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「求めるコト」

 ――前略。


 お元気ですか? わたしは元気です。


 そちらではもうすぐ夏休みということで、【緑星リュイシー】に観光客がたくさんやってくるタイミングだそうです。


 お友達にそう教えてもらいました。


 こちらはまだまだ春のような暖かい気候なので、とても過ごしやすいのですよ。だから避暑地としても人気があるんです。


 長期休暇に快適な時間と素敵な思い出を作っていただくために、わたしが過ごすユグードの森ではおもてなしの準備が日々、続いています。


 先輩のセフィリアさんも、事前にいただいていた大量の注文があって、休む暇もなく作業をしています。


 さすがに猫の手も借りたいような忙しさなので、不肖ながら、このわたしもお手伝いをさせていただいています。


 たいしてお役には立てていませんが、わたしなりの頑張りをセフィリアさんに見せたいと思います!


 ここが正念場、というやつですね! やるぞ~!


 草々。


 森井もりいひとみ――3023.7.21




   ***




 いつもは穏やかな時間が流れる木工品取扱店〈ヌヌ工房〉も、この時期はさすがに忙しい雰囲気で満たされていました。


 作業場で汗水垂らしながらのみと金槌を振るう音が鳴り響き続けています。ずっとずっと、四六時中です。


 そこでは従業員の二人が注文の品を次々と生産していました。


 一人は、こげ茶の髪を花火のように跳ね回らせたホワワンとした印象の女の子、森井瞳。


 そしてもう一人は、彼女の師匠であり先輩のセフィリア。天使のような笑顔が標準装備の心やさしき女性です。


 お店の営業も同時に続けていますので、お店番はずんぐりむっくりとしたフクロウのヌヌ店長にお願いしています。


 どうしてこんなにも忙しいのかといえば、答えは明白。


 オーダーメイドの注文が殺到したからです。ではなぜオーダーメイドの注文が殺到したのでしょうか?


 これもまた、答えは明白。


 夏休みという観光シーズンがやってくるからです。観光シーズンがやってくるということは、お客さんの数も激増します。


 瞳は初めての観光シーズンなのでその規模を想像できていませんが、セフィリアの忙しさを見てそれとなく察していました。


 お友達の火華裡ひかりとヒーナからも忠告を受けていたので、それも助けとなりました。


「ふぅ……それじゃあ瞳ちゃん、これもお願いできるかしら?」

「は、あい……!」


 セフィリアは額に浮かんだ汗をぬぐいつつ、また新たに生み出された作品が瞳の手に移りました。


 これから瞳が作品の仕上げをするという、重要な役割を果たします。


 一体これで何個めなのか。と聞かれたら、数えることも億劫になるくらい、と答えるでしょう。


 もうここ数日はずっと同じことを繰り返しています。


 目の細かい紙やすりで磨きに磨いてツルッツルにして、それから瞳が筆を走らせます。腐食防止のためのうるしを使ってお絵かきです。


 まさかそんな重要な役割を任されるとは思っていなかった瞳は、最初は恐々としながらも引き受けました。セフィリアが本当に忙しそうにしていたので、なんとか力になりたかったのです。


 勇気を出して名乗りを上げた瞳でしたが、それでも不安を隠せません。


「う~……本当に大丈夫でしょうか~……?」

「ふふふ♪ 瞳ちゃんなら大丈夫よ」


 心優しき先輩は必ずそう言ってくれますが、少女の心には暗雲が立ち込めたまま。


 やっていることはいつもと同じでも、いつもと違う点があるからです。


「お客さんは喜んでくれますかね~?」

「ええ、もちろんよ♪」


 そう、いま作っているものは注文された品。


 普段は瞳が作りたいものを作っていますが、今回はお客さんが作って欲しいものを作っています。


 この違いは、とてもとても大きいのです。


 自分が満足できても、お客さんが満足できなければ意味がありませんから。


 将来的には瞳もこの領域を目指して修行をしているので、決して手を抜くようなことはできません。当然です。


「セフィリアさんはいつもこんなプレッシャーと戦いながら作ってるんですか~?」

「ん? ん~……ちょ~っと違うかしら」


 手は止めず、ニッコリと笑いながらセフィリアは心中を語ってくれました。


「確かにお客様の満足できるものを作るっていうのは、プレッシャーに感じてしまうかもしれない。でもね――」


 ふっ、と小さく木屑を吹き飛ばして、言いました。


「――プレッシャーに感じることなんてないのよ。だって、わざわざ注文してまで買ってくれるんだもの。それはきっと……私たちの普段の作品から、惹かれる何かを感じ取ったから」


 特別な物が欲しいのではなく、特別な意味が欲しい。


 作品の完成度を求めているのではなく、作品に込められた想いを求めている。


「少なくとも、ヌヌ工房にお買い物に来てくださるお客様はみーんな、そういう人たちよ」


 ニッコリと癒しの笑顔で言い切ります。


 瞳も、先輩が言う言葉には絶対の信頼を置いていますから、欠片も疑いませんでした。これっぽっちも。


「だから私は、いいものを作ろう、すごいものを作ろう、じゃなくて、喜んでくれるかな? どんな顔するのかな? って想いながら作っているわ」


 だってその方が、ワクワクするじゃない♪


 瞳の尊敬する先輩は、実に楽しそうに笑いながら言いました。


 緊張することなんてない。その緊張すらも楽しんでしまえ。難しいことのようにも思えますが、お客さんの反応を想像するだけで楽しくなってくる。


 セフィリアは、木工職人としてかなりの領域へと到達しているようです。瞳が肩を並べられるようになるまで、いったいどれくらいの時間がかかるのやら。


 想像もできません。


「それでも、もしお客さんが満足できなかったら……どうするんですか~?」


 瞳はどうしても不安が拭えないようです。セフィリアのことを全面的に信じていても、万が一、億が一の可能性は残りますから。


 そんな少女に、先輩は先輩らしく堂々として言うのです。


「その時はその時、としか言いようがないわね。満足してもらえるように、笑顔になってくれるように、全力を尽くして打ち込むだけよ。職人である私たちには、それくらいしかできることなんか無いもの。――お客さんは何を求めてヌヌ工房まで脚を運んでくれるのか。これが重要よ」

「何を求めて……」


 難しく考えることはありませんでした。すでに答えは出ています。


「思い出を、求めて……?」

「ええそうよ。決して謝罪を求めているわけじゃない。罪滅ぼしを求めているわけじゃない。ヌヌ工房の作品から思い出を求めて遠いこの星まで脚を運んでくれるの」


 だからこそプレッシャーに感じてしまうこともあるでしょう。緊張してしまうでしょう。


「わざわざ来てくれたんだもの。素敵な思い出を持ち帰って欲しいでしょ?」


 いつかヌヌ工房で購入した作品を見て、この惑星ほしで過ごした日々を思い返してもらうのです。――楽しかったね、また行きたいね、と。


「……あい。それはもちろんです~」

「ふふふ♪ だったら、瞳ちゃん自身も楽しまないと。それが素敵な思い出を作ってもらうコツよ♪ そして、素敵な作品を作るコツでもあるの」

「あい~!」


 元気よく返事をして、瞳は仕上げの作業に取り掛かります。プレッシャーが完全に消えたわけではありませんでしたが、心の重圧はだいぶ軽くなっていました。


 ……お客さんに素敵な思い出を。


 それを一心に考えて作業をしていると、自然と笑顔が浮かんできて、身も心も跳ね上がるようでした。




   ***




 ――前略。


 今日もとっても忙しい一日でした。


 まったく自分の時間を持てなくて、お茶する時間もまともにありません。ずっと作業を続けていないと、いよいよ間に合わなくなりそうだったのです。


 いつもはのんびりとした空気が流れる〈ヌヌ工房〉ですけど、そんな空気はどこにもありませんでした。


 お客さんが一人も姿を見せないことを考えると、どこも〈ヌヌ工房〉みたいに忙しくしているのかもしれません。おかげで作業に集中できるんですけど。


 明日もまた今日のように忙しい一日となりそうです。


 なので早めに休んで明日に備えたいと思います。


 それでは、またメールしますね。


 草々。


 森井瞳――3023.7.22

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