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アリーツワの森  作者: momo
忌み人の名と四冊の禁書
32/37

【7】 昔語り

今回、内容に多少残酷な表現(肢体破損など)があります。この話を読みとばしても話はつながるようにします。


    ある一族に伝わる昔話




 南方地方に狩猟を生業なりわいとする一族があった。

 力の強い者が多く生まれる一族として有名であった。


 ある時、ある時代、一族に力自慢の兄弟が現れた。族長の息子だった二人は互いに切磋琢磨し、技を磨き合い、共に高め合ってきたのだが、だんだんと弟の力が抜きんでるようになってきた。


 兄は悔しんだ。どんなに厳しい鍛錬をこなしても、少しずつ開いていく力の差。どうしても勝てない相手に、知らず黒い気持ちを持つようになっていった。嫉妬、妬み、嫉み、焦り……。そうした黒い感情を秘めておけなくなってきたある日、兄の元に黒い本が落ちてきた。


 不可思議な本だった。

 凝った意向で装丁されたその本に、兄は一目で魅入られた。一瞬たりと手放したくない、誰からも奪われたくないと、懐に忍ばせ持ち歩き、人目のないところで飽きず眺めるようになった。

 もちろん鍛錬の時もそのような感じだから、上の空で全く集中できない。

 それなのに、なぜか兄の力は増していった。技にキレが増し、開いていた弟との差をあっという間に詰めると、さらに追い越し、圧勝できるほどになった。


 そして兄は弟を勢い余って殺してしまった。


 兄弟の父は涙を隠し、兄に告げる。


――誰よりも強い息子よ。お前は弟を殺してしまったが、身内をなくしてしまう辛さ、力を持つことの恐ろしさを、誰よりも理解したことだろう。驕らず、一族を導け。


 兄は神妙な顔でうなずいた。だが、内心は有頂天だった。弟を殺してしまったことに対する辛さなど欠片もなかった。己の力に対する恐れも。黒く染まった内面は綺麗に隠してみせた。

 そうして誕生した力の強い族長。

 一族の者たちは喜んだ。だが、それはぬか喜びだった。



 ある日男は側近だった者を殺した。理由は些細なものだった。


 別のあの日男は妻を殺した。理由は些細なものだった。


 男は自分の長男まで殺した。理由はやはり些細なものだった。


 そしてとうとう、男は昔からつながりの深い隣の一族と争えと言い出した。


 馬鹿なことを言うな、そんな事は出来ないと諌めた父の首をはねた。



――俺は諍いが見たいのだ。俺を喜ばせろ。争え。殺しあえ。



 一族はやっと気が付いた。

 男は力に狂っている。

 なんとかしなければ。いずれ自分たちも殺されてしまう。


 ある者が言う。


――男は常に黒い本を持っている。あの本を持ってから男の様子が変わった。ならばあの本を取り上げればいいのでは?


――でもどうやって?


――自分が何とか盗み出してみよう。そしてそのまま、男の手の届かないところまで逃げてみよう。


 そう手を挙げたのは、 一族で最も素早い男だった。

 何人かの犠牲を出しながらも、足の速い男は狂った族長から黒い本を盗み出した。


 長は、悔しさのあまり憤死した。

 狂人から解放された。

 そう一族は喜んだ。だがそれもぬか喜びだった。



 今度は足の速い男の番だった。この男もまた、黒い本を手放すことができなくなった。

 何故といって走るたびに速くなるのだ。

 この男は、速さは力だと信じていた。

 だから速く走れるようになり、その速さに狂っていった。

 まず、身体がその速さについていけなくなった。耳がなくなった。ついで、片手がなくなった。心も壊れていったが、男は気にも留めなかった。

 友人が諌めても、家族が泣いて止めても男は走ることを止めなかった。

 身体の一部が千切れて飛んで行っても、それでさらに速く走れるようになるのなら、何も構わないと思った。否、走ることを止められなかった。

 そしてある日、とうとう足がなくなった。

 走れなくなった男は狂い死にした。



 むくろのそばに落ちている黒い本を誰も拾おうとはしなかった。

 黒い本に触れれば力を得る。だが、狂い、死ぬ。

 誰もがもう理解していた。

 あまりにも不吉で、恐ろしい黒い本。

 しかしそのままにしておくこともまた、できないことだった。

 

 誰かが言った。


――谷底に捨てよう。


 いい考えだと思った。だが、いったい誰が捨てに行く?力を誇る一族として恥ずかしむべきことながら、勇気ある者はなかなか現れなかった。誰もが頭を悩ませ、互いを無言で伺っていた時、一人の子供が黒の本を拾い上げた。


――……私ごと、谷底に捨ててください。


 その子供は、狂った族長の末の息子だった。

 自分にはもう父も母もいない。兄も逝ってしまって天涯孤独の身だ。誰も自分の死を悲しむこともないだろう。だから……。


――本に触れることはできなくても、本を持った私を抱えることはできるでしょう?さあ、私が力に狂う前に、私ごと、この黒い本を谷に捨ててください……。




 一族は泣く泣く、底の見えない谷に子供を突き落した。

 重く暗い谷の底に、子供は悲鳴一つ上げることなく沈んでいった。



 一族はこのことを記憶に焼き付けた。消えない傷として抱えていくことに決めた。忘れてはならない教訓として、戒めとして、一族が抱えていかなければならぬ。




 決して黒い本に魅入られてはならない。

 あれは悪魔の誘惑。

 魅入られれば、狂い死ぬ。

 決して魅入られてはならない。

 手にしてはならない。





ここまでお読みいただきありがとうございます。


サブタイトルを後日変更するかもしれません。

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