アナイス建国記余話…シリルの章
どこか飄々としたあの人のことを私は嫌いだった。
たぶん何事も彼を動じさせることもないだろうと思うと、いろんなことに一喜一憂する自分の性格が疎ましく思えて。
私は結構不器用な方だし、一応父親に似てそれなりに整った顔はしているものの際だった美人というわけでもなかったし、これといった特技もないし、おとなしいと評される、所謂暗い人間なのだと思う。
そんな私から見たら驚くほど彼は神に愛された、すべてに恵まれた人間だった。
太陽の如く光り輝く美貌と、優れた運動神経、武芸のセンス、人当たりのよい性格、賢い頭脳。
彼は恵まれている。そう思いながら私は物心ついたときから彼を眺めていた。
彼は恵まれている。それなのに、その恩寵を当たり前のこととしか彼は思っていなかった。彼は愛されるのが当たり前だった。誰からも優しくされるのが当たり前だった。すべてのものが彼の味方だった。
何事も彼を傷つけることはない。すべてのものが彼を愛するのは当然だし、彼はだから何を失っても次のものを手に入れることができる。だから、彼は何にも執着をしていなかった。彼に与えられる物理的なものはすべて外の人間に分け与えられた。私も分け与えられる方の人間だった。
私は彼のあらゆるものが羨ましかった。妬ましかった。その中でも最たるものは彼の幼なじみの少女の存在だった。
少女は彼より二つ年下だった。少女は私と同じ歳だった。
だけれど少女がいつもいるのは私の側ではなくて、彼の側だった。
私はその少女が結構好きだった。でも少女の笑顔も、時間も、何もかもが彼のためのものだった。
彼にとってはきっと少女すらも他の取り替えの効くものと同じなんだろう。そう思うと悔しくて。実際少女が他の家に奉公に行くために彼の前から消えても彼は何も変わらなかった。やっぱり飄々としていた。
彼に劇的な変化が訪れたのは、ずっと後。
すべてのものが彼の味方だといったけれど、たった一人だけ例外がいて、それは彼の父親だった。彼を愛していることは愛していたのかもしれないけれど、あの父にとって子供はある意味持ち駒めいたところがあった。
彼はずっと従順だった。飄々として何を失うことも大した問題ではない彼にとっては親に逆らう理由なんて存在しなかったから、彼はずっと従順だった。
その彼が初めて親に逆らったとき、彼はもう飄々としてはいなかった。
たぶんそれは彼にとって失いたくないものができた最初の時だったのだと思う。
その失いたくないものが何であるか、いくつか考えられて、私にはどれが正しいのか、全部が正しいのか、わからなかった。
だけど確実にそれは私ではなくて、それが私には悔しいとも思えたから、きっとずっと嫌いだと言い続けていたけど、本当は私は彼のことが好きだったんだろうなと気がついたそのとき、私は嫁ぎ先が決まっていた。
まあ、決まってなかったところで実の兄に告白することもできないけどね。