【6】 忌み人の名 2
告げられた内容は確かに衝撃的だった。
だが、むしろライヤの変貌ぶりに、エルゼもダンカンも声を忘れた。
そんな二人を冷たく見やる当人は、普段のふんわりと柔らかい物腰をどこに置いてきてしまったのか。言葉もまなざしも、甘さの欠片もない。鉱物を思わせる冷たさのまま、淡々と語る。
「大賢者が任命されるのは、青の書が出現したときです。――ではその任が解かれるのは?」そう問うように語りながらも、ライヤは二人に答えを求めてはいなかった。
「青の書が眠りについたときです。眠りについた青の書はどうなりますか?――……グローリアの君主が見守りますよね」
「……それが、なんだというの?」
「それが、一番の問題なのです。――大賢者になるための必須条件は青の書の適応者であることのみではありません。彷徨える庭を見出し、かつ受け入れられることも挙げられるのです。――彷徨える庭にとって大賢者は、自らを見出してくれた主とも伴侶ともいえる存在です」
「…………」
「グローリアの君主は、彷徨える庭にとってしてみれば、せっかく見出した伴侶を『青の書が眠りについた』ただそれだけで奪っていく、略奪者なのですよ」
大賢者の瞳に冷徹な光が宿る。付き合いの長いダンカンでさえ見たことのない、鋭利な表情で女王を見据える。
「だからこそ、女王陛下。彷徨える庭はグローリア国王を拒絶するのです」
「…………」
「陛下はお知りになるべきです。彷徨える庭がどれだけ陛下のことを嫌っているのか。――ただ疎んじているだけではありません。叶うのであれば王など消えて無くなればばいいとさえ思っているのですよ」
あくまでも淡々と、温度のない声でとんでもないことを言い放つ。
流石に聞き逃せない言葉の羅列に気色ばんだ近衛大将だったが、当の女王に止められる。
「……あなたはまるで庭に心があるように話すのね」
「そのとおりです。庭は深く豊かな精神を持っています。だからこそ、庭は王を憎み、それ以上に「青の書」を唾棄すべき存在として穢んでいます。――……陛下も、同じお気持ちなのでは?」
「どういうこと?」
女王の疑問に、ライヤが表情を崩した。どこまでも冷たい、温度を感じない冷笑だった。
「ハンスが青の書に喰われたとき……当時まだ王女殿下であらせられた陛下がひどく取り乱されたように、彷徨える庭もまた、生半可なものではない衝撃を受けたのです」
女王に動揺が走る。
「庭にとって、青の書は大賢者の命を搾取する汚らわしい存在でしかありません。けれどもそれを身の内に置いておく期間に限り、大賢者は庭とともにあるのです。何という皮肉でしょうね」
「………」
「――私がヴァイゼの称号を戴いてきたこの期間、私はただ庭のため、その精神を慰めることに心血を注いできました。庭もまた、私の心を癒してくれました。歴代のヴァイゼの中でも、私ほど庭と心を通わせられた大賢者は少ないでしょう。――……ハンスが、私と庭を深く結びつけてくれたのです」
ライヤの冷めた態度に、一瞬温度が戻る。苦しげに眉が顰められ、静かに瞳が閉じられる。
瞬きひとつのあと、女王に向けられた視線には憐惜の色があって。
「――恋人、主、親友……。呼び方は違いますが、私たちは等しく、大切な存在を青の書から奪われました。――……庭はグローリア女王には門戸を開きません。しかし、同じ苦しみを共有する貴女にならば?開くかもしれない。……いいえ、私が彷徨える庭の拒絶を抑えて、庭にお招きしましょう」
「本当!?」
「ええ――私の提示する条件を飲んで下さるのならば、ですが」
「条件?」
「そう、条件です。ご心配なさらず。難しいものではありません。『大賢者から青の書を受け取り、彷徨える庭から取り除いてやること』『私の今後に干渉しないこと』このふたつだけです。」
ここでまた、ライヤが温度を感じさせない笑みを刷いた。
「ね?簡単でしょう?私とともに庭の大賢者の庵に赴かれ、すでに眠りについている青の書をお受け取りくださるだけでいいのですから。これに同意してくださるのなら、庭へご招待いたしましょう。――……ずっとご覧になりたかったのでしょう?ハンスの愛した、彷徨える庭を」
「っ!」
「もちろん大賢者を解任するなど前代未聞ですからね。もしかしたら陛下の治世に響いてしまうかもしれない。ですから、拒絶されても構いませんよ。その代わり、森長殿と少年の安否も、黒の書の行方も、分からないままになりますが、ね」
「ヴァイゼ!?」
二人の非難や驚愕にも揺らがない。あくまでも淡々と、普段のライヤからすれば不自然なほど冷徹に言葉を継いでいく。
「もしかしたら、陛下がご心配なさる必要は何もないのかもしれません。森長殿なら、おひとりですべて対応し、もうすでに解決されていらっしゃるかもしれませんし、………あるいは、二人ともすでに黒の書に飲み込まれているかもしれませんが」
「なにを……!あなたは何を話しているのかわかっていて!?」
「もちろん、わかっております」
女王に向けられた視線には、やはり憐憫の色が浮かんでいた。
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