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「優しさと笑顔の匂い」

 瞳は勝ち誇ったように大きな声で一言。


「ここが〈ヌヌ工房〉だよ~!」

「知ってるッスけどね!」

「だよね~!」


 それ見て驚けジャジャジャジャーン! な勢いで言いましたが、すでに知っていました。制服を見て〈ヌヌ工房〉の人とわかったくらいですから、当然です。


 それはさておき。


 お使いを頼まれた瞳は、手を貸してくれたヒーナとともに〈ヌヌ工房〉に戻ってきました。


 その頃には空は暗色に包まれて、穴が開いた暗幕のように陽虫が星の煌めきのごとくまたたいています。


 瞳は体を使ってドアを押し開けました。カロンカロン、と木製のドアベルの乾いた音色がおかえりなさいと出迎えてくれました。


「どっこらぽ~ん。ただいまで~す」

「おかえりなさい瞳ちゃん、重かったでしょう? ――あら? その子は?」


 やっぱり頼みすぎてしまったんじゃないかと心配しながらお店番をしていたセフィリアが、瞳のすぐ後ろにいる金髪の小さな女の子を捉えました。


 その女の子は瞳と同じように荷物を抱えているではありませんか。


「ヒーナちゃんです。見ての通り、運ぶの手伝ってもらっちゃいました~」

「ふふふ、そうだったの。ありがとうね、ヒーナちゃん」


 天使のように和やかな笑みを浮かべつつ優しく金髪の頭を撫でてから、セフィリアは荷物を受け取りました。


「いえいえ! ヒーナは〝一日一善〟を心がけてるッスから!」


 ッス? と瞳と同じように一瞬だけ疑問が浮かぶセフィリアでしたが、そこは大人の適応力を見せ付けて、何事もなかったかのように振る舞います。さすがはセフィリアです。


「まぁ! すごいわぁ! 偉いのねヒーナちゃん」

「そう! ヒーナはえらくてスゴイんッス!」


 ヒーナは胸を反らして大きな態度をとりました。


 一日一善を心掛けている子供がいて、それをしっかりと実践していることについて、瞳は素直に感心しました。それはセフィリアも同じでした。


「で、知ってると思うけどこちらがセフィリアさんだよ~」


 一応紹介すると、セフィリアは「よろしくね」といって天使の微笑みを浮かべました。


「それで――手伝ってくれたお礼に『お茶でもどうですか?』って誘ったんです~」

「ふふふ、そういうことだったのね。もちろん歓迎するわ」


 早速お茶を用意するわね、と荷物を受け取ったセフィリアは奥へ消え、瞳も荷物がありますし、手伝うためについて行きました。


 手早く紅茶を用意して戻ってくると、ヒーナは目をつむり、両手を大きく広げ、胸いっぱいに息を吸い込んで深呼吸しています。


「スー、ハー……優しさと笑顔の匂いがするッスね……」


 ポツリとこぼした言葉は、鈴のような心地よさで空気へと沁みていきました。


 そのつぶやきを聞いた瞳はほわわんと笑みを浮かべ、セフィリアは和かに笑いました。


「ふふふ。お待たせ、ヒーナちゃん」

「さっそく買ってきたお砂糖が役に立ちましたね~」


 お姉さん二人組みのほっこりとしてしまうような笑顔と一緒に、香ばしい香りもついてきます。


 森に住む動物たちの姿を模した愛らしいクッキーも一緒にティータイムの始まりです。


 お店の隅にある休憩スペースに三人で腰を下ろし、まずはティーカップを傾けて香りを楽しんでから一口。


「うん、美味しいわ」

「なんだかホッとしますね~」

「とっても飲みやすいッス!」


 それぞれに感想を述べてから、最初に口を開いたのはセフィリアでした。


「ヒーナちゃん」

「は、はいッス」


 突然声をかけられて驚いたわけではないでしょうが、ビクッと肩が跳ねました。ヒーナからすれば年上に囲まれているわけですから、肩身が狭く、緊張しているのかもしれません。


 それに目の前にはあのセフィリアがいます。ユグードでは有名人ですから、それも緊張の一因となっていました。


 そんな緊張を感じ取り、セフィリアは努めて穏やかに声を出します。


「間違っていたら申し訳ないんだけど、ヒーナちゃんも何か物作りをしているわよね? 例えば――陶芸とか」


 隣で瞳は「とうげい?」と首をかしげていました。


「え……な、なんでわかったッスか!? セフィリアさんもエスパーッス?!」


 も? と先程と同じように一瞬疑問に思ったセフィリアですが、スルーしました。別にエスパーではないからです。


「その手を見ればわかるわ。陶芸には明るくないけど、努力が目に見えて滲んでいるもの」


 ヒーナから荷物を受け取ったとき、セフィリアはしっかりと目撃していました。ユグードに暮らす人は白い肌をしている人が多いですが、少女の手はそれよりもさらに白く、そして荒れているということを。


 これは乾燥による手荒れです。


「あの、『とうげい』ってなんですか~?」


 瞳が聞くと、答えたのはヒーナでした。


「土をこねて形を作って焼いたものが陶芸ッス。このティーカップもそれの一種なんッスよ」

「へぇ~!」

「土に手の水分とか油分が持ってかれるので、この有様ッス。クリームとかで保湿はしてるんッスけどね……」


 ヒーナは小さな手を広げてみせました。


 クリクリの目でまじまじと見ると、確かに手荒れがひどいです。全体的にそうですが、指先なんかは特に影響が強く出ていました。


「手袋をするのはダメなのかしら?」


 セフィリアが問います。


 木工を学ぶ瞳は彫刻刀などで指を怪我しないための予防策として。グラスアートを学ぶ火華裡ひかりも火傷対策として手袋をするように言われています。


 同じように陶芸も、手荒れ防止のために手袋を使うのは理にかなっているはずです。


 ですが、ヒーナは金髪を揺らして首を振りました。


「確かに使ってる人はいるッスけど、ヒーナは使いたくないんッス。陶芸は指先の感覚が命ッスから!」


 わずかな感覚を、手袋なんかに邪魔されたくない。自分の身よりも作品を優先するひたむきな向上心には感服する思いです。


 譲れない何かがあるのか、小さな女の子はすでに立派な職人気質でした。きっと将来は大物になることでしょう。


 瞳はヒーナの意気込みを聞いて、「でも……」と口を開きます。


「女の子にとって手はとっても大切なものだから、もっと大事にしないと~」

「大事にッスか……?」

「そう! ボロボロの手じゃ、大切な何かの温もりを感じられなくなっちゃうでしょ? かわいい動物を撫でたときとか、赤ちゃんを抱き上げたときとかさ~!」


 こんなに小さな子の手がボロボロなんて、瞳は見ていられませんでした。本来なら傷一つない無垢なままの手であるべき年頃なのだから。


「だから、寝るときにクリームたっぷり塗って、それから手袋つけて寝るといいよ~。おばあちゃんからの受け売りだけど、実践済みだから効果はわたしが保証するよ~!」

「なるほどッス! やっぱり年上の言うことは参考になるッスね!」

「えへへ~……それほどでも~」


 素直な賞賛がなんだかむず痒くて、虫の居所が悪くなり、飛び跳ねた癖っ毛を撫でつけました。


 それからも、〈ヌヌ工房〉のこと、ヒーナの通う学校のこと、陶芸のこと、ヒーナ自身のことなど――いろんなことをお話ししました。


 そのとき、「ホー、ホー」とハト時計ならぬフクロウ時計が鳴き、時間の経過を伝えました。


「あっ、もうこんな時間だったんッスね! そろそろ帰らないと!」

「瞳ちゃん」

「あい! ヒーナちゃんを送ってきますね~!」

「よろしくね♪」


 ティーセットは私が片付けておくわ、とセフィリアは付け加え、手を繋ぎながら森の闇に消えていく職人の卵の背中を、優しい眼差しで見送るのでした。




   ***




 ――前略。


 報告します! また新しいお友達ができちゃいました! 


 ヒーナちゃんっていう、年下の女の子なんですけど、すっごく元気があってかわいい子です。


 その子は「陶芸」というものを学んでいるようで、この前に写真を送った木粘土を覚えていますか? あれのもっと本格的なやつのようです。


 陶芸って手が荒れちゃうみたいで、小さな手なのになんだか痛々しくって、手を繋いだときに「少しでも良くなりますように」って思わず念じちゃいました。


 わたしの想い、伝わったかな? 伝わってるといいな。


 それでは、またメールしますね。


 草々。


 森井瞳――3023.6.27

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