「いつの日か」
――前略。
お元気ですか? わたしは元気です。
昨日作ったトンボ玉、とってもお気に入りなのでブレスレットにしてみました。
数個じゃ腕を一周するにはちょっと足りないので、うちにある木の端材を丸くして穴を開けて、それで足りない分を埋めてみました。
即席で作った割にはいい感じになりましたよ。
修行のときには邪魔になっちゃうのでポケットの中ですけど、それ以外のときは腕に付けてはよく眺めています。
また時間があったら、体験会参加してみようかな? 今度はもっとうまく作れると思うんですよ。柄とか模様とかも挑戦してみたいなって。
知らない人だと緊張しちゃいそうなので、またヒカリちゃんに教えてもらえればいいんだけど……。
でもこれはこれで満足なので、しばらくは自分の修行に専念かな。
それでは、またメールしますね。
草々。
森井瞳――3023.7.14
***
――カン、カン、カン。
時計の針が止まったんじゃないかと勘違いするほどのゆったりとした静かな空間に先ほどからずっと、鋭く硬質な音が響き渡ります。
木工品取扱店〈ヌヌ工房〉は今日も平和な時間が流れていました。と言えば聞こえはいいかもしれませんが、つまるところ、それはお客さんの姿がないということです。
お店としてはいかがなものですが、ここで働く二人の従業員と一羽の店長は、それを気にした様子はありません。
従業員の一人、レジ前の椅子に座ってぼーっと腕のあたりを眺めている女の子がいました。
彼女の名前は森井瞳。
こげ茶の髪は寝癖なのか癖っ毛なのか、花火のように四方八方に跳ね回らせた、クリクリの目を持つほわわんとした印象の女の子です。
「お店番ありがとう瞳ちゃん」
お店の奥にある工房から、温かみのある女性の声が聞こえてきました。
従業員のもう一人、瞳の先輩にあたるセフィリアです。薄緑の髪を緩く編んだ、慈愛に満ちた笑顔がデフォルトの心優しき女性です。
先程までセフィリアは工房で作業に精を出していました。
直径30センチ、高さ40センチほどの木材を相手に、鑿と金槌を両手に構え、カンカンとリズミカルに鑿のお尻を叩いて木材を削っていたのです。
ずっと聞こえていた〝カンカン〟という音の正体はこれでした。
「セフィリアさん。お疲れ様です~。もういいんですか~?」
「ええ、疲れちゃったからちょっと休憩しようと思って♪」
疲れを微塵も感じさせない笑顔で言いました。これでも実は疲れているのかもしません。
「わたしコーヒー淹れてきますね~」
「ふふふ。ありがとう」
瞳がお疲れの先輩を労おうとコーヒーを用意するために席を立ちました。そして台所の方へトテトテ歩いて姿を消していきます。
その間に〈ヌヌ工房〉内にある休憩スペースへ腰を下ろしたセフィリアは、店内をゆっくりと眺めます。
ここの棚に並んでいるほぼ全ての商品が、セフィリアの手によって生を吹き込まれ、生まれてきた大切な品です。どれもこれも、冗談抜きで汗水垂らして作ってきたのです。
今では、ほんのちょっぴり瞳が作った商品も並んでいます。
「……ふふふ。そのうちどんどん瞳ちゃんのが増えてきて、徐々に私のは無くなっていくのねえ」
嬉しそうな、でもどこか悲しそうな、そんな声がセフィリアからこぼれ落ちました。
セフィリアの商品が、セフィリアの師匠の商品と徐々に入れ替わってきたように、近い将来、今度は自分が身を引くことになるのだと改めて実感するのです。
まだまだ先の話ではありますが、いずれ必ず訪れる瞬間。
「そのときの為にも、しっかりと私が育てていかないとね」
彼女のそんな独り言をさりげなく聞いているのは、ちょうど抱きかかえられるくらいのずんぐりむっくりとしたフクロウのヌヌ店長。その名の通り、〈ヌヌ工房〉の店長をしています。お店の隅っこにある専用の止まり木が定位置です。
いつからここにいて、今何歳なのかさっぱり見当がつかない謎のフクロウですが、宇宙を宿したようなその眼で、ずっとずっと見守ってきてくれました。
これからも陰からそっと見守り続けてくれることでしょう。この森の守り神のように。
「おまたせしました~」
ほんわか笑顔とともにコーヒーがやってきました。
「あら? 瞳ちゃんもコーヒー?」
「えへへ……ちょっと挑戦してみようかと思いまして~」
基本好き嫌いの少ない瞳ですが、コーヒーの苦味は少し苦手でした。それでもチャレンジ精神豊富な彼女は、コーヒーを嗜むセフィリアの大人な雰囲気に憧れていたのです。
二人分のコーヒーが休憩スペースに置かれます。
瞳はセフィリアをまじまじと見ています。クリクリの目でじーっと観察です。
熱烈な視線を感じながらも、優雅にカップを持って一口。
「……うん、おいしいわ♪」
「ほっ」
胸をなでおろした瞳は、セフィリアの動きを参考に同じように口へ運んでみました。
「……ウン、オイちイ」
ちっとも美味しそうじゃありません。苦虫噛み潰したようなヒドイ顔です。顔のパーツが中央へ寄ってシワクチャでした。優雅さは微塵も感じられません。
瞳が大人な雰囲気でコーヒーを嗜める日がやってくることを願いましょう。
ふふふ、とセフィリアはいつものように笑います。かわいい後輩が自分の真似をしてくれるのが嬉しいのです。
「瞳ちゃん、最初は無理せずミルクとお砂糖入れたほうがいいんじゃないかしら?」
「あい……そうしまふ~」
舌を出して未だに苦そうにしています。
先輩のアドバイスを素直に聞いてミルクと砂糖を適量投入し、猫のように舌先でちょいちょいっと味見をしていました。
「うん、あつい~」
「ふふふ♪」
人間の舌先は熱を感じやすいので、猫舌の人はその点に気を使えばだいぶマシになるはずなので、参考までに。
ミルクと砂糖のおかげで飲みやすくなったコーヒーを少しずつ減らしていると、瞳は視線を感じました。そう、セフィリアの視線です。
瞳は手に持っていたカップで顔を隠しました。
「あの……なにか~……?」
「んーん? な~んでも」
「ふぇ……?」
「ふふふ♪」
セフィリアは恥ずかしがる後輩を見て面白そうに笑います。
瞳が〈ヌヌ工房〉に来たばかりの頃と同じやり取りをしていました。二人とも気付いていません。天然です。
お店の隅でじっとしているヌヌ店長だけが、〝前と同じやり取りしてんじゃーん?〟とか思っているに違いありません。
そうしてのんびりとした時間を過ごしていると、カロカロカロン……と木製のドアベルが歌いました。
お客さんの来店です。
二人は一斉に立ち上がると、飛びっきりの笑顔を浮かべてお決まりの挨拶を言いました。
「「いらっしゃいませ!」」
***
――前略。
たまに先輩のセフィリアさんが何も言わずにただじっとこちらを見ているときがありまして、あれはいったいどうしてなんでしょうか?
わたしもセフィリアさんを見ることはよくあります。技は見て盗めって言いますし、私生活の態度なんかでも憧れちゃうところがたくさんありますから。
でもセフィリアさんからしたら、わたしから学ぶようなことは何もないはずですよね?
だから不思議で仕方がありません。
もしかして、これもヌヌ店長ならわかっていたりするんでしょうか?
わたしがヌヌ店長と言葉を交わせたらこっそりと聞けるのにな。な〜んて。
それでは、またメールしますね。
草々。
森井瞳――3023.7.14




