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「努力の結晶」

 ひとみのおっちょこちょいが遺憾なく発揮されて、波乱万丈だったトンボ玉作りもなんとか一通り終えることができました。


 出来上がったものは現在、箱に入った〝徐冷剤〟と呼ばれる土のようなものに突っ込んで、熱が逃げていくのを待っているところです。


 急激に冷えるとガラスは割れてしまうので、こればかりはのんびりと待つしかありません。


 約三時間ほどののんびりタイム。


 のんびりするのは、瞳の得意分野です。


「楽しみだね~ヒカリちゃん!」

「アァ……そうね」


 完成が楽しみで仕方がない瞳とは対照的に、火華裡ひかりはグッタリとしていました。


「あんたほどグラスアートに向いてないやつは他にいないわ……」

「そうかな~? 個人的には結構うまくできたと思うんだけど~」

「あれでェ……? どんだけおめでたいのよ……」

「えへへ~」

「褒めてないから!」


 相変わらずほんわりと笑う瞳にツッコミますが、それで元気を絞り尽くしたのか、崩れるように近くの椅子に腰掛けました。


 火華裡の言う通り、彼女のグラスアートに関する才能は惨憺さんたんたるものでした。


 左右の手を常に動かすことを要求されるトンボ玉作り。瞳は複数のことを同時に進行できないタイプなので、あっちを気にするとこっちがダメになり、こっちを気にするとあっちがダメになるといった具合で――


 とにかく最初から最後までしっちゃかめっちゃかでした。


 それでもなんとか形になるところまで漕ぎ着けることができたのは、ひとえに火華裡のフォローの賜物です。


 大きく息をついて休憩している火華裡を、にんまりと微笑みながら見つめる瞳。


 それに気付いた火華裡は怪訝な表情を浮かべました。


「……なに?」

「ん~ん? ヒカリちゃんのこと知れて嬉しいな~って」

「なによそれ……」


 気が抜けるようなことを平然という瞳に、火華裡は本当に気が抜けてしまいました。それはもうヘナヘナと。


 瞳はそっと自分の胸に手を置きます。ドキドキワクワクする感情が、鼓動に乗って手のひらから伝わってくるようです。


 今回の体験会で瞳は学びました。


「あのね……ガラス細工を体験できるっていうのもそうだけど、ヒカリちゃんと一緒に何かができるっていうことが一番の楽しみだったの~! 朝から胸の高鳴りが静まらないくらいに!」


〝知らない〟を減らすことがこんなにも楽しいことだったなんて知りませんでした。〝知る〟こと増やすのはとっても重要なことなんだと知りました。


 そして――


 それが大切なお友達と一緒ならば、より一層楽しめるということを。


 瞳の歩む道を、その先を照らしてくれる方法をまた一つ、学んだのでした。


「だから、今日は誘ってくれてありがとう~! とっても楽しかった!」


 ガシッ! と火華裡の手を包み込むように握り、クリクリとした目で見つめます。それはそれは眩しいくらいの眼差しで。


「…………」


 火華裡は思わず目をそらしました。あまりにもキラキラと煌めく瞳の瞳(だからややこしい!)に耐えられなくて、頬をほんのりと朱に染めています。


「……んどは………………から」


 ポロリと、火華裡の口から音がこぼれ落ちます。


「ほへ?」

「だ・か・ら! 今度はあたしが体験会そっちに参加するから!」

「え? でもでも、前に『つまんなくないの?』ってつまんなそうに言ってたよね~?」


 知り合ったばかりの頃、瞳の修行風景を見ながらそんなことを確かに言っていました。


「その時はその時よ! 今のあたしとは違うあたしだもの!」

「お~」

「『お~』じゃない! なに言わせんのよ、もう! こっちが照れるじゃないのよ!」

「あうっ」


 コツン、と手刀チョップが優しく降ってきました。元気な火華裡が戻ってきたようです。


 プンスカ怒る火華裡とほんわり笑う瞳は他愛もないおしゃべりを続けて、続けて――


 気付けば予定の三時間があっという間に経過してしまいました。


 ついに、お楽しみの完成品を取り出すときがやってきたのです。もう瞳は「はやく、はやく~!」と言わんばかりに体を上下させて、オーブンの前でクッキーの出来上がりを待つ子供のようです。


 純粋すぎる目はパチクリとして、徐冷剤からはみ出している心棒に釘付けです。その先端に瞳が頑張って作ったトンボ玉が付いています。


 本当の意味で頑張ったのは火華裡ですが。


 その火華裡が落ち着きのない子供のようになっている瞳に言いました。


「あんたはもうちょっと落ち着きなさいよ。いつもの『のんびり~』はどこに行ったの?」

「どっかいった!」

「さいですか……」


 今の瞳には何を言っても無駄でしょう。


 悟った火華裡は、徐冷剤の入った箱を瞳の前に差し出しました。


「ほら。いちおう、ゆっくり取りなさいね」

「あい……!」


 無意味に端っこの方を指先でつまんで、そ~っと、そぉ~っっっと、引き上げます。


 そして、こじんまりとした輝かしい姿を現しました。


「おおぉ~……!!」


 瞳の視線は先端に付いたトンボ玉に吸い込まれるかのようでした。


 特に手を加えているわけでもないので、一色か二色程度の実にシンプルなデザイン。


 それでも、トンボ玉はトンボ玉です。


「すご~い! 見て見てヒカリちゃん、宝石がくっ付いてるみたいだよ~!」


 瞳の目には、ただのガラス玉でもそれ以上の価値がある素晴らしいものに映っているようです。きっと後光もハンパじゃない感じになっていることでしょう。


「宝石じゃなくてガラスだけどね……。ほら瞳、ちょっと貸しなさい」


 喜びまくる瞳からトンボ玉の付いた心棒を数本預かると、水に浸しながら丁寧に取り外しました。これで本当の意味での完成になります。


 お疲れ様でした、と言ってあげたいです。火華裡に。


 トンボ玉だけになったそれを改めて受け取り、うっとりと眺めます。照明に透かすように覗き込んだりして、しばし堪能。


 そしてつぶやきました。


「これがヒカリちゃんにとっての『努力の結晶』かぁ~……えへへ……」

「なんか照れるからやめい」

「あうふっ」


 なんだか嬉しくなって思わず笑みが溢れる瞳ですが、火華裡の手刀チョップによって打ち止めです。


 瞳にとって彫りまくった木の板がそうであるように、このトンボ玉が火華裡にとっての努力の結晶。大切な友人の一面を知ることができた貴重な体験。


 大切に……大切にしようと、ぎゅっとそれを握りしめました。


 絶対に離さないように。


 絶対に落とさないように。




   ***




 ――前略。


 お元気ですか? わたしは絶好調です。


 ヒカリちゃんが誘ってくれたグラスアート体験会の結果ですが、うまくいきました! 写真送りますね。


 トンボ玉という、宝石みたいに綺麗なガラス玉を作りました。


 さすがに鳥やイルカさんみたいなのは無理でしたけど、何もできなかったわたしがこんなことまでできるようになったんですよ。


 ヒカリちゃんにはいっぱい迷惑かけちゃったけど、貴重な体験でしたし、なにより楽しかったです。


 ヒカリちゃんの一面を知ることができて、大満足の一日でした!


 今度は逆に、ヒカリちゃんがヌヌ工房の体験会に来てくれるって言ってたので、その時が楽しみです。


 それでは、またメールしますね。


 草々。


 森井瞳――3023.7.13

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