「ぷろぽーず!」
――前略。
お元気ですか? わたしは元気です。
夏休み期間に入って数日。緩やかな空気に包まれていた【緑星】にはいま、活気が溢れています。
まるで、今まで溜め込んできた元気を一気に吐き出すように、駆け足でいろんな事が起きています。
〈ヌヌ工房〉にはお客さんがたくさん来てくれますし、風の噂ではヒカリちゃんやヒーナちゃんのところも盛況で、前にセフィリアさんと行った〈鍛冶屋〉の見学するところも観光客がひしめき合っているのだとか。
それからそばサンドの屋台のおじ様も大忙しで、額に浮かんだ汗を拭うこともできないとか、パン屋さんのおば様も焼きたてを追加してもすぐに無くなってしまって嬉しい悲鳴を上げているらしいです。
どれもこれもセフィリアさんから聞いた話で、セフィリアさんはヌヌ店長から聞いたそうですけど、じゃあヌヌ店長はどうやってそんな情報を手に入れたのでしょうか?
ずっと〈ヌヌ工房〉に居たはずなんだけどな。
とにかく、今は目の前のことに集中しないといけません。
夏休みはまだまだありますけど、今日も頑張りますよー!
草々。
森井瞳――3023.7.27
***
抱き抱えられるほどの大きさの、ずんぐりむっくりとしたフクロウが店長を務めるお店、木工品取扱店〈ヌヌ工房〉は本日も【地球】からのお客さんでとっても賑わっておりました。
カウンターを挟んで、物腰柔らかな女神のような女性、セフィリアは持ち前の微笑を浮かべながら接客をしています。
お相手は、セフィリアにオーダーメイドの作品を注文していた40代の男性です。
このタイミングで【緑星】にいるということは、夏休み期間を利用した旅行客だと思うのですが、ぴっちりとスーツを着込んでいました。
なんとなく、緊張しているような面持ちです。そわそわしていると言いますか、少し落ち着きがありません。
「お客様、こちらでお間違い無いでしょうか?」
セフィリアはそう言いながら奥の部屋から持ってきた木工品をカウンターに置いて、確認します。
それを見た男性は見るからに分かりやすく、パッと表情を明るくしました。
「ああ、これだよコレコレ! 思っていたよりも実物はもっとすごいな! ありがとう!」
男性はそれ――木彫りの熊を上から下から、余すところなく見聞して、興奮したように早口で言いました。
思わず興奮してしまうのも無理はありません。セフィリアが手掛けた木彫りの熊は、まるで生きているかのようなリアリティと生命力を宿していました。
力強く大地を踏みしめる太い脚に立派な爪。口には鋭い牙が立ち並び、大きな魚が咥えられていて、まるで自然界の縮図を表しているかのようです。
毛の一本一本を幻視しそうなほどの造形は文句の付けようもなく、誰が見ても感嘆のため息を漏らしてしまうでしょう。
磨き上げられた熊の眼には天然のハイライトが浮かび、今にも動き出しそうでした。それほどの出来栄えです。
まるで子供のようにはしゃぐ男性は、手にとっていた木彫りの熊を必要以上にそっと、ていねいにカウンターに戻しました。
「やっばりあなたに頼んで正解でした。これがあればうまくいきそうです!」
「ふふふ♪ それはよかったです。応援していますよ、頑張ってくださいね」
極上の――いえ、天上の微笑みを浮かべてセフィリアは男性を激励します。背を押す一言を受け取って、堅くなっていた男性の表情もいつしか柔らかくなっています。
そのあとは、世間話を挟みながらお会計。
あまり聞き耳を立てるのも失礼かと思いましたが、「報告には必ず伺う」と言う声が聞こえてきました。
(あの~、ヌヌ店長。あのお客様は何をやろうとしているんでしょうかね? 木彫りの動物で)
専用の止まり木で身じろぎひとつしないフクロウのヌヌ店長の側で、若葉色の制服を着た女の子が商品の整理をつつ、こっそりと聞きました。
あちこち跳ねた癖の強い髪質は、ほわわんとした雰囲気の女の子によく似合っています。
〈ヌヌ工房〉で絶賛修行中の女の子――瞳です。彼女はちらりと二人を盗み見ますが、やっぱりわかりません。木彫りの熊で何をしようとしているのか。
ヌヌ店長は、答えてくれませんでした。と言いますか、瞳はセフィリアのようにヌヌ店長の言いたいことがわからないだけでした。
「「ありがとうございました」」
満足げな表情を浮かべながら、男性はていねいに梱包された木彫りの熊を大切そうに抱えながら、〈ヌヌ工房〉をあとにしました。
お客さんがいなくなり、店員二人と店長だけになったので、早速聞いてみます。
「セフィリアさん。さきほどのお客さんは何をやろうとしているんですか~? うまくいきそう、とか言っていたような気がしますけど~」
「そういえば瞳ちゃんには話していなかったわね」
セフィリアは頬に手を当てて、少し恥ずかしげに、言いづらそうにしながらも、教えてくれました。
「あのお客様は、大切な人にこれからプロポーズをするそうよ」
「ぷろぽーす!」
自分とは縁のないと思っていた単語が唐突に出てきて、瞳は無意味に繰り返してしまいました。
どうやらセフィリアはいわゆる「恋のキューピット」役を買って出たということのようです。
それはそれとして、目的はわかりましたが、その手段が未だにわかりません。
どうしてプロポーズに木彫りの熊が必要になるのか、セフィリアは教えてくれました。
「さきほどのお客様は【地球】で動物保護活動をしていて、そこでお相手と出会ったそうなの」
セフィリアは知らないかもしれませんが、【地球】生まれの瞳にはわかります。
人口が増え、都市開発が進み、ほとんどの動物は絶滅しています。そんな中で保護活動をすることがどれほどの苦労を含んでいるのか。想像に難くありませんでした。
「お互いに動物が大切で大好きだから、何か動物を使ってプロポーズをしたかったそうよ」
「な、なるほど~。でもでも、じゃあどうやって木彫りの動物でぶろぽーずするんでしようか~?」
瞳のこの疑問に、セフィリアはふふふ♪ といつものように笑いましたが、そこにはなんだか「よくぞ聞いてくれました!」みたいな高揚感がほんのちょぴっとだけ、感じられました。
「魚を咥えていたでしょう? 実はあれ取り外せるの。事前に指輪のサイズを聞いていたから、ピッタリとはまるはずよ」
「ゆびわ、ですか~?」
「ええそうよ。つまり、『君を絶対に手放さない』って意味が込められているの」
どうやら逃した魚は大きい、ということわざと掛けているようです。
果たしてこのアイデアはセフィリアか、男性か、どちらが考えたものなのでしょうか?
「ということは、動物さんに指輪を咥えさせた状態でプレゼントする、ということですか?」
「大正解よ♪ きっと喜んでくれると思うわ」
「特別なぷろぽーずなんですね~! とってもおしゃれでステキです~!」
一般常識的に考えれば木彫りの熊で指輪を渡されたら微妙な反応になりそうですが、動物をとにかく大切にしている二人のカップルですから、これが意外とハマったプロポーズなのかもしれません。
とっても真面目で堅実そうな男性に見えましたから、きっと大丈夫でしょう。プロポーズの結果が良くてもダメでも報告に来ると言っていましたから、そのときを待ちましょう。
瞳は胸に手を当てて、ウットリとした顔で言いました。
「セフィリアさんの作品がお客様の勇気を後押ししたんですね。一生の思い出に残る瞬間の……」
「ふふふ、そうだと嬉しいわね」
「きっとそうですよ」
瞳は断言しました。そしてこのとき、改めて決断するのです。
「わたしもセフィリアさんみたいになるぞ~!」
握りしめた拳を突き上げて、可愛らしい鬨の声を上げました。
果たして、ふふふと笑うセフィリアのような、大人で素敵な女性になれるのか。
ゆっくりゆったりのーんびり、見守っていこうではありませんか。
***
――前略。
今日もとっても忙しい一日となりました。お客さんが途切れる瞬間はあまりなくて、ずっと接客しっぱなしです。
こんなに頑張って声を出し続けたことなんて一度もありません。喋るって結構体力使うんですね。はじめて知りました。
それはそうと聞いてください。
あのね、本日やってきたお客様の中に、プロポーズをするというお客様がいて、そのプロポーズにセフィリアさんが一役買ったんです。
セフィリアさんが作った木彫りの動物を使ったプロポーズをしたそうで、閉店間際に報告に来てくれたんですけど、無事にいいお返事をいただけたようです。
スッキリと晴れやかで、とっても魅力的な顔をしていました。あんな素敵な男性がお相手だなんて、恋人の方もきっと幸せですね。
プロポーズ……結婚かぁ。
わたしはあまり考えたことはないけど、やっぱり嬉しいものなのでしょうか?
どこかおとぎ話みたいな感覚で遠くに感じていたけど、よくよく考えてみればそうでもないんだなって思いました。年齢的にはとっくに結婚できる歳なわけですし。
まぁ、そもそも相手がいないし、わたしには修行の日々がありますから! よそ見をしてなんかいられません!
ちょっと自主練してきますね。営業中に練習する暇が最近無いので!
それでは、またメールしますね。
森井瞳――3023.7.27




