「小さな手のひらに儚いキラメキ」
「いやー助かったよ、ほんとありがとねー!」
「いえいえ~それほどでも~」
瞳は手を振って笑顔で答えます。
唐突にやってきた八百屋さんのお手伝いは何とか乗り切ることができました。値段は値札を見ればわかりましたし、接客は普段からやっているので問題はありませんでした。
試食オーケーとのことだったので、試しに勧めてみては購入を促すという、鉄板の作戦でいきました。結果は見事に大勝利ということで、たくさんあった商品が今はごっそりとなくなっています。
爽やかイケメンのヒジリは立っているだけでも女性の集客率が半端なく、対応するので手いっぱいの様子でした。それでも彼は〈鍛冶屋〉で受付もこなしているので、余裕そうな態度は崩しませんでした。さすがイケメンです。
小さな迷子の美星も、その愛らしさから母性本能をくすぐられたのか、やはり女性客がかまってくれました。本人は人見知りなのでかなり困った様子でしたが、それすらも可愛らしくてキュンキュンしている人が多かったです。
なので、瞳はおばさんと一緒に勘定をメインにお手伝い。といっても瞳は数字に弱い女の子ですので、商品を袋に入れるくらいしかしてません。
瞳が一番役に立っていませんでした。そんなことを考えている暇はありませんでしたが。
即席のチームワークではありましたが、型にはまってくれてよかったです。
「これ、大したもんじゃないけどもらっておくれ。お礼だよ。売れ残りで悪いけどさ」
おばさんが手渡してくれたのは袋詰めにされた数々の果物。瑞々しいリンゴやイチゴ、もちろん森ぶどうも入っています。これを全て買おうと思ったらそこそこなお値段になるでしょう。
急遽手伝ってくれたバイト代のようなものでしょうか。
「こんなにいいんですか~?!」
「いいのいいの! これ以上の売り上げが一気にきたんだからさ! 気にせずもらっておくれよ!」
「わ~い! それじゃあいただきますね~!」
正直、そばサンドとちょっとの試食だけではお腹が満たされていなかった瞳は、これ幸いと大喜び。〈ヌヌ工房〉で一人頑張っているセフィリアへのいいお土産ができました。
「持つよ」
「うん、ありがと~」
取っ手が手に食い込むくらいには重くなっている袋をヒジリが引き受け、三人は八百屋さんを後にしました。
「またよろしく頼むよー!」
「あ、あはは〜……」
背中におばさんの大声がぶつかってきましたが、苦笑いを浮かべながらも軽く手を振ることで答えとします。
しばらくは勘弁だ、と。正しく受け取ってくれているといいのですが。
瞳、美星、ヒジリで川の字を作って、しっかりと手を繋いで歩きます。美星のなかで、ヒジリは警戒対象からは外れたようです。
見方によっては、あの有名な連れていかれる宇宙人の写真ようにも見えました。
「それで、これからどうするの?」
ヒジリは袋が手に食い込んでもあまり痛くない、負担のかからないポジションを探しつつ聞きました。
「美星ちゃんに森を案内するのが目的だから、とりあえずヒカリちゃんのところに行こっかなって思ってるよ~」
「ひかりちゃん……?」
「〈ガラス工房〉だよ~」
「ああ、あそこか。確かにユグードを案内するならあそこは欠かせないね」
〝森林街〟ユグードの中でも、有名店の一角を担うとってもとーっても大きなお店です。
夏休み期間が始まってからというもの、そこで修行している火華理とは顔を合わせていないので、元気にしているのかも気になるところでした。
「がらすこうぼうってなんです?」
「キラキラしてて~、ピカピカした~、すっごいキレイなものを作ってるところだよ~!」
相変わらず曖昧ながらも瞳は元気に答えました。
【地球】にはガラスのようなものはあってもガラスそのものはないので、美星はそれがどのようなものか知らないようです。聞いたことすらないのかもしれません。
「きらきら……ぴかぴか……です?」
美星は首を傾げます。瞳の説明ではやはり伝わらないようです。
「そうだよ~! 夢の世界にいるみたいで、素敵なところなんだ~」
瞳はガラス製の商品が所狭しに並べられている光景を思い出して、うっとりとしています。
光を反射するもの、通過するもの、ガラスの色に染まるもの、屈折して色を分けて虹を作るもの。幻想の光が舞い踊る店内は、確かに夢の世界のようです。
ガラスで形作られた作品は多種多様で、同じものは一つも存在しません。それもまた夢のようで、瞳はあの場所がかなりのお気に入りでした。
「思い出したらますます楽しみになってきちゃった~!」
手を繋いでいなかったら、今にもスキップをし始めて先に行ってしまったことでしょう。
歩調はあくまで美星に合わせつつ、逸る気持ちを抑えて横倒しになった大樹を目指します。
「美星ちゃん大丈夫~? 疲れたりしてない~?」
「へいきです」
瞳のチョイスで案内していますし、一人だけ年齢も体格も幼いですから、体力面を気にかける瞳でしたが大丈夫そうです。
八百屋さんのお手伝いもなかなかにハードだったので、それもありました。
ヒジリもその点を心配していたようで、
「疲れたりしたら言うんだよ。おぶるくらいなら僕にもできるから」
「……はいです」
少し遠慮がちでしたが、しっかりと頷きます。
美星の返事に安心を得た二人は、他愛もない話をしながらゆっくりと目的地に向かって歩きます。
10分ほどそうしていると、目的の大樹が見えてきました。
「あ! ほら美星ちゃん! あそこが〈ガラス工房〉だよ~!」
「……あれがです?」
眉を寄せて美星は小さくつぶやきました。初めて見るため、どうにもその光景が信じられないようです。
瞳も初めて見たときはとても信じられませんでした。横倒しになっているにも関わらず見上げるほど大きく、端から端は地平の先に隠れているかのように小さく見えます。
美星は体が小さいから、瞳が見ている光景よりも大きく見えているに違いありません。
しかもまだ距離があります。目の前まで近づいたら、この比ではないでしょう。
「ヒカリちゃんどうしてるかな~?」
この惑星にきて初めてできたお友達の火華裡。夏休み期間は地獄だと言っていた彼女はいまどうしているでしょうか?
やはり地獄のような忙しさに、弱音を吐きたくなっているのでしょうか? 強気な性格なのでその口から弱音が飛び出すことは想像できませんでしたが、人間である以上ありえない話ではないです。
〈ガラス工房〉の入り口まで来ました。
すぐ脇にある、瞳がここを立ち寄るきっかけになったショーケースには相変わらず見るものをうっとりとさせるような輝きを放つグラスが飾られています。
「ありゃ?」
と、思ったのですが、よくよく見てみたらちょっと違いました。完成度や出来栄えなどは代わりなく、別の商品に入れ替わっていました。
「へぇ……とっても綺麗だね」
「……です」
以前のものと入れ替わっていることを知らないヒジリと美星は、その目にグラスの光を宿して、見とれていました。
ただ入れ替えただけなのか、それとも売れてしまったかのはわかりませんが、このお店を知るきっかけになった輝きを見せたいと密かに思っていた瞳は、ちょっとぴりガッカリ。
でも美星は喜んでくれているようなので、それはそれで良しとしましょう。
「中はもっとキレイだよ~! 入ろ~!」
先陣を切った瞳は、ガラス製の美しい音色を奏でるドアベルを鳴らしながら入店。
中にはお客さんがたくさんいました。髪や目の色が濃い人ばかりなので、【地球】からの観光客でしょう。
〈ヌヌ工房〉とは大きさの規模が違いますから、これだけ多くの人が入ってもまだ余裕があります。それに、瞳が以前立ち寄った時よりも広々としているような気がします。
それもそのはず。
この時のために、レイアウトを変更したのでしょう。棚の位置が明らかに変わっていたのです。
「…………わぁ」
小さく息を漏らしたのは美星です。視界を埋め尽くす眩しいくらいのキラキラに、言葉もないようでした。女の子ならば、誰しもが呟いてしまうでしょう。
「……きれい、です」
そんな呟きを聞いて、瞳とヒジリは微笑みます。
それから、美星は二人を見上げました。何かを求めているような眼差しです。
「手に取って見ても大丈夫だよ~」
「はいです!」
美星の言いたいことを知ってか知らずか、欲しい言葉を言ってもらえた美星は、そっと商品に歩み寄って小さな手に取りました。
森の木々を模したデザインの小物です。それを照明に透かして見て、美星の目の中には名前の通り、美しい星がキラキラと宿りました。
ガラスが照明の光を散らし、美星の目の前には幻想的な光景が広がっているに違いありません。
「ふしぎな手ざわりです……アクリウル透過板みたいな? でもこんなに重くないし……透明度も低いです」
【地球】にある透明度抜群の板「アクリウル透明板」は主に窓などによく利用されています。軽くて丈夫なうえ、特殊な機械を使えば加工も簡単と、三拍子揃っている優秀な素材です。おまけに生産体制も安定していて、文句なしです。
「それがガラスって言うんだって〜。もともとは砂だったんだよ〜!」
「スナです……? 地面にある粒子状のです?」
「そだよ〜! スゴくない〜?!」
「すごいです、けど……非効率です」
美星はなかなかに現実的な考え方を持っているようで、合理主義な現在の【地球】の人らしいといえばらしいです。
瞳も【地球】出身ですから、その気持ちは理解できました。
「あのね? 美星ちゃん」
「?」
子供に言い聞かせるように、瞳は優しく声を出しました。いつもの元気な声音との違いに、少女は首を傾げます。
イケメンは目を瞑り、黙って耳を傾けました。
「確かに、非効率かもしれないけど……そんなことじゃないんだ」
「じゃあどういう……?」
「【地球】ならここにあるものは簡単に大量生産できる。でも、そうして生産したものに……この輝きって宿るのかな?」
「…………」
「美星ちゃんはもうわかってると思う。だって……そんなに大切そうに持ってるんだもの」
木々を模したガラス細工を、少女は儚い存在を包み込むように、大事に小さな手のひらで持っていました。
完全に無自覚だったのでしょう。それを聞いた美星は「ぁ……」と驚いたように小さく息を漏らしました。
「壊れやすくて、非効率だからこそ、ガラスにはこんなにもキレイな魅力の輝きが宿るんだよ。わたしの友達なら、きっとそう言う」
自分から照れるようなことは言わないお友達ですが。瞳の言う通りかもしれません。
瞳はニッコリと笑い、いつもの元気な声を取り戻して。
「さ〜! 他にもこ〜んなにたくさんあるんだよ! もっと見て回ろ〜!」
美星とヒジリの手を取って、引っ張るように店内を徘徊する三人は、同じものを見て、同じように笑って。
とても、楽しそうでした。




