表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/98

「無駄なことなんて」

 ――前略。


 段々と版画はんがを作るコツも掴めてきて、自分で言うのもなんですが、いい作品が作れるようになってきたような気がします。


 でも慢心してはいけません。するべきなのは邁進まいしんです。


 セフィリアさんが良しと言うまで、わたしは版画を作り続けるのです。


 モチーフには事欠きません。よくお散歩をしていますから、ちょっとでもいいなって思ったらそれを描いています。


 道端に転がる小石だって、よくよく見てみればハートの形をしていたりとか、野花だって見たことがない品種があちこちにたくさん咲き誇っています。


 わたしの知らない小さな世界がありすぎて、描き切れないくらいなんですよ。


 今日もまた、お散歩の風景を版画に刻んで残したいと思います。


 草々。


 森井もりいひとみ――3023.6.20




   ***




「ほいさ~!」


 木工品取扱店〈ヌヌ工房〉にて、女の子の元気な声が響き渡りました。


 こげ茶の髪を花火のように跳ね回らせて、クリクリの目を持ったほわわんとした女の子――森井瞳です。


 なにゆえに「ほいさ~!」なんて言っているのかというと、版画が刷り終わったので剥がしていたのです。


 掛け声に勢いはありますが、その手つきは慎重そのもの。勢いよく剥がしたら破れてしまう可能性があるからです。紙を相手にしていますから。


 そして自分が作った版画の出来栄えを確かめて――


「ムフ~」


 と、ニンマリ微笑むのでした。会心の出来だったのでしょう。いつも以上の笑みで、気持ち悪いくらいでした。


「瞳ちゃん、出来たのかしら?」

「あい~! こんな感じになりましたよセフィリアさん!」


 瞳の掛け声を聞きつけて、お店の方から大人びた女性が裏にある工房へ顔を覗かせました。


 薄緑の長髪を緩く編み、いつも笑顔をたたえている優しき女性です。瞳の先輩であり、師匠でもある人です。


 セフィリアは瞳が作った版画を眺めると、うんうん、と柔らかに頷きます。


 その反応を見て、瞳の表情はさらにパァーッと華やかになりました。まるでお散歩を聞きつけた子犬のようです。あるいはおやつをもらえると知った子犬のようです。


 結局は子犬です。


「どんどん上手くなってるわねぇ!」

「ほんとですか~?!」

「ええ。とっても♪」

「うあ~い!」


 セフィリアに褒められて、実に嬉しそうにクルクルと回って喜びを表現。ふわりとスカートも広がって、瞳の心の広がりを表しているかのよう。


「いよ~っし! それじゃあ次に取り掛かっちゃいますね~!」

「ああ瞳ちゃん、ちょっと待って」

「っとうあい?」


 やる気も勢いも十二分にあったので、後ろ髪を引かれるような、変な声が思わず出てしまいました。


 一体どうしたのでしょう?


「そろそろ一杯になる頃だと思うから、少し遊びましょう?」

「いっぱい? 遊び……ですか~?」


 セフィリアが何を言っているのか、瞳にはわかりません。


「ええそうよ。修行に熱心なのはいいことだし、私としても嬉しいけれど、根の詰めすぎはよくないから♪」


 楽しげにセフィリアは「遊びましょう」と言うのです。何のことだかサッパリです。


「ちょっとだけ力仕事になっちゃうけど、いいかしら?」

「??? セフィリアさんがそういうのであれば~……」


 瞳はよくわからないながらに同意しました。


「それじゃあいつものように木屑を片付けたら、お出かけよ♪ ――ヌヌ店長、ちょっとだけお店お願いしてもいいかしら?」


 お店にある止まり木で身じろぎひとつしない、ずんぐりむっくりとしたフクロウに声をかけるセフィリア。その名の通り、このフクロウが店長です。お偉いさんです。


 ヌヌ店長は宇宙のように煌めく眼を細めて小さく頷きました。


 許可も降りたので、早速瞳は散らばった木屑を箒でかき集め、いつものように専用のゴミ箱に捨てます。


「それを持って、出発進行♪」

「お、お~!」


 大量の木屑が入ったゴミ袋を台車に乗せ、先行するセフィリアの背中をえっちらおっちら危なっかしい足取りで追いかけたのでした。




   ***




〈ヌヌ工房〉に戻ってきた瞳が持っているのは、出るときに持って行った木屑が入ったゴミ袋。一見何も変わっていないように見えますが、中身が少しばかり変化していました。


 変化です。姿が変わっているのです。


「セフィリアさん、木粉これをどうするんですか~?」

「ふふふ。もうすぐわかるわよ♪」


 そう、瞳が言う通り、木屑から木粉もくふんへと姿が変わったのです。つまりは粉末状になって帰ってきました。


 ちなみにですが、木を粉末状にするには繊維の性質上、特殊な機械が必要になります。そのためのお出かけでした。


 木を糸鋸で切り、出たおが屑を振るいにかけて粉末を入手するという方法もあります。


 さて、そんな木粉を大量に用意して、セフィリアはどんな遊びをしようというのでしょう?


 先輩と後輩の二人は肩を並べて、作業台に立ちます。


 セフィリアの傍らには接着剤。それから水が張られた桶が用意されました。


「よおく見ててね」


 笑顔で腕まくりをし、お手本となるべく動き出しました。


 木粉を袋から適量取り出し、接着剤を混ぜてコネコネコネ。ときおり水で湿らせて水分を足しつつ、コネコネコネ。


 するとあら不思議。粘土のようになったではありませんか!


「おお~!」


 滑らかな粘土質の木、と言えばいいのでしょうか。なんとも不思議な光景に、瞳は感嘆の声を上げました。


 それからセフィリアはみるみるうちに形を整え、シンプルなお花を作ったのです。


「あとは乾燥するまで待てば、木でできたお花の出来上がりよ♪」

「おおお~!!」


 乾燥すると固まる「紙粘土」を知ってはいましたが、まさか「木粘土」とでも言うべきものが存在するなんて知りませんでした。


「整形している間、指先は湿らせておくのがコツかしら?」

「固まらないように、ですね~。とっても面白そうです~!」

「ふふふ。それじゃあ瞳ちゃんも一緒にやってみましょう?」

「あい~!」


 普段から子供っぽい瞳ではありましたが、とうとう行くところまで行ってしまったのかもしれません。


 木粘土をこねて形を作って、先生セフィリアに褒められる光景はまさしく園児のようでした。


 さすがに出来上がってくる作品に関しては、園児の域を悠々と超えたものが大量生産されましたが。


 そしてそれらもすべからく、〈ヌヌ工房〉の商品棚に値札と一緒に並べられたのでした。


 なんだかんだで「遊び」と言いながらも、結局最後の最後では二人ともかなり本気になって取り組んでいたとか、いないとか。




   ***




 ――前略。


 お元気ですか? わたしは元気です。


 今日は普段とは一風変わった修行をしました。セフィリアさんは修行の息抜きとしての遊びだと言っていましたけど、やっぱり修行の一環だったのでは、と思います。


 あのね、何をしたのかと言いますと……粘土遊びです!


 それもただの粘土じゃないんですよ! 木でできた粘土なんです! なにも間違ったことは言ってませんよ?


 乾燥すると固まってですね、木の香りもするんです。普通の粘土では味わえない趣があるんですよ。


 仕上げにニスを塗ったり色を付けたりすれば、立派な作品の出来上がり!


 とってもかわいいのたくさん作っちゃいました。いくつか写真送りますね。


 どうして木屑だけを専用のゴミ箱に集めるのかずっと不思議に思っていたんですけど、このときのためだったんですね。


 無駄なことなんて、なに一つない。どんなに小さなことだって、かき集めれば一つの立派なものになる。


 その考え方は、【地球シンアース】にはありませんでした。


 やっぱり【緑星リュイシー】はいいところですね!


 わたしも見習いたいと思います。


 それでは、またメールしますね。


 草々。


 森井瞳――3023.6.20

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ