月下の出逢いに口付けを
「っっっあー! くっそ疲れたしーっ!」
大きく欠けた月の下。冷たい空気が清々しいその夜、ダウンタウンの古びたアパルトマンの一室で、白がかった金髪の青年――ローレックが大声で叫んだ。
「お疲れ様です。ふふ、確かに本物らしいですね。データばっちりです」
古びたソファに背中から倒れ込んだ部下に、小さな机でノートパソコンを弄っていた、青みがかった黒髪の美青年――アルフィリクは労いの言葉をかけた。今回は別件でついて行けなくて少々不安だったが、どうやらちゃんと言い付けた仕事をやり遂げてきたようだ。
「それでアルフィリク様、いつ動くんですか?」
目元まで隠す大きな帽子を脱ぎつつ、アルフィリクの手元を覗き込むのは、もう一人の部下であるマディタだ。
先程ローレックと一緒に帰ってきた彼は、一人で暴走しやすい仲間のストッパーをやったせいか幾分疲れているようだった。常から面倒臭そうに眉を下げている顔を、薄い疲労に染めている。
「そうですねぇ、とりあえずデータの暗号化を解くのが先決でしょう。結構手が込んでいますから、解読するのに何日か……場合によっては一週間ほど掛かるかもしれません」
彼らの間では、リーダーのアルフィリクが『仕事』の方針を決める役目を負っている。
ただしシゴトと言っても真っ当なものではない。何せアルフィリクたち三人は、巷では有名な泥棒なのだから。
泥棒と言えども、人様の家に忍び込んで金目のものをかっぱらうようなケチなものではない。彼らが狙うのは、専ら美術品や、魔導時代の希少なオーパーツなどだ。古い遺跡に侵入することもあれば、博物館から展示物を掠めてくることもある。……まあ、どっちみち非合法であることには変わりがないが。
初めは一匹狼だった彼らが出会ったのは、もう何年も前のことになる。警察内部の情報を得るため、わざと捕まって監獄に入れられていたアルフィリクが脱走する時、たまたま同じ監獄に入っていたローレックとマディタを連れて出てきたのが始まりだ。
あの日から紆余曲折あり、今ではローレックとマディタはアルフィリクを主として慕い、彼に付き従っている。双方共に腕は確かで、活動範囲が広がったことにはアルフィリクも満足していた。
そんな彼らの今回の獲物は、禁断の匣と呼ばれるエネルギーの永久循環装置だった。
およそ百年ほどの昔、「虹の眼」と呼ばれる一人の天才科学者の手で作り出され、そののち海深く沈められたと伝えられている、裏では有名なブツだ。
形状も定かではないが、小さな匣の中に膨大なエネルギーが封じられ、今も解放の時を待っていると言われている。何でも魔導時代の技術が使われているとかで、もしも事実ならば計り知れないほどの価値があった。
そして、今日ローレックとマディタが盗み出してきたのは、その在処に繋がる情報が詰まったデータチップである。隠れ家で別の作業をしつつ待機していたアルフィリクのもとにチップを持って帰り、これから改めてデータを洗い直す作業に入るのだ。
「アルフィリク様、小耳に挟んだんだが、俺たちがこのヤマを狙ってること、奴らも察知してるようだ」
「あいつらやたらと勘がいい上にしつこいからなー、邪魔が入らないうちに早めにカタつけた方が無難だと思うっしー」
二人が口々に言い募るのは、大陸間警察機構同盟――通称『リヴァイアサン』に所属する、とある警視と警部のことだった。
「ああ、また奴らですか。それは確かに鬱陶しいですねぇ」
ぱたんとパソコンを閉じたアルフィリクも、珍しくイヤそうな顔をした。
だって彼らはその二人に、それはもうばっちりと目を付けられているのだ。
何がそんなに気に食わないのか、それはもうしつこくしつこくしつこくしつこく追ってくる。これまで幾多の追跡網をかい潜り、逮捕を逃れてきていることが却って警戒される要因になっているのだろうが、追いかけられる方としてはたまったものではなかった。
しかもその警部たちはまだ二十代前半、自分たちと大して変わらない。そんな若さの彼らがこんな高位の座に就いているという分、実力も伊達ではないようで、逃げ損ねて危うく手錠をかけられそうになったことも一度や二度ではないのである。
「まあいいです、それなら僕もなるだけ解読を急ぐことにしましょう。……ですがその前に食事にしませんか? 今ならまだ、どこか開いているでしょうし」
「はい」
「アルさんアルさん、オレ肉食べたいっしー!」
にっこりと提案したアルフィリクの言葉に、二人も異論はないようだった。
自動で解析作業を続けているパソコンを起動させたまま、立ち上がったアルフィリクにローレックとマディタが続く。騒々しくドアが閉じられ、鍵のかかる音がした。
そうして話し声が遠ざかり、三人分の靴音が完全に聞こえなくなった頃。
――す、と部屋に影が差した。
壁の向こう側から音もなく伸びた手は、窓ガラスを丸く切り取り、手を差し込んで器用に鍵を開ける。
月光を遮ってするりと室内に入り込んできたのは、全身を黒に包んだ影だった。
口元を覆い隠す黒い布に加えて、膝まで包むようなロングコートを身に纏い、フードを目深に被っている。
ひどく細身なシルエットを持つその人間は、猫のようなしなやかさで静かに床に降り立った。誰もいない室内を一瞥すると、薄手の手袋を着けた手で置きっぱなしになっていたノートパソコンを開き、取り出したフロッピーを差し込んでカタカタと操作し始める。
細い指は惑うことなく動き、ほとんど間を置かず、ピーッ、という音が無機質に響く。侵入者が息を吐いて、吐き出されたフロッピーに手を伸ばした、その時。
――ぱんっ!
唐突に撃ち込まれた銃弾に、侵入者は咄嗟に飛び退き後ずさる。床が抉れて木屑を散らし、硝煙の匂いが立ち込めた。
「さて、そこで何をしているのですか?」
鍵のかかっていたはずのドア。
それに背を預けるようにして、アルフィリクが気配も纏わずに立っていた。
今銃声を立てたのは、彼の左手にあるリボルバーだろう。薄く煙が上がっている。
「大人しく吐くなら手荒な真似はしませんよ。さっさと投降なさい。次は当てます」
ふふ、と余裕の笑みを浮かべるアルフィリクの右手には三叉の槍。その後ろには、ローレックとマディタの姿もある。それぞれ油断なく銃を手にしていることから、侵入者は自分の存在がとうに気取られていたことを悟った。
――侵入者の足が、じりっ、と更に後退し。
そのまま勢いよく身を投げ出しざま、サイドボードを蹴り飛ばした。
「ちっ!」
アルフィリクが発砲するが、蹴られたものを避けるのに気を取られて狙いが逸れた。侵入者が懐に手を突っ込むと、取り出した何かを立て続けに投げつけてくる。
――ぼぼぼぼんっ!
『――っ!?』
驚愕の悲鳴が重なる。破裂音と共に、盛大な煙が吹き上げられた。防ぎ損ねたローレックとマディタがまともに煙幕弾の直撃を受けたらしく、激しく咳き込んでいる気配がする。
アルフィリクは直撃こそ避けられたものの、思わず怯んで動きを止める。その隙に、影は迷うことなく窓から身を躍らせた。
「な――っ!」
一体あの侵入者は、ここが何階だと思っているのか。アルフィリクは驚愕しつつも、慌てて窓へと駆けつける。
眼下に視線を落とすと、十数メートル下方にある隣家の屋根に危なげなく着地している侵入者の姿があった。追いつくのは不可能だとすぐに判じたものの黙って逃がすつもりもなく、一つ舌打ちして照準を合わせトリガーを引く。夜闇に響く乾いた銃声。空を切った弾丸はそれが放たれる直前に体勢を立て直し駆けだそうとしていた侵入者の身体を捉えることはできず、代わりに顔の半ばを覆うフードと覆面を引き裂いた。
剥がれ落ちた布切れが、ひらり、と夜風に舞う。
月明かりに晒された、侵入者の素顔を垣間見て、アルフィリクは刹那、息を呑んだ。
反射的にだろう、こちらを振り向いた侵入者と目が合ったのは一瞬。
すぐに踵を返して、侵入者は素早く駆け去ってしまった。死角に入った侵入者の影を追うことは、最早出来ない。
「アルフィリクさ~ん……?」
ようやく咳と涙が止まったらしいローレックが、情けなさそうに目を擦りながらやってきた。撒き散らされた粉塵で彼の全身は真っ白だ。マディタも似たような有様である。
「……すみません、逃がしました」
一拍置いて振り返り、アルフィリクは短くそう言った。パソコンをいじっていたマディタが僅かに眉を寄せて上司の方を見る。
「アルフィリク様、コピーを取られただけのようです。データはそのまま残っていました」
「あ、そーなん? んーじゃあアルフィリクさんマディっち、別に深入りしなくてもいーんじゃね? どっちみち顔も分かんねーんだもん、探しようがねーっし」
「ええ、そうですね……」
拍子抜けしたようなローレックの言葉に、アルフィリクもこくりと頷いた。
――ついさっき自分が見た素顔のことを仲間に教える気には、何故かなれなかった。
「アルフィリク様、さっきの奴、『リヴァイアサン』の所属員ということはないでしょうか」
ふと思い出したようにマディタが問いかける。アルフィリクは動揺したようにぴくりと眉を動かしたが、やや考えて首を横に振った。
「……いえ、それはないと思います」
「えー、なんで?」
「『あの二人』の回し者なら、データをコピーするなんて面倒なことはやりません。まず間違いなく、現物をそのまま盗って行くか、あるいは――」
そこで一旦言葉を区切って顔を顰めると、きょとんとしているマディタとローレックを見回してから、改めて続ける。
「――もっと直接的な手段に出ようとするか、ですね」
言うと同時にドアが吹き飛び、黒服の集団がなだれ込んできた。
――だだだだだだだだだっ!
即時反応して窓際に退避したアルフィリクたちは、素早く障害物を盾にして各々の銃を連射する。大して広くもない部屋を互いの銃弾が跳ね回り、足を止めて身構えた黒服たちの間から、黒髪と緑髪、二つの頭が顔を出した。
双方とも、かなりの若さの青年だった。一人は猛禽類を想わせる鋭い目つきの怜悧な青年。もう一人は、垂れ目が甘い印象を抱かせる、文句なしの美青年。
最早記憶を漁るまでもない。腐れ縁と化しつつある、『リヴァイアサン』所属のソリュート・ワイズ警部と、その直属上司であるイシュ・コラード警視だ。
「てめーら、性懲りもなくこんなとこまで追ってきやがって……!」
悔しそうに唸るローレックを見やり、黒髪――ソリュートが口の端を吊り上げる。
「それはこっちの台詞だよ、世界うろうろ漫遊団」
『なにその名称ッ!?』
あまりと言えばあまりの呼び名に思わずハモるアルフィリクたち。そんなコントチックなチーム名を名乗った覚えはない、念のため。
「節操もなく世界をうろうろする迷惑団体なんだろ。三人分も名前並べるのめんどくさいからトリオで固有名つけることにしたんだ」
「ソリュート、だからっていくらなんでもその名称で報告書出すのはオレもあんまりだと思うんだが……」
「あんたは黙ってて」
ぽそりと控えめにツッコんだ緑髪――イシュの顎に、振り向きもせずに繰り出された拳がヒットした。
イシュが無言でぶっ倒れるが、凛然と佇むソリュートの方は気にする素振りなど欠片も見せない。オレ上司なのに、と静かに涙ぐむイシュを、後ろの部下たちが必死で慰めていた。
「ふふ、ソリュート・ワイズ。本当にムカつく男ですね。飽きもせず僕らを追いかけて、そんなに仕事がないんですか?」
堂々と貶されて青筋を立てたアルフィリクが言い返すが、ソリュートは鼻で笑っただけだった。こいつとは幼少期とか前世とかで何かあったに違いない、だってもう、とことん反りが合わないのだ。
「ふん、そんなこと君たちに心配されるまでもないよ。君たちも毎度毎度御苦労様だよね。前々回に会ったのはヴェッタナム・シティだったっけ? その前はタリアラ、その前はイルナ川のど真ん中、それで今度はこのロウムタウンか。ほんと忙しそうだよね、あっちこっちとまあ。走り回るばかりの人生に疲れない?」
「うるせーっし! そっちこそ毎回毎回追いかけてきやがって、てめーらしつこすぎるっつーの!」
「残念ながら、僕らもこれが仕事なもんでね」
若き警部の言葉に次いで、後ろに控える部下たちが一斉に銃を構えた。アルフィリクたちの眉間に皺が寄る。
「この場所を突き止めるのには苦労したよ。忙しい君たちにもそろそろ長期休暇を取らせてあげようか。今すぐ降参すればギリギリ生かしておいてあげるよ?」
説得とも言えないほどわざとらしい挑発――会うたび思うのだが、なんだかこの男は隙あらば自分たちを抹殺しようとしているようにしか見えない――に、応じてやる理由は毛ほどもない。
「くく、ふふふふふ、こんな所まで一々出張ってくるんじゃありませんよ、この不良警官が!今度こそ全力で潰して差し上げます!!」
「その鬱陶しい面も、いい加減見飽きてきたんだよね。全速力で死ねよ電波!!」
両者の叫び声が、乱戦勃発の合図となった。
その日、ダウンタウンにある古いアパルトマンが一つ、跡形もなく消し飛んだ。
あまりの見事な破壊跡に、ガス爆発かはたまたテロかと数日新聞を賑わせたその事件の犯人は、未だ不明である。
※※※
歴史的な建物と音楽で有名な、観光客で賑わうロウムタウンの一隅。そこそこ人通りの多いその場所に、赤い縞模様の屋根で控えめに存在を主張する、小さなカフェがあった。
通りに面したオープンテラス。時間が半端なこともあり、冬の冷気に晒される椅子に、座っている客は一人だけだ。
僅かに白い湯気の立つカップを傍に置き、小型のノートパソコンをカタカタと弄っているのは、まだ若い、少女と言ってもいいような人物だった。
彼女はありふれた青いジーンズに白いジャケットを合わせ、丸っこいキャスケットを目深に被っている。黒縁の眼鏡の奥の双眸は凪いだ湖面のような水色で、柔らかそうな癖のある髪は日に透けて蜂蜜色に輝いていた。
黙々と作業に勤しむ少女の前に、ふっと影が差した。
「――何の用かしら?」
「……驚かないんですね」
少女の目の前に腰を下ろしたアルフィリクは、困ったように頭を掻いた。
通りの向こうから偶然、先日一度だけ顔を合わせた少女の姿を見つけ、迷いに迷った挙句にこういった登場を演出してみたのだが、相手はと言えば動じるどころか顔も上げてくれない。あれ、なんだか切ない気分になってきた。
「仕返しにでも来たわけ? このデータを盗られたことの」
キーボードを打つ手は止めないまま、緊張感なく少女は言う。アルフィリクは緩く首を横に振った。
「いいえ。そもそもあなたのことは、仲間にも話していませんしね」
アルフィリクは頬杖をついて、二日振りに見た少女の顔を眺める。二日振りと言ってもあの時は一瞬だけだったし、まじまじ見るのは実質これが初めてだ。
「仲間は今、一応あなたを探してはいますが、あなたが男か女かも知らないはずですよ。あなたの顔を見たことを、僕は言いませんでしたから」
少女がようやく顔を上げ、アルフィリクの顔を見た。
ぱっと見はどこにでもいる平凡な娘だが、よく見ればあどけない面差しに大きな瞳が目立つ綺麗な顔をしている。少女の動作にアルフィリクはこっそり小さな達成感を感じながら、その視線を受け止めた。
「酔狂なことするのね。何のために?」
「……あなたに興味を持ったので」
少し迷って、アルフィリクはそう言う。大分控えめな言葉だったが、もしも本心をそのまま告げたなら、彼女は直ちに自分の頭に椅子を叩き付けて帰ってしまうような気がした。
「…………」
少女は反応を決めかねたかのように数秒アルフィリクを見ていたが、やがて目を逸らしてカップを手に取る。冷めかけた中身を一気に呷り、ウェイトレスの方を向いて、綺麗な発音で「すいませーんホットココアお代わりー」と呼びかけた。
「……緊張感って知ってます……?」
「仲間が私を探してるって言ったよね。仕返しが目的なら、あんたがこんなところで私とダベってるのはまずいんじゃないの?」
「え? ……あ、ああ、それは大丈夫です」
再びパソコンに向かってしまった少女に、言葉に困っていたアルフィリクは早口で返した。ウェイトレスが注いでいったココアを少女が口に含む様子を、何となく目で追う。
「実は一昨日の夜、あなたが逃げた後でちょっとしたごたごたがありましてね。幸い誰も怪我せずに乗り切れたんですが、その時に例のデータチップが壊れてしまったんです。もう他所から手に入れることはできませんし、残ってるのはあなたの持っているものだけ……ということで」
手を伸ばして、かたんっ、とパソコンを脇に寄せ、アルフィリクは真っ直ぐ少女の目を見つめた。
「ものは相談ですが、あなた、僕たちと手を組みませんか?」
少女の水色の双眸が、アルフィリクの瞳とかち合った。
「こっちの仲間のことは心配しなくて結構です。リーダーは僕ですし、手が増えるのは素直にありがたい。それにあなた、腕は相当イイですね?」
あの夜、彼女は反撃しようと思えば出来たはずだ。だが少女は実際にはそれをせず、攻撃されてもただ逃げるに止めた。お陰でアルフィリクたちは傷一つ負っていない。
データだって、そのままチップごと持って行けば早かったものを、わざわざコピーという手間をかけ、原物はそのまま残していった。結構なお人好しである証拠だ。ならば一度言質さえ得てしまえば、彼女から裏切ることはまずしないだろう。
「その提案を受けた場合、私のメリットはあるの?」
「使える手が増える」
アルフィリクはあっさりと言った。
「僕たちと同じです。この一件、一人でやるにはちょっと大きすぎるんじゃありませんか? 勿論分け前は平等にするし、僕たちもあなたの邪魔にならない程度の自信はある。悪い話じゃないと思いますけどね」
少女はキーボードから指を放し、少し沈黙した。
底意を見定めるようにじっとアルフィリクの顔を見据える。それをアルフィリクは黙って受けた。
「――――私、とある『虹の眼の遺産』を探してるの」
時計の針が何周かした頃、少女は口を開いた。
「それは私がずっと昔に失くしたものを、取り返すために必要なものなの。今はどこにあるのか分からないけど、私はそれを探すために、今こうして泥棒なんてやってる。
今回、標的を手に入れて、もしもそれが私の探してるものじゃなかったなら、あんたたちにあげる。分け前はいらないわ。でも、もしも私の探してるものだったなら。どんな手段を使っても、私はそれを私のものにする。それが条件よ」
「構いません」
少女が自分たちを欺くかもしれないなどと、アルフィリクは考えなかった。考える必要などないことを彼はよく分かっていた。
迷うことなく頷いたアルフィリクに、少女は初めてふわりとした笑みを閃かせた。キーボードに手を伸ばし、カシッ、とエンターキーを押す。
「契約成立。じゃあ、仲間の所に案内してくれる? 手土産の準備もできたしね」
少女がパソコンから引き出したフロッピーには、たった今全ての暗号解読を終えたデータが詰まっている。それを軽く振ってみせ、にやりと笑った少女は変装用の伊達眼鏡を無造作に外した。
「まだ名乗ってなかったわね。私の名前はトキハよ」
「僕はアルフィリクです」
嬉しげに笑顔を浮かべ、アルフィリクは右手を差し出した。少女――トキハが応えて伸ばしてきた右手を握り、素早く引き寄せる。
握手だろうと予想していたらしいトキハが目を瞬かせるのを無視し、アルフィリクは見た目よりも更に華奢な少女の手の甲に唇を落とした。
「これから宜しくお願いしますね、トキハさん」
上目遣いに見上げた少女は、何故かビシリと固まっていた。泥棒なんてやってるわりには、強気な言動に似合わず大してスレてないらしい。
さて、己の胸を焦がす想いを、いつこの少女に告げてやろう。時間はまだある、焦らずまずは搦め手から。
瞳の奥で企みながら、アルフィリクは涼しい顔で笑ってみせた。
・トキハ(本宮鴇羽)
泥棒。実は百年前にこの世界に落とされた日本人。かつて『虹の眼』と呼ばれる天才科学者に保護されたは良いものの、うっかり彼の発明したアイテムの一つが誤作動を起こしてしまい、髪と目の色が変わったばかりか不老の体になってしまった。今は元の体に戻るため、そのアイテムと対になっているアイテムを探している。
・『虹の眼』
天才科学者。トキハを拾って保護したが、ほどなく行方を眩ませる。百年経った今になっても、きちんと死んだかどうかすら分からない謎の人。
・アルフィリク
泥棒。青みがかった黒髪の、一見人の良さそうな好青年。性格は歪んでいる。美術品好き。トキハに一目惚れしたらしい。
・ローレック
アルフィリクの仲間兼部下1。強いが頭脳労働が嫌いな、白がかった金髪の青年。
・マディタ
アルフィリクの仲間兼部下2。いつも大きな帽子を被っている、疲れることが嫌いな青年。
・ソリュート・ワイズ
大陸間警察機構同盟、通称『リヴァイアサン』の警部。アルフィリク一味担当。猛禽類を想わせる鋭い目つきの、黒髪の青年。アルフィリクと犬猿の仲。
・イシュ・コラード
大陸間警察機構同盟、通称『リヴァイアサン』の警視。アルフィリク一味担当。有能だが色々苦労性な、緑髪に垂れ目の青年。ソリュートの直属上司だが、よく殴られて泣いている。