ファーストインパクト
「リリリリリン・・・・リリリリリン・・・・」
事務所の黒電話が鳴った。
皆一斉に黒電話の方を見た。
FAXプリンター電話の複合機(最新の物)を導入したのにも関わらず、ナチが拾ってきた昔の黒電話を気に入り、電話は黒電話が鳴るようになっている。
元々携帯だけでやるつもりだったから、電話なんて要らなかったのだけれども、「上」から電話回線くらい引けという指令で電話をつけた。だから、電話なんて滅多に鳴らないところにきて、黒電話が鳴るのが妙にビクッとしてしまう様だった。
恐る恐る、シンゴが電話に出た。
「ハイ・・・もしもし」
「あの・・・RBNラボさんでしょうか?」
女性のか細い声にさらにドキッとした。
「はい、そうですが・・・どのようなご用件で・・・」
初めて鳴った事務所の電話に戸惑っているシンゴに変って、イチが電話に出る。
あまり事務所に居ないイチだが、最近はコンビニに働き者のアルバイトが入ったらしく、DVDショップだけ行っているので、昼間は大抵「RBN」で仕事をしている。
「お電話変りました、営業担当の桜井です。おはな・・・・」
「ふふ・・・桜井さん、久しぶり!」
「え?だれ?」
「忘れられちゃたのかなー。悲しいなー」
「真美ちゃん・・・」
電話機を握り締めたままイチは固まってしまった。
電話の主はあの真美であった。
オーナー(墨東親分)の話では、2年前のあの事件の後、真美は猛勉強をして、国立の大学に見事合格した。
今では事件など無かったかのように毎日、コンパにサークルに勉強に大忙しで楽しんでいるとのことだった。イチも事件以来、「巻舌一家」の盃をもらい挨拶と新しい仕事、また「RBN」の立ち上げなどで、忙しかったので真美とは全く連絡を取っていなかった。
ただ、それとなくオーナーからは真美と明の近況を聞いていたので、元気で居る事は知っていた。
少し戸惑ったが、真美が少し大人になったせいか、会話はスムーズに進んだ。
この春、真美は大学に、明は高校へ入学して今はサークルに部活に忙しいらしい。そして、この番号はどこで聞いたのかと尋ねると、以外にも「お父さんから」という答えが返ってきた。(あのタヌキ親父め)と心の中で毒づいた。勿論真美は「スハダクラブ」のことは知らないだろうが、なんだか、いけないことを隠しているような子供のような心境になった。
「ちょっと、時間作ってもらっていーですか?」
と真美が言ってきた。
変な期待が少しあったけど、今はイチの中では昔抱いた真美への恋心は無くなっていた。正確には、盃をもらった時点で捨てた。いち組員が親分の実子に手をだすなど、この世界で考えられない事だからだ。
「いーよ。」
と言って、時間と場所を決めて電話を切った。
「真美ちゃんって、あの真美ちゃんか?」
シンゴがすかさず聞いた。
「うん。あの真美ちゃんだよ。」
「なんでここの番号が解ったんだ?」
「お父さんに聞いたんだってさ」
「でたよ。あの親分様は何考えてんだかな」
シンゴとイチのやり取りを優しい笑顔で見守っていたナチが口を開いた。
「でもさ、イチ。解ってるよね♪」
「解ってる。用件だけ聞いてすぐ帰ってくる。」
とだけ言い残して、イチはさっさと着替えて、行ってしまった。
イチはいつものスーツでも、作業着でもなく、お気に入りの黒のパンツに細身のシャツを着こなし、最後にハットまで被って行った。どう見ても浮かれている。
待ち合わせ場所は、葛西駅のスターバックス。真美の家の最寄り駅だった。
以前のように、こそこそ会う事もなく日中堂々と待ち合わせした。何よりもイチの行動はオーナーには何でもお見通しだからだ。
木場駅から東西線に乗り4駅目。
パスモを改札に通すと、イチは自分のiphoneから[Beastie boys]の[Hello Nasty]というアルバムを呼び出し、イヤホンを耳にジャックインした。気分が複雑な時はこんな曲でテンションを上げる。
葛西駅に着くと目的地のスターバックスに入った。イチは初めて入ったので注文の仕方がよく解らなかったけど、コーヒーを一杯とパンをなんとか注文して窓際の駅が見える席に座って待つ事にした。
気分を落ち着かせる為、ゆっくりとコーヒーを啜った。あの時お茶を啜ったように。
イチの脳裏には「桃源楼」での話し合いが蘇った。横浜の「桃源楼」では、衝撃の事実の連続だった。
オーナーは、真美の親父は関東最大勢力「菊川会」の会長だった。そして、全てオーナーの手の内にあった自分達。不思議と腹は立たなかった。それより、自分達の無力感が全身の力を奪っていった。
そんな事を思い出しながらコーヒーを啜っていると、駅のほうからこちらに向かってくる一人の女性に目を奪われた。真美だ。
白いTシャツにショートパンツに黒の薄いストッキング、髪はショートボブで黒。
店内に入ってきて、一通りオーダーを終えると、注文の品物が乗ったトレーを持って、辺りをきょろきょろと見回した。イチはさりげなく手を挙げて見せたが、明らかに目が泳いでいた。
真美はそんなイチを発見すると、笑顔で近づいてきて、スマートに席に着いた。
やや濃い目だが、綺麗に整った顔をさらに強調するメイクは真美を一層大人に魅せた。
大学生になったとはいえ、まだ10代なのに17歳の高校生の頃とは大違いだ。女の成長は早い。
そんなことに関心していると真美が言った。
「久しぶり!いきなり電話で呼び出してゴメンネ」
「ああ、うん。大丈夫」
イチはまるで初恋の人と対面しているかのような緊張であった。
手に汗がにじんだが必死で隠した。
お互いの近況を少し語り合い、コーヒーをゆっくり飲んだ。すると真美が言った。
「さて、もう少し時間大丈夫?」
「うん、どこ行くの?」
「少し散歩しよ」
2人は店を出て、真美のあとに続く形で歩いた。
駅から少し離れた公園について、ベンチにゆっくりと腰をかけた。まるでデートだ。
少しして真美が深刻な顔になって言った。
「実は頼みごとがあるの」
友達が行方不明だ。
最近近所に新しい美容院ができた。そこの美容師が真美と同じ歳でとても気が合い、いつも指名して頼んでいた。
2人はお互いの番号を交換し、プライベートでもよく遊ぶ仲になっていた。
高校生の時に酷い事件に遭い、引きこもりが続いて、猛勉強の末大学に入学した真美。
福島県出身で、地元の高校を卒業して美容師を夢見て、東京に出てきた亜美。
2人はすぐに打ち解けた。
真美は亜美の店に行くたびに、亜美の悩みなどを聞いたり、逆に真美の悩みを相談したりして、仕事が終わると、近くのカフェで夜中まで過ごすという日が月に2日はあった。
そんな亜美は店の先輩の男性美容師と交際していて「お兄ちゃん」と呼びとても慕っていたし、とても2人は仲が良かった。
ある日、真美がいつものように予約をして、美容室に行くと、従業員の女性から2人が3日間無断欠勤で連絡が取れないということを聞いた。
真美は色々な可能性を考えたが、とても心配になり、断られる覚悟でRBNに電話をした。
「お願いします。2人を探して」
「俺たちはリサイクル屋だよ。探偵じゃないから無理だ」
と断ったが、真美は負けなかった。
「昔は助けてくれたじゃん。パパも桜井さん達に頼めって言って電話番号教えてくれたんだよ。」
イチは思った。
(とことん娘に弱い親父だ。そして、そのわがままを断れなかったから、俺たちに面倒を振ったな。
でも、上の命令だ。受けるしかない。
どうせ、ただの駆け落ちかなにかだろう。)
「解った。みんなに相談してみるよ。その二人の特徴を教えて。」
「うん!ありがとう。」
と言って真美は携帯の写真を見せてきた。
そのデータをイチに送ろうとした時、真美はなにやら複雑な表情で言い直した。
「桜井さん携帯変えたでしょ。番号教えてくれなかったよね」
「あ、うん。忙しくてね」
まさか、自分の恋心に蓋をして忘れる為とは言えない。
「もし、嫌なら真美がまた事務所に電話する」
「あ、嫌とかじゃなくて・・・交換しよ」
真美はパッと明るい笑顔で
「ありがと!」
と言ってお互いの番号を交換した。
イチは激しく後悔したが、激しく嬉しかった。とんでもない感情の流れを悟られないように、無理にクールに装いながら
「じゃあ、仕事だから」
といって、葛西駅へ小走りで向かった。