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「心の一番は揺るがない」

 ひとみの花火のように跳ね回った焦げ茶の髪の毛もブラッシングのおかげで多少の落ち着きを見せたところで、火華裡ひかりは質問してきました。


「さっきから――というか昨日の段階から気になってたんだけど、このブロックは何?」

「ああ、けほっけほ……それね~」


 火華裡が指差す先には木が凹んだり出っ張ったりしたいびつなブロック。枕元に規則正しく並べられています。


「『組み木』っていうパズルなんだって。セフィリアさんが本と一緒に渡してくれたんだけど、ヒカリちゃんはこれできる~?」

「できるって?」


 首をかしげる火華裡。


 パズルと言われても、瞳と同じく立体パズルには馴染みがなくて、ピンとこないようでした。


「元々はこう……真四角の立方体だったの」

「これが?」


 指で四角形を作って説明します。しかしバラバラの状態なので、うまく伝わりません。


 火華裡は眉根を寄せて棒状のブロックを一つつまみ上げますが、原型がうまく想像できないようでした。


「名前と形状から察するに、うまいこと組み合わさって四角形を保っていたってことかしら?」

「そのと~り」


 ちょっとやってみてもいい? と視線で聞かれたので、ど~ぞど~と、手のひらを動かしました。


 とりあえず凹みに合う大きさのブロックを見繕い、組み合わせてみますが、しっくりきません。他のパターンもいくつか試してみましたが、ダメでした。


「サッパリだわ。お手上げね」


 肩をすくめ、元の位置に綺麗に戻しました。


 瞳と違って元々の形をよく知らないので、あっさりと引き下がります。ただのパズルに躍起になるほど子供ではないのです。


「立方体の状態からたまたま分解はできたんだけど、戻せなくなっちゃって~」

「ふーん、あんたらしいわね」


 瞳も言いながら改めて組み木にチャレンジしますが、やっぱり思うようにはいきません。分解した直後ならどんな手順で分解していったのか記憶の片隅にまだ残っていたかもしれませんが、霧がかかったように霞んでよく思い出せません。


「んん?」


 火華裡が何かを発見したように唸り、ブロックを凝視します。


「これ、何か書いてある?」

「あ、うんそうなの~」


 数十年前に作られたもので、製作者のメッセージが刻まれていることを伝えました。


 火華裡は最後の一文にあった『ネリネ』という名前を見て、目を丸くします。


「ネリネ?! どうりでよく出来てるわけだわ……」

「ヒカリちゃん知ってるの?」

「知らないの?! って、そうか。瞳は知らなくても無理ないか」


 驚愕した理由を火華裡は端的に語ってくれました。


「ネリネさんは〈ヌヌ工房〉の創始者よ。セフィリアさんの師匠でもあるわ」

「え~?!」


 それを聞いて瞳も驚きの声をあげます。もしかして自分は、結構大変なことをしてしまったんじゃないかと。


「この組み木って思ってたより大切なものだったのかもしれない……どうしようヒカリちゃん~! 戻せないよう~! けほっ!」

「落ち着きなさい瞳! 咳がぶり返してるから!」


 大きな声を出してしまって治りかけていた喉に負担をかけてしまいました。


 しかし火華裡と咳のおかげでブレーキがかかり、瞳はすぐに平常を取り戻しました。これ以上悪化しないことを願いたいものです。


「セフィリアさんにお願いするのはどう? セフィリアさんから預かったんでしょ? だったら戻し方も知ってるかもれないわ」

「ぉお~!」


 なるほど確かに、その手が残っていたか! と手を打つ瞳。簡単なことでしたが、思いつかなかったようです。


 水を飲んで、荒れた喉を潤してから、瞳は言いました。


「最後まで頑張ってもダメだったらお願いすることにするよ~」

「すでにダメな香りがプンプンしてるんだけど……まぁあんたがそう言うならそれでいいわ」


 ほわわんとしているように見えて、結構粘り強いといいますか、負けず嫌いな瞳でした。


 そんな姿に呆れたようなため息を火華裡はこぼします。


「いつになることやら」

「む~……すぐにとは言わないけど、いつか絶対だよ~!」

「はいはい、わかったわかった」


 皆まで言わんでもいい、と火華裡はムキになる少女をなだめます。一つしか違わないのに、歳の離れた姉妹のようでした。さしずめセフィリアは二人の母親でしょうか。


 となると、組み木に刻まれた『ネリネ』というらしいセフィリアの師匠はおばあちゃんといったところでしょう。


「でもそっか~。当たり前だけどセフィリアさんにも師匠がいるんだよね~」

「ほんと当たり前ね……そう言いたくなる気持ちもわかるけどさ。あたしの師匠にも師匠がいたんだって思うと、なんか複雑よね」


 自分が師事している師匠にも、右も左もわからないペーペーだった時代があり、今の瞳たちのように修行に勤しんでいた頃が存在していたという事実に、二人はどうも馴染めませんでした。


 自分の親って祖父母から生まれてきたんだよね、という不思議な感覚に近いものがあります。もっと言えば、その祖父母にすら親がいるのですから、人のつながりとは面白いものでした。


「そういえば、ヒカリちゃんの師匠はどんな人なの~?」


 瞳の師匠は言わずもがなセフィリアですが、他の「師匠」と呼べる存在に出会ったことはありません。火華裡の修行先へ伺ったときも、火華裡以外に誰も見かけませんでしたし。


「あたしの師匠は『芹香せりか』って言うんだけど、そうね……名前の印象と違ってバーサーカーみたいな人よ」

「ば、ばーさーかー?」

「超凶暴ってこと。すぐに手が出るんだから」


 穏やかに時間が流れる星【緑星リュイシー】の、さらに温厚な人々が集まる街ユグードに、そんな危なっかしい人がいるとは。


 大げさな物言いに、瞳は冗談と受け取りました。


「まさか~。そんな人、ここにはいないよ~」

「いるのよそれが……」


 苦々しく火華裡はつぶやきます。苦虫を噛み潰したような顔とはこういう顔を言うのでしょう。いつになく歪んだ表情でした。


 スッとした目鼻立をしているだけあって、その違いが際立ちます。


「あんたは知らないようだから教えてあげるけど、一人前の職人ってのは頑固者が多いの」

「セフィリアさんは頑固者じゃないよ~?」

「セフィリアさんは特別なのよ! 一般論を言ってるの!」


 笑顔が標準装備である天使の化身セフィリアしか知らないので、瞳は納得しかねました。


「譲れない矜持きょうじってもんがあるからこそ、職人としての腕前が確立されてるんだけどね」

「う~ん……つまり?」


 理解が及ばない瞳にずっこけそうになり、額を押さえながらも火華裡はわかりやすいように言葉を選びました。


「つまり、誰よりも強いこだわりがあるからこそ、職人として認められてるってことよ。セフィリアさんは常に使う人のことを考えて物を作ってるでしょ? だからこそ買ってくれる人がいるの」

「ああ~。それはわかるかも~」


 以前にデザインを頼まれた木製の食器類がいい証拠。どれも使用者のことを考えて作り込まれていました。


「あたしの師匠はそのこだわりが特に強くて、納得いかない出来だったら容赦なくぶっ壊すし、弟子が半端なもの作ってもぶっ壊すわ」

「か、過激な人なんだね……」


 火華裡にそこまで言わせるとは……瞳は若干引きました。なんとなく、火華裡の修行先には行きづらくなるでしょう。芹香バーサーカーと出くわしてしまったら、なよなよした瞳など跡形もなく粉砕されてしまいそうです。


 そんな想像を巡らせてしまうほど、火華裡の言葉には説得力が滲み出ていました。


「そうね……。でもま、その異常なまでのこだわりがあるからこそ、あたしはあの人に師事するのよ」

「ふ~ん?」


 首をかしげる瞳。言っていることが繋がっていないように感じたのです。文句ばかりなのに師事するとはどういうことでしょう? 嫌なら違う人にすればいいだけの話です。


「あんたがうちに来たとき、入り口のところに飾ってあるショーケースのグラス見た?」

「みたみた~! とっても神秘的だった~!」


 透き通った氷の中に気泡が浮かんでいるようなものや、青のマーブル模様が涼しげなもの。表面が幾何学模様に削られ、光を散らすようにえも言われぬ美しさを振りまいているもの。


 そのグラスに吸い寄せられるように立ち寄ったら、そこが火華裡の修行先だったのです。グラスの美しさに導かれたようなものでした。


「でしょ? あれを作ったのが芹香さん。あたしがグラスアートを始めたのは、単純にあの光に魅了されたからなの。あたしもあれくらい……ううん、あれ以上のものを作ってみたいって」

「あのグラスには芹香さんの〝魅了の魔法〟がかけられてたんだね~」


 火華裡もその魅了の魔法にかかって参ってしまった。そういうことのようでした。


「…………」

「あう」


 無音無痛の手刀チョップが降ってきました。さすがに我慢しきれなかったようです。


 そっぽを向いて顔を背けていましたが、赤く染まった耳までは隠せていない火華裡でした。


 いつもの照れてしまうような言い回しでしたが、否定できない部分があって口から何も出てこなかったから、手が出たのかもしれません。


 口ではセフィリア一筋みたいなことを言っておきながら、やっぱり師匠以上の人はいないのでしょう。


 真っ赤な耳を覗かせる火華裡を、ほわわんとした笑みで見つめる瞳だったのでした。

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