「遠い過去の想い」
──前略。
お元気ですか? わたしみたいに風邪、引いてませんよね?
どうやら昨日に引き続き本日も雨模様。【地球】の雨と違ってシトシトと雨音らしい音は聞こえてきませんが、外からときおり聞こえてくるバシャーンって音で今日も雨なんだなってわかります。
セフィリアさんからは「最近練習続きだったから、ゆっくり休んでちょうだい」と優しいお言葉をいただきまして、風邪が治るまでは大人しくしていようと思います。
なんだかソワソワと落ち着きません。いつもなら起きてる時間に横になっているって、変な気分です。無性に絵を描くか木を彫るかしたくなってきました。
できるときはやる気が出ないのに、できないときに限ってやる気が出てくるという不思議。これってモヤモヤしますよね。
あ、一つ訂正しておきますと、いつでもやる気ありますからね!
草々。
森井瞳──3023.6.2
***
年輪が美しい天井。ほんのり暗い外。窓から滲む、むせるような雨の匂い。
そんな中、自室のベットで女の子がつまらなそうに横になっていました。
森井瞳です。
「けほ」
いつものように携帯端末で手紙を打ち終えると、小さな咳が顔を覗かせます。
額にはひんやりと湿ったタオルが乗せられ、口元にはマスク。枕の脇には水の張られた桶と水差が置かれています。
昨日の雨中でのお散歩の際に水をかぶり、風邪をこじらせてしまったのです。
久々に感じる〝頭はふわふわ体は重い〟という気だるさを持て余していると、静かに階段を上る音が聞こえてきます。
薄緑の長髪を緩く編んだ女性が、階下から控えめに顔を覗かせてきました。
「セフィリアさん」
「起きてたの瞳ちゃん。──具合はどうかしら?」
心配そうに言って歩み寄るセフィリアの表情は、まだ見たことのない思いつめたような面持ちで、笑顔以外の表情を初めて見た瞬間でした。
「少し咳は出ますけど、元気ですよ~」
「そう。それならよかったわ」
思っていたよりも元気そうな声を聞いて安心したのか、セフィリアの表情に笑顔が返ってきました。
枕元に立つと、瞳の額からタオルをとって桶の水に浸し、よく絞ってからまた乗せます。ひんやりとした感覚が染み込んできて、心地いいです。
「ごめんなさいね。私が外歩こうなんて言ったから……」
「いえいえ~。【緑星】のこと教えてくれようとしたんですよね? むしろ感謝ですよ~」
少し弱々しくも、確かな感謝の気持ちを乗せて瞳は言いました。
「濡れたあとにはしゃ──けほ。はしゃいだのはわたしですし~……」
どうにも弱っている自分を見られるのが恥ずかしくなってきて、布団を目元まで引き上げます。顔が赤いのは、きっと風邪のせい。
布団から目を覗かせたまま、瞳は聞きました。
「その……お店のほうは大丈夫なんですか~?」
〈ヌヌ工房〉にはセフィリアと瞳の二人しか人はいません。瞳はご覧の通り風邪でダウンしていますし、残りのセフィリアがお店にいないと無人状態になってしまいます。
そんな心配を他所に、セフィリアはこともなく答えます。
「大丈夫よ。ヌヌ店長はとっても器用だから、お会計だってできるのよ」
「なんてこったい」
そうですヌヌ店長がいました。
ずんぐりむっくりなフクロウのヌヌ店長がお会計。是非とも一度でいいから拝見してみたいものです。うろたえるお客さんの姿を瞳は幻視しました。
「足の爪でおつりを取り出すときなんかすっごく慎重に動くからおかしいのよ」
思い出すように小さく笑います。フクロウの聴覚は鋭いですから、もしかしたら今頃お店番をしながらムッとしているかもしれません。
もともとむっくりとしているので、ムッとしていてもわからないとは思いますが。
乱れた掛け布団を正しながら、
「なにか欲しいものとか、してほしいこととか、ある?」
母のように、優しく囁くように聞くセフィリア。なんとなく、こそばゆいです。
【地球】でもこのような扱いを受けた経験のない瞳は、遠慮がちではありますが、甘えてみることにしました。
風邪を引いたときの特権です。
「えっと、その~……ですね。けほっ。なんか手元が寂しくて、だから、なにかヒマを潰せるようなものってないでしょうか~……?」
メールを打っているときはそれでよかったのですが、もう送信してしまったのでやることが無くなってしまったのです。
携帯端末は連絡用として使用しているので、ゲームの類は入っていませんし、そもそも電子機器に弱いため通話とメールくらいしか使いかたを知りませんでした。
「ふふふ。一人だと退屈だものね。なにかあったかしら? ちょっと待っててね」
こちらの意図を汲んでくれた頼もしい先輩は、にっこり笑ってから階下へと降りて行きました。
それからしばらくすると、腕に色々と抱えたセフィリアが戻ってきます。
「ごめんなさいねぇ。これくらいしか見つからなくって」
抱えられたものは、主に本でした。数冊重ねられていて、その上に、謎の四角い物体が異様な存在感を放っています。
この四角いのはなんだろう?
そう思った瞳は質問します。
「セフィリアさん。これは?」
「これはね、『組み木』っていうものよ」
枕元に本を置きつつ、四角い物体を手渡しました。
5cm四方の木で出来たブロックは、パッと見た感じ大昔に流行ったと言われている『ルービックキューブ』を彷彿とさせましたが、3×3ではありませんでした。
試しにいろんな方向へひねってみてもビクともしません。強力な接着剤でガッチリと固められているような頑固さです。
取り扱いに困っていると、セフィリアが助言をくれました。
「組み木はね、パズルなの」
「パズル? これがですか~?」
「ええそうよ」
パズルといえば『ジグソーパズル』か『スライドパズル』くらいしか知らない瞳は、想像以上に得体の知れない物体を手渡されたことにようやく思い至ります。
どこからどう見ても、パズルには見えません。
「木が組まれてるだけだから『組み木』。バラバラに分解できるの。そして、それを戻せたらクリア。どうかしら?」
「ほへ~……知恵の輪みたいな? なんか面白そうですね~!」
パズルなんて思い返してみれば一度も遊んだことはありませんでした。子供っぽい瞳は一瞬で立方体に心を奪われてしまいました。
クリクリした眼差しに無邪気な光を宿したところを見て、セフィリアはやはり穏やかに笑うのです。
「ふふふ。それじゃあ、私は戻るわね。頑張ってね、瞳ちゃん。お大事に」
もはや組み木を分解することに夢中になっている瞳は耳に入っていません。そんな様子を見ながら、静かにセフィリアはお店に戻って行きました。
自分が風邪を引いているということすら忘れているんじゃないかと思わせるくらいに熱中して、ときおり「けほ」と咳き込んでもお構いなし。
ですが、いくら頑張っても分解の『ぶ』の字すら見えません。
「ケホ。う~ん……これホントにバラバラにできるのかな~?」
木目や色味からパーツごとに分かれていることはわかります。しかしなにも使わずに、木自身が手を組むように合わさっているだけとは思えませんでした。
「んむるる~ん……けほっ! ──およ?」
謎のうめき声ののち、咳き込んだ勢いで手に力がこもったとき、偶然にも一つのパーツが浮き上がりました。
それを引き抜くと、噛み合って支え合っていた木が力の抜けたようになり、あれよあれよとバラバラになっていきます。
「おおう、ホントにバラバラになっちゃった~……」
大小合わせて計12個の部品になりましたが、ここで決定的なミスをしていたことに気づきます。
「しまった、戻しかたが~!」
調子に乗って分解しきってしまったため、どうやって組み合わさっていたのか確認するのをおろそかにしていたのです。これではスムーズに戻せません。
瞳は〝後先考えずに勢いだけで行動するな〟という教訓を得ました。
とりあえず悪あがき的に戻そうと試みましたが、どうやって組み合わさっていたのかサッパリです。元の状態まで戻せばクリアですから、これでようやく半分です。
「あれ? なにか……」
一つのパーツをつまみあげると、目を細めます。内側にくる部分に傷をつけるようにしてそれぞれのパーツに文字が書いてあったのです。
文章が繋がるように並べ替えると、あるメッセージが浮かび上がりました
〝また会う その日まで どうか 忘れません ように これを 残します 約束を 覚えて いてください 2963.22.2 ネリネ〟
並びが本当にこれで合っているのかは定かではありませんでしたが、小さく口に出してみれば、これで合っているような気がしてきました。
「けほっ。今から50年くらい前にネリネさんって人が、誰かのために作ったんだ……」
60年前です。ずいぶん昔の物のようですが、保存状態が良かったのか、まるで新品のようでした。
これが〈ヌヌ工房〉にあるということは、ネリネという人物は過去に〈ヌヌ工房〉で働いていた人物だったのかもしれません。
約束とやらが何のことだったのかは知りようがありませんでしたが、組み木から、そして文字から、愛おしいような気持ちが伝わってきました。
「戻さないと、なんだけど……ふぁあ……」
だんだんと眠くなってきてしまった瞳。それでも頑張って目を見開いて、組み木を元の立方体に戻そうとしました。
しかしやがて睡魔に負け、結局少しも戻すことができないまま、眠りこけてしまったのでした。




