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アリーツワの森  作者: momo
忌み人の名と四冊の禁書
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【4】 忌み人の思惑 3

 


 足音も高く入ってくる女王を、男はうんざりとした様子を隠しもせずに見やる。


 どこか得意げに男の眼の前に立つ女王は、装飾の類の一切ない、地味な色合いのドレスに身を包んでいた。ダンカンと同じく、お忍びであることを一応意識しているのだろう。ドレスに合わせて化粧も控え目だが、ご丁寧に被っている頭巾がなんとも怪しい。

 しかもドレスは何故か身体の線を誇張するもので、胸のあたりなどはちきれそうだ。


 このような色気の溢れる格好で、天宮殿の奥から近衛府の長官と歩いてやって来たのだろうか。想像するだに恐ろしい。悪目立ちもいいところだ。


 ただ、と投げやりに思う。

 救いがないわけではない。

 こんな変な格好の人物が最高権力者とは誰も思わないだろう。


 不遜なことに、男は女王に椅子を勧めることもせず、自分だけ長椅子に沈み込んでいた。リアンがいれば気を使って二人に勧めたのだろうが、彼女はダンカンと男との聞くに堪えない女王批判に呆れて、部屋を出てしまっている。

 そして今の男には、椅子を勧めるなどという気力は皆無だった。


 女王もまた気にしていないようだ。細い腰に手を当て、ずいと男に近寄る。


「せっかく心配してきてあげたのに。ずいぶんな物言いじゃない?」


「いらぬ世話だ。それにこんなことをしている暇があったら式典の準備でもしていろ」


 男の言葉にダンカンが深くうなずいている。だが女王は勝ち誇った笑みを浮かべた。


「おあいにく様。わたくしの仕事は当日までもうないの。雑多なことは全て、式部省が万事抜かりなくやってくれているわ」

「……ならばこそ、ふらふらせずに最高権力者らしい行動を取れ」

「取っているじゃない。王宮内で変事があったのですもの、最高権力者として事態を正確に把握する義務があるのよ」

「自ら出てくる必要がどこにある。人を使って知ればいいだろうが、馬鹿者」

「馬鹿ですって?大体何よ、あなたなんか……」



「お止めください陛下!森長殿も口が過ぎますぞ!」



 びりびりと壁が振動するようなダンカンの一喝に、二人は思わず顔を見合わせる。


 勃発しかけた口喧嘩を収めることに成功したダンカンはにやりと笑った。


「森長「殿」か、なかなか新鮮な響きだ」


「全くだな。お前に敬語を使われるなど、虫唾が走る」


 男もまた、笑みを浮かべた。

 ここでエルゼはやっとお忍びの目的を思い出した。

 今さらながら、相手を気遣う顔で問いかける。


「……それで、怪我はどうなの?顔色が悪いわ」


「医者には行ったんだろうな」


 心配そうなエルゼとダンカンだが、男はあっさりしたものだ。

 無言で上着を少しだけ上げて腹部を見せる。そこには真っ白な包帯がきっちりと巻かれていた。

 たとえ傷口は見えなくても、その痛々しい様子に女は柳眉をひそめる。


「大丈夫なの?」


「ああ、もう血は止まったし、式典には問題なく出られる」


 このとき、リアンが飲み物を持って現れた。

 男の腹部に巻かれた包帯が眼に入ったのだろう。一瞬動きが止まる。だがすぐに男の一瞥に気付き、瞬きひとつで冷静さを取り戻すと、そ知らぬ顔で卓上に茶器を並べて出て行った。


 その後姿を見送りながら、男が問う。


「誰にも見咎められずに戻ったと思っていたのだがな。どこで嗅ぎつけた?」


 これには女王とダンカンがそろって変な顔をする。


「どうした?」


 怪訝そうな男に、口をへの字に曲げたままダンカンが言い放った。


「ヴァイゼから手紙が届いてな。俺宛のものの中に陛下宛のものもあり、慌てて陛下に届けたんだが……」


 その時は単に珍しいこともあるものだと思っただけだったらしい。とはいえ、名ばかりとはいえ大賢者は大賢者である。すぐに女王の元に赴くと、二人で手紙の中身を確認して、そして仰天した。


「あなたが怪我をしたと書かれていたから、急いで駆けつけたのよ」


「……手紙?」


 ダンカンが懐からそれを取り出す。

 渡されて男はざっと眼を通した。

 そこには彷徨える庭で、森長が傷付いてしまったことを詫びる言葉が綴ってあった。

 ただし、誰がどのような経緯で男に傷を負わせたかは書かれていない。

 むしろ自分のふがいなさを切々と訴えている。男は最後の一節に眼を付けた。

 抜き出して読み上げる。


「――……『彷徨える庭でこのままゆるゆると朽ちていこうと思っておりましたが、森長殿が身を持って私の眼を覚まして下さいました。つきましては旅に出たいと思いますので、ヴァイゼの称号をお返しいたしたく……』……唐突だな」

 鼻で笑った。

「なかなか面白い、と言いたいところだが、当代の大賢者はあまり文才に恵まれなかったようだな。どうにも分脈のつながりが悪いし、説明になっていない」


 自分のことを言われたわけではないのに、ダンカンが傷付いた顔になる。


「ひどい奴だな。何もそこまで言わんでもいいだろう。問題なのは、文章の下手さなどではなく、何故ヴァイゼがこんな手紙を書いたか、ということだ」


 実際には窘めているはずのダンカンのほうがひどいことを言っているのだが、エルゼも男ももっともとうなずいている。

 もしも当人が聞けば、切なさに涙したことだろう。

 だがしかし、そのことを指摘するような人物はここにはいなかった。




ここまで読んで下さりありがとうございます。

明日も朝8時に投稿します。

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