【5】 花祭りの式典 1
花祭り式典当日も、天宮殿は素晴らしい天気だった。
抜けるような青空とはよく言ったもので、澄み渡った空に薄く雲がたなびく様子は何ともいえず美しい。
地上に視線を転じれば、これぞ春爛漫、見事に花々が咲揃っていた。
今年の豊穣を今から予言するかのような命の芽吹きである。
「春の祭典である花祭りは、夜会ではなく園遊会が中心なのだそうですけれど、その意味がやっとわかりました」
うっとりと庭園を眺めているリアンが、夢心地に語る。リアンは今、庭園を見渡せる小さなテラスにいた。椅子と円卓が置かれ、数人が談笑できるようになっている。ここから庭園に出て行くことも可能だ。
リアンは椅子に浅く腰を掛けて、庭園を飽きず見ている。
「どんなに月夜が素晴らしくても、この芸術的な花の色までは映し出せませんもの」
そういうリアンも、美しい花の装いだった。
華やかな式典用の化粧が施されていたが、それも華美ではなくしっとりと上品だ。ほんのりと桜色に色付いた唇が男に柔らかく微笑みかける。
緩く結い上げられた銀の髪には小さな真珠の髪飾りが無数にちりばめられている。
瞳の色と同じ薄い水色を基調としたドレスは柔らかな光沢のある絹地で、そこかしこに銀糸で刺繍が施されていた。複雑に編み込まれたレースが襟元と袖口を飾り、まだ控え目な胸元には薄紅色の花が散らされている。細く絞られたウエストからふわりと優しく広がる裳裾までのラインは流れるようで、泉の清涼感を思い起こされる。
ただ、この装いは清らかさと同時に、どこか儚げな印象を与えた。細い身体がそう思わせるだけかもしれないが。
柔らかで落ち着いたリアンと並ぶ男もまた、式典に出るに相応しい正装だった。白と黒の色彩しか使われていないのでどうしても華やかさにかけるが、目立たないこととは別だ。男もまた人目を引く造形の持ち主である。
二人はいっそ見事なほどの好一対を見せていた。
涼しげな水を彷彿させる妹の隣にたたずみ、男は無意識に腹部に手を当てた。服の上から傷跡をなぞる。これを受けた時の衝撃は生半可なものではなかった。その時のことが無意識のうちに思い出され、それが表情に出てしまったらしい。
リアンがそんな兄の様子に気づいて、気遣わしげに覗いて来た。
「お兄様?」
「……ああ、隼人のことをな、考えていた」
「どうして傷を受けてしまったのか、お聞きしても?」
ためらいがちな問いかけにうなずく。
「黒の書は四書の中でも最も強い力を持っている。それが隼人の中に入ってきていて消化不良を起こしていた」
「それはどういう?」
「破壊衝動だ。――……黒の書が司る領域は「力」。適合者でなければ書が持つ力に飲み込まれる。……風船にひたすら空気を入れ続けるようなものさ。いつか必ず破裂する。体はそれから逃れようと、無理やり入ってくる書の力を外に出そうとするのさ」
「それが破壊衝動……」
「ああ。だが、あの子供はよほど矜持が高い。適当に書に引きずられて、適当に暴れていればあそこまで消耗することもなかったはずなのだが。どうもみずからの意思に反する行動は不服だったらしい。無理やり書の力を抑えようとしていた」
リアンがあえぎに似た嘆息を漏らす。
「かかる負担は相当のものだろう。……だったらガス抜きをしてやれば良い。そう考えた。抑える自信もあったしな。軽い気持ちで手合わせをしたのだが……」
そして男はその時の状況を詳しくリアンに語り出した。
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今回は分量が少な目なのですが、区切りのよいところで一端止めました。
相も変わらず、行間やら文字の大きさやら調整中です。そのうち納得のいく感じになったら全体のレイアウトを統一します。
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