5
「さあ、召し上がれ!」
白いテーブルクロスに真ん中に花瓶にバラを飾り、細かな細工が施されたイスが両側に四つ並んでいる。
テーブルの上には、様々な種類のクッキーにパイ、タルト、ケーキも並んでいた。紅茶のティーポット、カップも金色の縁取りに花の絵が描かれた綺麗なものだ。
テーブルに並ぶお菓子を見回したチェシャ猫が感心したような声をあげ、他にも連れてきた二人へと視線をめぐらす。
「これはすごいネ、アリス。今度は自信あるノ? 他にも呼んでいいっていうから、連れてきちゃったケド」
「ああー、忙しい。忙しい。アリス、ボクはねお茶なんか飲んでる場合じゃないんだ。早くしておくれよ。暇じゃないんだよ」
「んー……美味しそうな匂いだねぇ……アリス。……けど、眠いよ……眠くて眠くて、寝ちゃいそうだよ……」
蝶ネクタイに赤いジャケット、懐中時計を片手に時間を気にするのは白ウサギだ。
その白ウサギに膝を貸しているのが、やけにのんびりした口調で今にも寝てしまいそうな眠りネズミ。チェシャ猫と同じく人の形を取っており、灰色のフードとマントでどことなく魔女に近い服装だ。フードは脱いでおり、灰色の髪で色白、どこにでもいる少年といった印象を受ける。
眠りネズミは元の姿のままでは、テーブルに届かない為人の形をとった。だがその性質上、油断すると寝てしまう為白ウサギが膝に乗って言わば見張り役となったのだ。それを言い出したのは、帽子屋である。合格かどうかを決めるのは、自分の役目ではないと言いつつも、注がれた紅茶へと口を付けていた。
「ああ、ほら。寝るんじゃない。せっかく作ってくれたんだから、アリスに失礼だろ!」
ウサギが膝の上でぴょんぴょん跳ねると、ウサギの頭が眠りネズミの顎にガツンと音を立てて当たった。
さすがに痛くないのかとしばらく気にかけていたアリスだったが、どちらも気にした風もなければ痛がることもない。ここは魔女の森だ。そして彼らはその魔女に従う者達だ。そういうものだと思ってしまえば、いちいち驚くこともなくなる。
(そうじゃないと、心臓がもたないしね)
そう思うも、やはり心配でチェシャ猫にのカップへと紅茶を注ぎながら、そっと耳打ちする程度に問いかける。
「……ねえ、あの二人、大丈夫なの?」
「大丈夫って、何ガ?」
「なんか火に油というか、正反対な感じでしょう? 喧嘩とかしないの?」
ちらりとチェシャ猫も視線を動かし、ひらひらと片手を振って事もなげに言い放つ。
「あー、そういうコト。大丈夫、大丈夫。白ウサギはあれで面倒みてるし、眠りネズミも気にしてないからいいんダヨ」
眠りネズミの口許についてしまったジャムや、マントに零してしまった紅茶など、確かによく見ると文句を言いながらも白ウサギは世話を焼いている。当の眠りネズミは、礼や謝罪を言いつつ、次々と飛んでくる文句を聞いてないのか、それとも気にしていないのか、時折舟を漕ぎそうになっては顎に頭突きを食らっていた。
再びアリスはチェシャ猫へと視線を戻す。
「そういうものなの?」
「そうそう、そういうモノ。それじゃ、いただきまス。どれにしようかナァ」
そうまで言われたら、アリスが気にする必要はない。まずは自分のことだ。このお茶会に合格を賭けたのだから。
アリスは数歩下がった。後は祈るだけだ。
チェシャ猫がココアクッキーに手を伸ばす。口に運んで咀嚼し、飲み込む。ただそれだけのことが、見ているアリスにはやけに長く感じた。
早まった鼓動を数えること数十。チェシャ猫がカップへ口をつけ、ひと息つくと口を開いた。
「……――ウン、合格。美味しイ。作ってる時から今までと雰囲気違うなと思ってたけど、多分そこの帽子屋がなんかしたんでショ?」
チェシャ猫の言葉にアリスは安堵のあまりへたりこむ。
紅茶を飲みながらチェシャ猫はちらりと帽子屋へと視線を移す。当人は顔色を変えるでもなく、紅茶を啜り合格の言葉にカップを置けば、音もなく立ち上がった。へたりこんだアリスの傍へと歩み寄ると、右手を左胸あたりに当て帽子を取ると、丁寧に会釈する。
「それでは、アリス、予定通りハーディル様の館へご案内します」