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「懐かしい記憶。知らない遊び」

 ――前略。


 お元気ですか? わたしは元気です。


〈鍛冶屋〉さんに依頼した道具の手入れがあっという間に終わったおかげで、創作活動の再開もあっという間でした。


 セフィリアさんが受け取りに行って完璧な仕事に驚いていました。


 もちろん、わたしも驚きました。今回もバッチリキレイにおめかししてくれたんですよ。とっても感謝です!


 これでいままで以上に精力的に修行に取り組めそうですね!


 こころなしか、わたしの道具たちもキレイになって嬉しそうにしているような気がして、なんだかわたしまで嬉しい気持ちになってきちゃいました。


 大切に使い続けた物には魂が宿る。


 この彫刻刀には、いったい何が宿っているんでしょうね?


 草々。


 森井もりいひとみ――3023.6.12




   ***




 木工品取扱店〈ヌヌ工房〉――今日も穏やかに営業中。


 焦げ茶の髪を癖っ毛なのか寝癖なのか、花火のように跳ね回らせた落ち着きのない女の子、森井瞳はレジの前に立ったまま、クリクリの目をジ~……っと、ある一点に集中させています。


 その視線は、好奇の色で溢れていました。


 注がれる視線の先は、工房で作業をしているセフィリアの手元。


 瞳と同じ若葉色の制服に身を包み、薄緑の長髪を緩く編んだ、笑顔標準装備のとっても優しい女性です。


 本日も白く美しい手が柔らかな動きで木材を削りだし、何かを作り上げています。


 いったいなにを作ってるんだろ~?


 そう思った瞳は、先ほどからずっと見ているのです。お客さんはいません。工房はいわゆるバックスペースにあるので、店員である瞳は背を向けて立っていることになりますが、誰もいないので問題なし。


 強いて言えば、ずんぐりむっくりなフクロウがいて、ジッと見ている瞳をさらにジッと見つめていました。


 抱き抱えるほどの大きさのフクロウです。その正体は〈ヌヌ工房〉の店長で、名前はもちろんヌヌ。知性は人間以上もあるのだとか。


 キラキラと星の煌めきを宿したようなヌヌ店長の眼の中にも、やはり好奇の色が見え隠れ。


 新人が技術を盗もうとしているところを陰ながら黙って見守っているのです。


〈鍛冶屋〉に預けていた道具たちが戻ってきて、さっそく修行の日々が再開されるかと思いきや、瞳の本日のお仕事は、店番が主な内容になっています。


 なので、手持ち無沙汰を利用して見学していたのです。


 もちろんお店番をしながらでもデザインを考えたり版画を作ったりなど、できる修行はありますが、瞳は二つのことを同時にこなせないタイプの女の子なのです。


 不器用ではありますが、手先は器用な方で、純粋な素直さを持っている――それが森井瞳という女の子です。


 見学も大切な修行の一つ。そう割り切って、ヌヌ店長のように成り行きを見守ってみましょう。


 セフィリアは細めの棒を2本削って、先端が尖ったものを一つと、両端を窪ませたものを一つ、作っています。


 窪んでいる方の棒には、中程から貫くような穴が空いていました。ちょうど、尖った棒が通りそうな穴です。


 セフィリアの傍らには、綺麗な球体が転がらないように布の上に鎮座しています。


 それも木を削りだして作ったもので、紙やすりの力を借りて、美しい見事な曲線を描いておりました。


 それを見た瞳は、子供の頃に作った泥だんごを思い出していました。


「なつかしいな~、夢中になって作ってたっけ~」


 土を厳選して、水の量を調整して、丁寧に丁寧に手のひらで丸めたあと割れないように気を付けながら形を整える。


 そうして作ったピッカピカの泥だんご。まるで宝石のように光る泥だんごを数個抱えて、両親に自慢したことをよく覚えていました。


 確か、困った笑顔を浮かべながらも、褒めてくれたような気がします。


 頑張ったね、と。


 昔の瞳は褒められるのがただただ嬉しくて、それだけのためにいろいろとやっていたのです。


 それこそ、両親が本気で困っちゃうことまで。


 乾燥して泥だんごにヒビが入ってしまったときは悲しい気持ちに包まれましたが、木で作られたものであれば、その心配もありません。


 球体が一個。形状の違う棒が二本。


 どうやらそれらを組み合わせて一つのものを作るようでしたが、なにが出来上がるのか、瞳には想像すらできませんでした。


 だんだんとワクワクしてきて、さらに食い入るようにセフィリアの手つきを見つめます。もはや睨みつけていると言ってもいいレベル。


 そんな瞳を無言で見つめるヌヌ店長。


 見られていることに気づかず、にこやかに作業するセフィリア。


〈ヌヌ工房〉の穏やかな静寂の時間は続きます。


 全てのパーツに満遍まんべんなく目の細かい紙やすりで磨いて滑らかな質感を出し、木目のおもむきを残したまま丈夫にするために「うるし」と呼ばれる加工を施しました。


 乾燥を待っている間に一息つく時間がありましたが、セフィリアはその時間を使ってもう一組、同じものを作り始めました。


 やがて乾燥が終わると、糸を取り出しました。


 陰に隠れたり小さかったりで見えませんでしたが、球体には大きい穴と小さい穴が空いていたのです。


 その小さい穴に糸を通して縛ると、糸の反対側を窪んだ棒に空いている穴に通し、糸の長さを調節しながら尖った棒をさらに穴に差し込んで、慎重に釘を打って固定しました。


 セフィリアは満足そうに笑って頷くと、そこでようやく瞳に見られていたことに気づきます。


 どうやら、それで完成のようでした。


 彼女はにっこりと微笑むと、瞳に向けて手招き。お客さんはいないので、素直にトテトテと近付きます。


 来店があれば木製のドアベルがカコンカコンと優しい音で教えてくれるので大丈夫です。


 最悪、接客はヌヌ店長がやってくれます。


 そしてセフィリアは完成した作品の説明をして、瞳に大いなる驚きを見せてくれたのでした。




 それからしばらくは、木の打ち合うカン、カン、カン、という心地よい乾いた音がリズムに合わせて〈ヌヌ工房〉に響き続けましたとさ。




   ***




 ――前略。


 けん玉、というものを知っていますか?


 十字架の左右と長い方の底にお皿があって、頭のところはとんがってて、穴の空いた玉が紐で繋がれているものです。


 これはなんと! 1000年以上も前からあった古代のおもちゃなんです!


 手を使わずに、玉をお皿に乗せて遊ぶんですよ。


 全部セフィリアさんの受け売りなんですけどね。


 それで、セフィリアさんが一から作ったものを遊ばせてもらったんですけど、これがとっても楽しくて! しばらく修行も忘れて遊び続けちゃいました。


 作るばかりじゃなくて、出来たものに触れるのも大切なことよ、と教えてもらいました。


 なんだか手厚くフォローされているような、そんな言葉な気がしましたけど、セフィリアさんの言うことはいつも正しいのです。


 自分で出来を確かめて満足いくクオリティにしないと、それを商品として棚に並べることなんてできませんから。


 セフィリアさんはこれを徹底しているからこそ、お客さんの気持ちを汲み取って商品に反映することができるのですね。


 お客さんのことを第一に考えながら自分の満足いくものを仕上げる。


 それがセフィリアさんのやり方のようです。


 けん玉で遊ばせてもらっているときも、しょっちゅう使い心地とかデザインのこととか聞かれましたし。


 わたしはこれでも充分だと感じましたけど、セフィリアさんはまだまだ納得がいっていない様子でした。


 さすが大先輩です。妥協という言葉を知らないかのようでした。


 試作第一号は失敗だからと、わたしにけん玉をくれたんです。


 また一つ、大切な宝物が増えました。


 あのね。


 わたしが目指している方向性が、少し見えてきたかもしれません。


 でも、まだハッキリとしないので黙っておきます。


 それでは、またメールしますね。


 草々。


 森井瞳――3023.6.13

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