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「ああぁぁ、もう! どうしろっていうのよ~~~!!」
甲高い金属音と共に、粉が風に乗り舞った。
今日も良い天気だ。雲ひとつない空に心地良い風。日向ぼっこには最適な、気持ちいい天候だがその真下にいるアリスは、真逆の雰囲気を醸しだしていた。
アリスの綺麗な金髪も白い粉にまみれ、ぺたりとその場にしゃがみこむ。周囲にはザルやボウル、泡立て器などの器具も散乱している。
パイ、クッキー、ケーキ、タルト、様々作ったがどれもこれも不合格となった。これ以上は何をどうしていいか、本当に分からない。
猫の姿で木の枝から見ていたチェシャ猫が、奇妙な節を付けてからかい混じりに歌う。
「あーア、ついにアリスが投げ出しタ。へっぽこアリス、へっぽこアリス。貧乏暮しに逆戻リ~」
「うるさい! バカ猫! どっか行って!」
「にゃー、また来るヨ~」
チェシャ猫は尻尾を振ると、音もなく枝から飛び降りこの場を後にした。
チェシャ猫の姿が見えなくなると、アリスは膝を抱える。お菓子作りには自信があった。そうでなければ、中々出来る条件ではない。魔法があるとはいえ、それはあくまで補助としてのものだ。出来上がったものがいきなり目の前に現れてくれる訳ではない。魔女ともなれば話は別かもしれないが、少なくともそんな楽な魔法自体も、それを扱う人間もアリスは知らない。
(……おばあ様、母様、ごめんなさい。あんなに色々教えてくれたのに……)
お菓子作りをアリスに教えたのは、母と祖母だ。廃屋同然だが、祖母が経営していた菓子店もある。
そもそも動機不純だったのかもしれない。明日の生活のためなんていう思惑で、誰かを助けようという自体、間違っているとしたら。だったらさっさとこんなこと辞めて、働き口でも探したほうが懸命だろうか。
じわりとアリスの視界が滲む。
「アリス、何をしているのですか?」
「あなたも私をバカにしに来たんでしょ、帽子屋さん」
ふいに顔を上げそうになるも、後方から掛かった声にアリスは動きを止めた。
「チェシャ猫と一緒にしないでください。それで、その小麦粉まみれの髪はどうしたのですか?」
「どうもしないわ。見ての通りよ」
誰とも、何も会話したくない。そんな気分だ。悔しくて、情けなくて。アリスはつい、突き放すような物言いをしてしまった。
突然、ぽんっと金髪を撫でられたかと思うと、ふわりと体が浮く。アリスは何度か瞬きをし、間近にある帽子屋の顔にようやく抱き上げられているのだと解る。続く浮遊感に首を巡らせれば、帽子屋がアリスを抱えたまま枝から枝を飛んで移動していた。
「え!? ちょっと、何するの!? 帽子屋さん!!」
「すぐ着きます」
帽子屋はそのままスッと音もなく地面へ降り立った。目の前には綺麗な小川、対岸には花畑が広がっていた。バンビやリス、蝶々、白ウサギの姿もある。
ゆっくりと地面へ下ろされ、アリスは帽子屋に手を引かれたままだ。
「水面を覗いてごらんなさい」
「……でも」
「いいから」
急かされるまま、アリスは水面を覗き込む。
ひどい顔だ。目の下にくまが出来て、水面に映った顔は少しやつれているようにさえ見えた。キッチンの傍の大木は、中が部屋になっている。ベッドがあったし、シャワーも浴びれた。多分あれも魔法によるものだと分かっているが、どういう仕組みかはアリスには分からなかった。
食べ物もキッチン周辺に用意されたお菓子に使う材料は、いつの間にか補充されていたし、必要ならチェシャ猫や帽子屋に言えば野菜や魚、肉も届けられた。
それらを忘れるほど没頭していたのはアリス自身だ。
「眉間にシワが寄って、なんて顔をしているんですか。ほら、顔を洗って。髪も梳きますね、ああ、その前に粉まみれのエプロンをどうにかしなけれれば」
困惑するアリスを尻目に問答無用と、帽子屋はせっせと世話を焼き始めた。