赤ちゃんだ~! かわいいですね~」
「ありがとうございます」
小さいものや可愛いものに目がない瞳はあっという間に抱かれる赤ちゃんに吸い込まれていきました。父親も我が子を可愛いと言ってもらえるのはまんざらでもないようで、気恥ずかしそうにお礼を言っていました。
にぎにぎしている小さな手に指を入れてみると、キュッと握ってくれて、安心したように微笑みました。
「かぁいぃ~……!」
もう瞳はこの小さな天使にメロメロでした。しばらくは手の小ささやプニプニほっぺたの柔らかさに夢中になってしまうことでしょう。
そんな様子をムッとした表情で見ている美星でしたが、そんな暇はありませんでした。
セフィリアはおばさんに対応中で、瞳も父親が抱く赤ちゃんに夢中になっています。
と、いうことは、母親と美星が余っているわけで。
「あなたはここの店員さんかしら? それともお手伝い?」
「…………」
母親はしゃがみこんで視線の高さを合わせると、迷子の子供に話しかけるように聞きました。
助けを求めて周囲に視線を巡らせる美星でしたが、誰の手も空いていません。そもそもこちらの危機的状況に気が付いているかどうか。
美星はとにかく頷きました。母親の質問は的を射ていたからです。それに返事をしないのは接客マナーに反しています。
軽くパニック状態ですが、ちゃんと頭には入っていました。
「そうなの、偉いわね。うちの子もあなたみたいに育ってくれたら嬉しいわ」
見ず知らずの人に褒められた。
たったそれだけで、なんてこそばゆいんだろう。顔が真っ赤になっているのを自覚した美星は、両手で顔を隠しました。
どうすればいいかわからなくて恥ずかしがっている美星を見て、「あら、恥ずかしがらなくてもいいのに」と笑いました。
「手伝うってことは、その人の負担を軽くすること。どんなに小さなことでも必ず意味があるものよ。あなたがやっていることはとても立派なことなの。もっと胸を張って――誇っていいのよ?」
「…………そう、です?」
「そうよ」
はっきりと頷いた母親の言葉。まっすぐに、飾らない気持ちは濁ることなく美星の心に届きました。
何かを言い淀んだ美星は、口をパクパクとさせて、
「なっ」
ようやく音になった声は素っ頓狂で、手で口を押さえてから、深呼吸をしてもう一度。
「…………なにを、お探し、です?」
おばさんに対するセフィリアの接客をちゃっかり聞いていたようで、それを参考にしてぎこちなくも聞けました。
「食器を探しているの。落としても壊れないような、頑丈そうなやつ。あるかしら?」
「…………こっち、です」
母親の要望にそった物はちゃんと揃えてあります。そして、それが置いてある場所がどこなのかも、賢い美星はすでにわかっています。
案内された母親は、商品を見て目を輝かせました。
「そうそう、こういうのを探してたのよ! イメージ通りだわ!」
丸いシンプルなお皿を持って、その感触を確かめながら言いました。
「うちの子ってなんでもかんでもひっくり返したり落っことしたりで、やんちゃ盛りなのよ。【地球】にも丈夫なものはあるんだけど、なんだか味気なくってね。だったら思い出の場所で何か探してみようか、って話し合ったの。ただの思い付きだけど、こうして出会えるんだから不思議よね」
その「思い出」とやらを思い出しているのか、母親は頬をうっすらと染めながらも、楽しそうに微笑みます。その目は優しさに包まれていて、母親からひとりの女性に戻ったかのようでした。
「気に入ったわ。ここの食器を一式もらおうかしら。お箸はもう2、3膳追加しておこうかしらね」
〈ヌヌ工房〉の商品を次々とカゴに入れていく母親。結構豪快に買い物をする人のようです。
「これでお願いしようかしら」
「…………あ、ありがとうござ、ございます! です!」
少し噛んでしまいましたが、ちゃんと言えました。それも大きな声で。
美星が頑張って接客している姿を横目で見ていたセフィリアと瞳は目を合わせると、セフィリアは片目をつむり、瞳はえへへと笑いました。
小さな女の子が、大きく成長した瞬間を、ひっそりと祝おうではありませんか。




