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「秘密の共犯者」

 大忙しの1日もなんとか乗り切って。


 三階建てである〈ヌヌ工房〉の二階にはセフィリアの部屋があります。そこには、セフィリアの他に二人の女の子がいました。


「私のお古だけど、大丈夫そうね♪」

「似合ってますよ〜、美星ちゃん」

「どうも……です」


 恥ずかしそうに顔を染めてうつむいて、少しだけ大きいパジャマの裾を握りしめているのは、普段は無表情なことが多い少女、美星。


 自分のパジャマではないからでしょうか。全く違う良い匂いにドキドキしてしまいます。


 そんな少女をほわほわとした笑みで褒めたのは、森井瞳。


 彼女も若葉色したエプロンドレス調の制服から、いつも寝るときに来ているパジャマに着替えています。もちろん、セフィリアもです。


 ユグード観光に来ている美星の両親からセフィリアが許可をもらい叶った、突然のお泊まり会。


 流されるままにパジャマに着替えさせられて、もうどうにでもなれと、半ば投げやりになっている美星でした。


 そんな美星へ、瞳は嬉しそうに声をかけました。


「えへへ……やったね美星ちゃん。今夜はパジャマパーティーだよ~!」

「パジャマパーティー……です?」


 聞き覚えのないような反応をする美星に、興奮気味に瞳は説明します。


「仲良くなった女の子同士がやる楽しいイベントだよ~! 一度やってみたかったんだ~!」


 年齢的にもう子供とは言えない瞳が、年齢的にまだ子供な美星よりはしゃいでいて、はてさて、いつ中身が入れ替わってしまったのかと疑わずにはいられません。


 もちろん入れ替わってなどいませんが。瞳の中身が子供っぽいのは昔からですし、美星の中身が大人っぽい、と言いますか大人しいのは昔から、ということです。


「……どうすれば、いいんです?」


 美星もパジャマパーティーとやらの経験はありませんでした。なんだったら今さっき初めて知ったくらいです。


「お菓子とか食べながら、楽しくおしゃべりするの~!」

「それだけ、です?」

「それだけ~。……だと思う。わたしもやったことないから~」


 にへり、と困ったような、でも楽しみでしょうがないような、そんな器用な顔で瞳は笑いました。


 それを聞いたセフィリアは「だったら」と言って胸の前で手を合わせます。


「ちょうどケーキ屋さんからクッキーの差し入れをもらったのよ♪ みんなでいただきましょう?」

「ケーキ屋さんですか~?! うあ~い!」


 ユグードのケーキ屋さんと言えば、木を模したロールケーキで有名な、めちゃんこ美味しいお店です。売り物が全て完売して、「もう売れるものがなーい!」と嬉しい悲鳴をあげたこともあるほどでした。


 ケーキではなくクッキーなのは、向こう様の心遣い。ケーキとは違い一口で食べられて、保存も効く。忙しいセフィリアのことを考えてのチョイスだったのです。


 セフィリアは一度一階に降りて、キッチンからクッキーの入った四角い缶を持ってきました。デザインにもケーキ屋さんなりのこだわりがあるらしく、青々と生い茂る木々から差し込む美しい木漏れ日が描かれています。


地球シンアース】の時間を基準とした四季がモチーフとされていて、仮に今が秋だとするなら、紅葉が美しいイラストに変わるのです。ということはこの缶のデザインは最低でも4種類あるということに。


 お土産にうってつけです。


「これでよしっと」


 丸い小さめのテーブルに椅子みっつ。


 それぞれにお尻を置いて、缶のフタを開ければ甘い香りがふわっと広がります。


「ん〜いい匂い~!」


 瞳は鼻の穴を広げていっぱいに息を吸い込んで、吐き出す言葉もなんだか甘くなったかのよう。


 缶のデザインもそうですが、肝心のクッキーのデザインもなかなかに凝ったものでした。


 葉っぱの形をしたもの。どんぐりの形をしたもの。守り神として知られているフクロウとリスの形をしたもの。いろんな形のクッキーが、見るものを楽しませてくれます。


「なんだか食べちゃうのがもったいないですね~……」

「ふふふ♪ 気持ちはわかるけど、食べない方がもったいないわ♪」

「それもそうですね~! あっそうだ、わたし紅茶淹れてきますよ~!」


 クッキーに合う茶葉があったことを思い出し、ドタドタと今度は瞳がキッチンへ降りて行きました。持ってくるだけのクッキーとは違って準備が必要なので、戻ってくるまでは少し時間が必要になるでしょう。


 瞳の跳ねる髪の毛が見えなくなってから、セフィリアは口元に手を当てて小さく笑いました。


「瞳ちゃんったら、きっと楽しくて仕方がないのね♪」


 階段から聞こえてくるのは、抑えきれない高揚感があふれ出したかのような、楽しげな鼻歌。ルンルン気分なのが手に取るようにわかります。


「ミホシちゃんはどうかしら?」

「?」

「楽しんでもらえてるかしらって、ちょっと心配になっちゃって」

「……楽しい、と思うです。初めてのことばっかりで」


 まっすぐに自分の感情を外に出すことをしてこなかった美星は、嬉しいとか、楽しいとか、面白いとか、そういう気持ちをどうすればいいのかよくわからなかったのです。


 でも、瞳と一緒に森を歩いて、いろんな人に会って、ちょっとだけわかってきました。


 そういうときは笑うものなんだ、と。


「そう。ならよかった♪」


 セフィリアは天使のように朗らかに笑いました。


 美星は二人っきりになってちょっと緊張しているのでしょうか、葉っぱの形のクッキーを硬い表情で見つめるばかり。


「食べてもいいのよ?」

「……でも」


 美星は何かを言いたげな顔で階段を見つめます。降りていった瞳のことを気遣っているのでしょう。紅茶を淹れてくれているのに、客人である自分が先に手をつけてしまってもいいのだろうか、と。


 そんなときでした。


 なんとセフィリアが、パクッと一つ食べてしまったのです。口には人差し指を当てて、片目を閉じて。


 瞳ちゃんには内緒にしてね?


 いたずらな顔で、そう言っているようでした。


 そして、クッキーの入った缶を、中身が取りやすいように美星の方へ押し出します。


 今のうちに食べちゃえ! と、そんな意思をアイコンタクトで受け取って、美星は小さな手をクッキーへ。そして一口かじりました。


 口の中に広がる優しい甘さ。鼻を抜けていく香ばしい香り。舌を楽しませてくれるサクサクの食感。耳に届く音も小気味良くて、五感すべてを楽しませてくれる嗜好のクッキーでした。素晴らしいの一言に尽きます。


 さらに言えば瞳より先に、内緒で食べちゃうという背徳感も、なんだか美味しさの背中を押しているように感じられました。


 気がつけば、あっという間に一つ食べきってしまいました。


「ふふふ♪ これでミホシちゃんも共犯者ね♪」

「……しまったです」


 騙された! と美星は思いました。「ふふふ♪」という笑い声がこんなに黒く聞こえるのは初めてです。でも、こういうのも悪くはないな、とも思いました。


「お待たせしました~」


 ティーセットを持って戻ってきた瞳は、部屋の空気がなんだか違うことに首を傾げます。


「ふたりともどうしたんですか~?」

「なんでもないわよ。ねぇミホシちゃん?」

「……ですです」


 急に同意を求められて、慌てて首を振って美星は肯定しました。これで完全に共犯者です。あからさまな反応なのに、「そうですか~」と言ってほわわんと笑うあたり、さすがは瞳です。


 人数分の紅茶をバッチリと準備して。


「さぁ、いただきましょう~! とっても美味しそう~!」

「ええそうね♪ とっても美味しそう♪」


 セフィリアが平然と笑顔で言うものだから、これが大人か、と美星はちょっとばかり大人の階段を登りましたとさ。




   ***




 余談ではありますが。


 セフィリアの部屋で川の字になって寝ることになって、一番に目が覚めた美星が最初に見たものは……部屋の隅でひっくり返って座禅を組んでいる瞳でした。


 スヤスヤと穏やかに眠っています。


「…………」


 見なかったことにして、二度寝をしたとか……したとか。

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