始まりは潮の香り
「ウニだ!!ウニをくれ!!」
ウニが飛び交い、サンマとサンマが鱗飛び散らす戦場で、男は絶望していた。
「隊長!!形勢が最悪です!!撤退命令を!!隊長!!」
「くっ!!ダメだ!!ここで退いたら後陣に影響が……」
「そんな……!!嫌だ!!まだこんな所で……ウッ!」
パニックに陥った部下がウニのトゲに体を貫かれ、戦場の露と消える。
せめてもの手向けとそっとウニを抜いてやる。
入隊したばかりの甘ったれで、争い自体は大嫌いという奴だった。
だったらなんでここに来たんだという質問に、照れながら『大切な人のため』と答える、そんなバカは嫌いではなかった。
「くっ……」
戦場では、冷静さを欠いた者から死んでいく
俺自身のため……倒れた者の大切な人のために、ここで倒れたるわけにはいかなかった。
「3班生存者は集合しろ!!」
その声で気が逸れるのさえ、現状では最悪だろう。
かくいう俺さえ、そう叫びながらもウニを投げながらサンマを振るい続けている。
だが、数が多かろうが敵の腕は我々より劣る。
それも集中していれば、の話だが
「はぁっ!!」
心魂一魚、相手のサンマを右にはらい、死覚となった相手の左腹部に蹴りを放つ。
そこに何者かのサンマがとどめをさした。
「相変わらず見事なお手並みで」
軽口をたたきながらも、そいつはまた、新しい敵相手にサンマを振るう。
こいつに借りをつくるのは恐ろしい。そう思って、そいつの敵に不意の一撃を与える。
サンマが赤黒く染まる。
不意打ちを卑怯とは思わない。見抜けないほうが鍛錬が足りないだけだろう。
「お〜恐い恐い」
「ふん、これで借りは無しだ」
「へいへい」
その一人を境に敵側が一時的に退いていった。
恐らく、体勢を立て直し一斉掃討にかかるのだろう。
人海戦術は、確かに今の自分達には致命的な作戦……だが、おかげでこちらも体勢を直せる。
「3班、こっちだ」
「あいさー」
「軽口たたくな!他に生存者は?」
「いないっすね。自分と隊長だけっす」
「そうか……」
「他の班も同じようなもんすよ。全部で100も残ってりゃ奇跡っす」
先行部隊とはいえ、5000人で編成されたこの軍が……
「やっぱアレが効いたっすね。大半はあれで消えましたし」
そのアレとはカジキマグロだった。
我が軍でも完成してなかったそれに、気づいた時には味方の半数は倒れ、カジキマグロをなんとか刺身にした時には、さらに半数が倒れていた。
後は3倍以上の兵力差にやられ続けるだけだった。
名だたる精鋭の我が軍とて、流石にその兵力差には勝てず、こうして今の状況に至っている。
「くそっ!!」
「しゃ〜ないっすよ隊長、せめて俺達は1人でも多く仇を討ちましょ」
「……あぁ、そして必ず生きて帰るぞ」
いつもおちゃらけているこいつも、心の中では多くの仲間の死に血の涙を流しているのだろう。
俺に気を使い、いつものように調子は変えていないが、こいつはそういう奴だった。
「む?」
突然胸につけていた無線から連絡が入る。
先行軍を率いた将軍から、各班隊長に対してだった。
内容は至って簡単
もはや細かい指示のできる状態ではない。
が、今退くわけにはいかない。
少なくとも1時間相手を引き付ける必要がある。
だから、各班毎に個別に行動、最後の最後まで持ちこたえてくれ。だそうだ。
最後に『国のためとは言わない。諸君らの守るべきモノのために死んでくれ』という、将軍の悲痛な声に、この将軍も甘ったれだなと思う。
国のためにとは言わない……って、あんたの立場的には言っちゃいけないんじゃないか?
少なくとも俺は、その言葉のおかげで、この将軍の軍で良かったとは思えたが……
胸の無線をきって、顔を上げる。
俺の最後の部下は、さっきウニに倒れたあいつに手を合わせていた所だった。
「何ですって?隊長」
下を向いたまま、そいつが聞いてくる。
「各班毎に行動、1時間敵を引き付ける。だとさ」
「へっ、要するに死ねってことっしょ?上等でさぁ。お国のためになんとやらってね」
そいつの手が軽く震えているのを、見逃しはしなかった。
そして、それが仲間の死に対しての想いであろうことも予想はついた。
本当は、これでなかなか繊細な奴だった。
だからこそ、この言葉はこいつにかけるべきなのだろう。
仲間のために戦い続けたこいつにこそ。
「将軍からの通達だ『国のためにではなく大切なモノを守るために死ね』だとさ」
そう、この言葉こそこの場の兵に伝えるべきはずだ。
「……へ?」
言った意味が分からないのだろう。
当たり前だ。
国のための将たる者の言葉とは思えない。
本当なら、思っていなくても『国のために死ね』というべき立場なのだ。
しかし、だからこそ、その言葉は『大切なモノを守る者』の心に響く。
「へへっ……将軍も死を前にしておかしくなったんすかね」
下を向いていて分からないが、そいつは言葉ほど馬鹿にしてはいなかった。
「そう言われたら、やらなきゃ一人者にしか見えないじゃないっすか」
ふざけてみせる姿に歓喜が見えた。
その姿をみて思う。
あぁ、そうなのだ。と
「ふっ、軽口たたくな。装備を確認」
「へいへい、隊長は真面目なこって」
「一人者でないなら帰る必要があるだろう?生き残るために準備はしとけ」
らしくない俺の軽口にそいつが唖然とした。
そして、耐えきれないように笑いだす。
いいではないか。
将軍はきっとこんな気持ちだったのだ。
国なんて、どうでもいい。
ウニに倒れたアイツのように、戦う者は『大切な何か』を守るためにここに来たのだ。
「隊長、軽口慣れてないんだから無理しないほうがいいっすよ」
笑いを抑え、そいつがいう。
俺も口端を持ち上げ、そいつを見る。
「守るために、生き残れ」
「無理かもしれないけど頑張りましょうか。他ならぬ隊長の頼みですしねっと……!!隊長、あれを!!」
「どうし……!!」
血相を変えたそいつが指差した先には、優雅に天を泳ぐエイの大軍
まさか!敵側がここまで魚力を持っていたとは……!!!
「隊長」
「なんだ」
俺もそいつも、顔は何故か笑っている。
もしかしたら、すでに予想はしていたのかもしれない。
「カジキマグロならなんとかできましたけど、流石にエイは無理っすね〜」
「馬鹿言うな、根性でどうにかしろ」
「流石に攻撃範囲外っすよ」
言いながら、段々近づいてくる魚群を眺める。
「隊長」
「なんだ」
何を考えているのか、そいつは俯くと恥ずかしそうに言った。
「俺、あんたの部下で良かったっす」
あぁ、俺もその言葉が聞けただけで、お前が部下で良かったよ。
「さて……」
腰のサンマを確認する。
鱗がだいぶはげているが、脂はまだまだ衰えていない。
ウニも輝きは落ちたが、その鋭さは健在だ。
「エイ相手ですと、効きそうなのはウニくらいっすかね」
「そうだな、サンマよりはましだろう」
そいつも俺も、あくまで『生き残るため』に確認する。
『守るべきモノ』のために死にはしない。
「こっからは混戦だ。捕虜でもいいから生き残れよ」
「隊長、この場合は捕虜になるくらいなら死ねって場面すよ」
「ふん、そんな命令させられるのは御免被る」
エイに続いて歩兵、さらには幾匹かのカジキマグロも現れる。
それでも、生きて帰る希望に変わりはない。
おかしな話だ。絶望を感じるべき状況なのに
「行くぞ!!」
右手にサンマを
左手にウニを
そして俺達は、生きるために戦いを始めた。
なにしてんだろ、俺