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「もうすぐやってくる」

 ――前略。


 お元気ですか? わたしは元気ですよ。


 お決まりの挨拶から始まりましたが、実は少しだけションボリしています。


〈ヌヌ工房〉にはわたしが作った作品を置くスペースを設けてもらっているのですが、これが全然見向きもされません……。


 入り口から入って奥の隅っこにひっそりとあるので、そもそも影が薄いというのもあるんですけどね。


 作品を作るのはとっても楽しいんですけど、売れる物を作るのはやっぱり難しいです。


 どうすればセフィリアさんのような作品を作ることができるのか、ちょっと悩んじゃって、少しだけスランプ気味です。


 なにかいいヒントでも見つからないかなぁ?


 草々。


 森井もりいひとみ――3023.7.16




   ***




 ――カロカロカロン。


 心安らぐ音色を奏でて、木製のドアベルが鳴いて来客を告げました。


 焦げ茶の髪を花火のように跳ね回らせたクリクリの目をした女の子――瞳は、条件反射的にほんわり笑顔を浮かべて出迎えます。


「いらっしゃいま――あ、ヒカリちゃん~!」

「ヤッホー。悪いわね、お客さんじゃなくって」


 ドアベルが鳴いて教えてくれるのはお客さんの来店だけではありません。大切なお友達がやって来たことも教えてくれるのです。


 木工品取扱店〈ヌヌ工房〉にやって来たのは、水色の髪を側頭部で輪っかに結った気の強そうな女の子――火華裡ひかりでした。瞳が木工を学んでいるのに対して、彼女はグラスアートを学んでいます。


 軽く手をあげて挨拶してくる火華裡に、瞳も手をにぎにぎして返します。


「やっほ~。全然大丈夫だよ~」

「大丈夫ではないでしょ!」


 店員が「お客さん来なくても構わない」なんて思っていいはずがありません。


 火華裡が鋭く突っ込むと、カロカロカロン……とドアベルが再度来客を知らせてきました。


 先程と同じように、瞳は脊髄反射的にほんわか笑顔を浮かべて挨拶をしました。


「いらっしゃ――あ、ヒーナちゃん~!」

「どもッス瞳さん! お客さんじゃなくて申し訳ないッス」


 またしてもやって来たのはお客さんではなく瞳のお友達。


 眩しい金髪のショートに、大きい宝石のような目は深い海のように蒼く染められた中学生の少女――ヒーナでした。


 ヒーナはわざわざカウンターを回り込んでレジ側に行き、瞳にむぎゅ〜っと抱きつきます。最近は出会い頭によくこうされます。


 甘えん坊で可愛い妹が出来たみたいで、悪い気はしない瞳でした。


 サラサラの金髪をゆっくりと撫でながら、瞳はのほほんとした笑顔で答えます。


「ううん、気にしなくていいよ~」

「いいんッスか……」


 やはり、お店としてどうなのだろう? という疑問は誰でも浮かび上がるようで、微妙そうな反応がいつもの変な口調で返ってきました。


「あ、そういえば~」


 欠片も疑問に思っていない瞳は、胸の前で手を合わせて言いました。何か思い出したようです。


「二人はまだ知り合いじゃないよね~? ちょうどいいし紹介するよ~」


 七夕をやったときちゃっかり顔を合わせてはいましたが、紹介はしていません。つまり他人同士です。


 このままだと瞳はよくても二人の間には微妙な空気が流れてしまうかもしれません。


 瞳のように、誰もが誰とでも仲良くなれる訳ではないのです。いくら〝森林街〟ユグードの人々がフレンドリーであっても。


 瞳なりに気を利かせた発言だったわけですが――


「いや、平気よ」

「それには及ばないッス!」

「……ほへ?」


 なんと拒否されてしまいました。まさか断られるとは思っていなかったのか、なぜかウルウルと涙目になっていく瞳。


「な、なんでえええぇ~……?」


 声も震えてきて、ポロリと雫がこぼれます。


「こっちが聞きたいわよなぜに泣くのかと!?」

「いやあの! 実はちょいとわけありで、ヒーナと火華裡さんは顔見知りなんッスよ! ねぇ?!」

「そうそう! そういうことなのよ!」


 ヒーナは瞳から離れて火華裡の隣に立ち同意を求めると、慌てた様子でウンウンと頷きます。


 別に瞳の善意をないがしろにしたわけではなくて、単純にその必要がないから断っただけのようでした。


 瞳は恥ずかしい勘違いをしたうえに、泣き顔まで晒してしまってさあ大変。


「わ、わかってたけどね~? この三人で集まるのは初めてだから、念のためと思ってね~?」


 これでも強がっているのです。彼女なりの精一杯なのです。涙目になっていては当然説得力はゼロ。


 結果、二人に気を使わせる流れになりました。


「泣くんじゃないわよこんなことで……ほらハンカチ」

「んぅ~……」


 火華裡はいつぞやのようにハンカチを取り出して、丁寧に拭ってくれました。


 そんな様子を尻目に、ヒーナが説明してくれます。


 これではどちらが年上なのか、よくわからなくなってきます。


「ヒーナが陶芸で、火華裡さんがグラスアートをやってることは知ってるッスよね? それで、素材の原料なんかは同じ場所で仕入れてるので、たまたまの顔見知りなんッスよ!」


 陶芸は土をこねこねしてから焼いて作るもの。


 そしてガラスの三大原料は珪砂けいしゃ、ソーダ灰、炭酸カルシウムです。その中の珪砂は名前の通り砂。


 土も砂も地面から採れるものなので、どちらも一つのお店が取り扱っているのでしょう。だからこの二人はとっくに知り合っている。


 そういうことのようでした。


「何か飲む~?」


 落ち着きを取り戻した瞳は、努めていつもの調子のように聞きました。


「そうね」

「いただくッス!」

「あ~い。ちょっと待っててね~」


 ヒーナがいるので飲みやすいと評判が良かった紅茶を三人分用意して、休憩スペースへ。


 最初に口火を切ったのは火華裡です。


「実は今日は、あんたに忠告しようと思って来たのよ」

「ほえ?」

「あ、ヒーナもッス」

「うん~?」


 二人して似たような用事で立ち寄ったようです。こんな偶然もあるのかと思いながら、瞳は〝忠告〟という言葉の意味を図りかねていました。


 平和そのものである〝森林街〟ユグードに忠告が必要なことなどそう多くはありません。せいぜい「迷子に気をつけて」くらいなものです。


「あんたは【地球《シンアース】生まれだから、こっちの事情は知らないと思ってね」

「もうすぐ、祭りが始まるッスよ!」

「えっ?! お祭りがあるの~?!」


 と前のめりに喜んだ瞳ですが、火華裡が「いやいやいや」と首を振ります。


「祭りなんて生易しいものじゃないでしょ! 地獄が始まるのよ!」

「えっ?! 地獄が始まるの~?!」


 無意味に同じ反応をしましたが、二人の言っていることはバラバラでした。ですがお互いに同じことを言おうとしていて、それでも意見が食い違っているようです。


 ジェットコースターを「怖い」と言う人もいれば「楽しい」と言う人もいるようなものでしょう。


「で、結局なにが始まろうとしてるの~?」


 瞳が聞くと、二人は口を揃え、息を合わせたかのようにこう言いました。


「「夏休みがもうすぐ始まる(ッス!)のよ!」」


 さすがに最後は合いませんでした。


 七月も後半戦に突入したので、終わりの頃にはいわゆる〝観光シーズン〟がやってきます。


 それをすっかりと失念していた瞳は、わざわざ言いに来てくれたことに感謝です。


 ことの大変さは、理解できないままでした。




   ***




 ――前略。


 すっかり忘れていましたけど、もうすぐ夏休みですね。


 わたしがいるユグードの森は避暑地として有名で、なおかつお土産となる特産品がたくさんあるから長期休暇、特に夏休みなんかは混むそうです。


地球シンアース】では天候を操作することも可能になってはいますけど、莫大なエネルギーを消費しますから、よっぽどのことがないと天候操作なんかしてくれないんですよね。


 だから結局は空調の効いた部屋に閉じこもるか他の惑星に旅行に行くくらいしか、暑さから逃れる選択肢はありません。


 わたしだったら部屋でじっとしているのはもったいないので、飛び出しちゃいますね。


 ヌヌ工房にもたくさんのお客さんが来てくれたら嬉しいな。


 それでは、またメールしますね。


 草々。


 森井瞳――3023.7.18

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