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「鍛冶屋みたび」

 ――前略。


 お元気ですか? わたしは元気です。


 今日は月に一度のお手入れの日。鍛冶屋さんに普段使っている道具たちを預けて、ピッカピカにしてもらう日です。


 預けている間は道具が手元になくなるので、修行の方はお休みになります。それに合わせて、〈ヌヌ工房〉も今日だけですが定休日ということになっています。


 たぶん、セフィリアさんがゆっくりできるのは、道具の点検日くらいではないでしょうか。いつも何かしら作ってますからね。


 前回一人で鍛冶屋さんに行ったのは受け取るときだったので、今回は預けに行くのを一人で挑戦することになりました。受け取りもわたしがやってもいいのに、そこは公平に平等に、セフィリアさんが担当になりました。


 ヌヌ店長の采配なので文句はありません。素人がお店のことに口を出せるはずがないのでした。


 では、行ってまいります!


 草々。


 森井もりいひとみ――3023.6.11




   ***




 そんなわけで瞳は〈鍛冶屋〉にやってきました。


 セフィリアに連れてきてもらったときと、預けた道具を受け取るとき。そして今回で三回目の訪問になります。


 扉を開ける前に、花火のように跳ね回った爆発ヘアーを撫でつけて調子を確認し、若葉色の制服を整えて、身だしなみはバッチリ。


 クリクリした目にわずかな緊張を滲ませて、握りこぶしを作りました。


「……ふんす」


 逆に気が抜けてしまいそうな、彼女なりの方法で気合を入れて、いざ出陣です!


「ぷぎゃ」


 と、思ったのですが扉が開きませんでした。そのまま扉に形の良い鼻をぶつけてしまいました。


 あたたた~……と赤くなった鼻を涙目でさすりながら、瞳の侵入を拒んだ扉を見やります。


 OPENの看板はかかっています。間違いなく営業中です。しかしこのお店はお客さんの入店を拒んだのです。なんということでしょう。お店にあるまじき態度でした。


 ……お店に意思などありませんが。


「大丈夫?」


 すると、背後から声をかけられました。どこかで聞いたことがあるような、青年の声です。


 振り返ってみると、やはり見覚えのある青年が心配そうな表情で立っていました。


 キラキラとした綺麗な銀髪に整った目鼻立ち。セフィリアよりも長身で、爽やかな笑みを浮かべています。


 名前は確か――


「ヒジキさん!」

「ヒジリ、だよ」


 カルシウムが豊富そうな言い間違いでした。


「わっ、ご、ごめんなさい~!」

「いやいいよ。気にしてないから」


 草原に優しく吹く風のように、清涼感の溢れる声で笑ってから、「いらっしゃい森井さん」と言いました。彼はしっかりと名前を覚えてくれていたようです。


 ヒジリはこの〈鍛冶屋〉で修行する半人前の職人。瞳が愛用する道具を手入れしてくれた張本人でもあります。


 瞳が抱える道具を見て、それから首をかしげました。


「見たところ手入れの依頼に来たみたいだけど、中に入らないの?」

「は、あい……それが、開かなくって~」

「ああ」


 青年は納得の息を漏らしました。


 前回会ったときに彼が言っていたことを瞳は思い出していました。立て付けが悪くて開かないときがあると。


 前回は難なく開きましたが、どうやら今回は立て付けが悪いタイミングに立ち会ってしまったようです。


 扉に突っ込む、なんて恥ずかしいところを見られたと思うと、耳まで赤く染めて俯いてしまうのです。前回もなんだか恥ずかしくなって顔を赤く染めていたような気もしますが、それとは別種の恥ずかしさでした。


「ちょっと待ってね。今開けてあげるから」


 ご飯でも買いに行っていたのか、美味しそうな匂いが立ち込める紙袋を扉の脇に置くと、ドアノブに手をかけました。


 そして捻りながら、「ほいっ」と一言。


 すると、それだけで頑丈に口を閉じていた扉が開いていきました。正真正銘の「OPEN」です。


 ヒジリはくるりと振り返り、白い歯を見せて満足げな表情。


「こいつはちょっとコツがいるんだ。上に持ち上げて外側に引っ張りながら開ける感じ」


 と言われても、瞳が扉を開けようとしたときは結構ガッチリと噛み合っていてピクリともしませんでした。非力な女の子が力技で開けられるのか怪しいレベルです。


 とにもかくにも、今は開いたのでそれで良しとしましょう。


 いちおう開けるときのコツは脳内にメモしておきました。


 まるでオシャレなカフェの店員さんのように、招き入れる仕草をする青年の横を目を伏せるように静かに通って入店。


 キザったらしいと言えばそれまでですが、不思議と嫌な感じではなく、様になっていました。


 きっとモテているに違いありません。


 青年はそそくさとカウンター側へ回ると、瞳に向けて手招き。


 瞳は若干戸惑いながらも、トテトテと青年の対面へ向かいました。他のカウンターはすべて接客中だったので、選択肢がそれしかなかったのです。


「ようこそ〈鍛冶屋〉へ。ご注文はそちらの手入れでよろしかったですか?」


 百点満点の営業スマイルで接客をしてくれます。これはこれで、接客の勉強にもなりそうです。


「は、あい。そうです」

「では、お預かりします」


 大切に使っている道具たちが手元を離れていくのは少し寂しく感じる瞳でしたが、仕方ありません。


 道具だって人と同じく働き続けたら疲れてしまうものなのです。たまには休憩させてあげないとかわいそうというものでした。


「と、マニュアル通りの接客はこの辺にして――」


 瞳から受け取った道具を丁寧に棚へ置くと、営業スマイルが人懐っこいようなナチュラルな笑みになりました。


「もしよかったらなんだけど、君の道具の手入れ、僕にやらせてもらえないかな?」


 細かいこと言うとセフィリアの道具も含まれているのですが、細かいことなので気にしません。


「ほへ?」


 瞳はポカンと首をかしげました。


 わざわざ許しをもらわなくても、瞳は最初からそのつもりだったのです。


 彼の仕事ぶりは素人目に見ても完璧なものでした。さらに彫刻刀の手入れだけにとどまらず、ケースの方までピカピカにしてくれていたのです。


 これは依頼に含まれていないので、完全にサービスです。ここまでされてしまっては、彼にお願いしたくなるというものでした。


「実は、前回はたまたま手の空いてる僕に仕事が回ってきただけなんだ。このまま普通に依頼すると、たぶん別の人が担当することになる。その分時間もかかると思う」


〈鍛冶屋〉の担当システムについて、瞳は詳しく知りません。セフィリアもそのあたりについては教えてくれませんでした。瞳ちゃんにお任せするわ、ということでしょう。


「僕に任せてくれれば、完璧な仕事を約束するよ」

「じゃあお願いします~」

「まぁ、怪しく思う君の気持ちもわからなくはない。確かにいきなりこんなこと――って、え? いいの?」


 あっさりと了承してくれると思っていなかったらしく、しばらく勝手に暴走してから、キョトンとした表情に。


 爽やかなイケメンがいろんな表情をしてくれるのは、なかなかに見応えがありました。


「もちろんです。もともとそのつもりでしたし~」

「そ、そっか。そっかそっか。うん、ならよかった……」


 安心したように肺の空気を吐き出す好青年。何をそこまで気負っていたのかは知りませんが、瞳相手に気負うのは無駄というものでした。


 照れくさそうに頭をかいて、ヒジリは口を開きます。


「実は師匠から『自分で仕事取って来い』って言われててさ、さっきも営業に行ってたんだ。自分を売り込みにね」


 その帰り、たまたま扉に鼻をぶつけた瞳を見かけ、ダメ元で声をかけた、と、そういうことのようです。


 察するに、営業はうまくいかなかったのでしょう。


「〈鍛冶屋〉さんも大変なんですね~……」

「まぁね。でもそれだけこの仕事には需要がある。必要とされてるんだ。やりがいはあるよ」


 そう語る彼の目は、職人のそれでした。腕は確かですから、きっかけさえあれば一人前になれる日もそう遠くないでしょう。


「明日のこの時間には手入れを済ませておくから、いつでも取りに来ていいよ」

「ほえ?! そんなに早かったでしたっけ~?」


 瞳が驚くのも無理はありません。


 前回は一週間ほど経ってから終わったという連絡があったのです。それと比べると随分と早いです。


「一人前の職人を巡りに巡ってたらい回しにされてから、僕のところに舞い込んできた仕事だったからね。最初から僕が手をつければそんなもんだよ」

「お〜、なるほ~」


 話しているうちに慣れてきたのか砕けた話し方になってきて、最後の「ど」も砕け散ってしまったようでした。


 見た感じ歳はそう変わらないですし、彼も気にした様子はありません。変わらず爽やかスマイルでした。


「それじゃあ、道具(この子)たちは僕が責任を持っておめかしさせてもらうよ」


 瞳に合わせて「おめかし」という言葉を選択するあたり、接し方を理解してきたようでした。順応力はベテランの域に達しているでしょう。


「あい! とびっきり可愛くお願いします~!」

「うん、お願いされました」


 ほわわんとした笑顔と、爽やかな笑顔が、殺風景な〈鍛冶屋〉に咲き乱れたのでした。




   ***




 ――前略。


 無事、ミッションコンプリートしてきました。


 明日には仕上がるそうですとセフィリアさんに伝えたら、やっぱり驚いていました。どうやら一週間くらいかかって帰ってくるのが一般的だったようです。


 ヒジリさんという男性が、手入れを担当してくれることになったのですが、一体何者なんでしょう?


 仕事が早くて完璧で、とっても気さくな方ということはわかったんですが、それ以外はよくわかりません。


 道具が早く戻ってくるに越したことはないので、あまり詮索はしないでおこうと思います。


 それにしても、ヒジリさんが抱えていた紙袋からとっても美味しそうないい匂いが立ち上っていたのですが、あれはなんでしょうか?


 もしかして、ユグードの名物とかでしょうか?!


 考えていたらだんだんお腹が減ってきちゃいました。今度、美味しい出逢いを目的に、散歩でもしようかな?


 それでは、またメールしますね。


 草々。


 森井瞳――3023.6.11

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