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第六話  陽のあたる場所(前編)

 メルト・タウンを出発してから三日後の昼。

 オレとサーラはあれから一度もモンスターに襲われることなく、フロート・シティに辿り着いていた。


 もちろん、普通ならここに着くまでモンスターの襲撃がまったくないなんてことはありえない。

 察しのいい人間なら予想できると思うが、実はサーラがモンスターや魔族といった存在を近づかせない<退魔結界陣ホーリー・フィールド>という術を使ったのだ。


 それにしても、この術を使えるのなら、初日から使って欲しかったと思うのはオレだけだろうか。そうすればあの夜、エビルオークの襲撃を受けずにすんだのに、と。


 ちなみにオレはいま、フロート・シティに住んでいる『とある知り合い』のところに向かっていた。隣にサーラはいない。なんでも、切らしていたという薬草を買いに行くのだとか。

 どうやら彼女、薬草は本当に切らしていたらしい。オレはあれ、嘘だとばかり思っていたのだが……。


 とっさの戦闘にも慌てない精神の強さを持っていたり、あんな強い『気』を出せたりと、サーラは僧侶としてだけでなく、冒険者としても一流の実力を持っていると思ったのだが、どうやらその見解は少し改める必要がありそうだった。


 『とある知り合い』のところに向かう間、オレはしばし自分の思考に没頭する。考えているのはあの夜に感じた『強烈な殺気』のことだ。

 あの翌日の夜も、オレはそれに似た殺気を感じて目を覚ましていた。さらにその次の日の夜にも、だ。


 メルト・タウンを出発した夜以降はサーラが<退魔結界陣ホーリー・フィールド>を使っていたのだから、あれがモンスターの放つ殺気、というのはありえない。

 少し間の抜けたところがサーラにはあるから、あの術を完璧に使いこなせていなかったという可能性もあるにはあるが、おそらくそれはないだろうとオレは思っている。

 彼女は確かに性格的に抜けている部分はあるが、その実力は一流だ。大体、<退魔結界陣ホーリー・フィールド>は僧侶にとって初級の術だし、あれを使いこなせないようでは放浪癖があるから、などという理由で一人旅なんて出来るはずもない。


 さらに注目すべきは、あの殺気、日を追うごとに弱くなってきているのだ。

 初日はそれこそ、眠っていても跳ね起きるくらいの圧力を感じたのに、その次の日にはその圧力が、少しではあるものの確かに弱まっていた。ではその翌日は、というのは言わずもがな、だろう。


 実は、夜毎に殺気を向けられる理由も、それが一日ごとに弱まっているのがなぜなのかも、オレには大体見当がついていた。おそらくは――


「――って、またか……」


 ちょっとウンザリ気味に呟く。理由に見当がついていたところで、毎日毎日殺気を向けられるのは、やはり気持ちのいいものではない。当然のように昨夜よりもその圧力が弱まっていても、だ。


 しかし、こんな昼間に来るとは思わなかった。メルト・タウンを発ってからというもの、この殺気を感じるのは必ず夜――それも眠りに落ちてからだったから。

 向けられている『気』の質は夜毎のそれとすごく似ている。同じといってもいいだろう。つまり、夜に狙ってくる人間とは違う、別の誰かが殺気を向けてきているという可能性は限りなく低い。

 それにオレとしては、その可能性は出来る限り考えたくなかった。確かにオレは裏組織の人間だが、複数の人間の恨みを買っているとは当然、思いたくなんかない。まあ、心当たりはなくもないけどさ、それでも殺されるほどの恨みをたくさん買っていることは……。


 嘆息した次の瞬間、彼方から蒼白い光の波動がオレに向かって飛び来る!


「――くっ!?」


 なんとかバックステップしてかわしたものの……。おいおい、シャレになってないぞ。いまのはおそらく、当たったものの精神を破壊する白魔術、<精神滅裂波ホーリー・ブラスト>。

 かわせていなければ、オレは間違いなく死んでいただろう。


 結果を見届けるつもりはなかったのだろうか、襲撃者はもう去ってしまったようだった。波動の飛んできた方向から『気』をまったく感じられないのがその証拠。


 それにしても――


「おそらく殺気を向けてきているのはクラフェルなんだろうけど、やめてほしいよなぁ……」


 先ほどとは比べものにならないくらいに、深く嘆息。


 おそらくクラフェルは、メルト・タウンでオレがサーラの家に侵入しようとした日から今日に至るまで、ずっとオレを監視していたのだろう。もちろんこれからもそうするつもりに違いない。


 そもそも、あの日にオレはサーラを殺すつもりだった。けれどあっさり撃退(?)され、成り行きで彼女とここまで旅をすることになった。そう。殺しのターゲットであるはずのサーラと、だ。


 詳しい理由を知らずにクラフェルがオレとサーラの道中を監視していたのだとすれば、そりゃ、彼の目にはオレが任務を放棄しようとしているようにも映るだろう。でもって、裏世界のことをサーラに話されないように、とクラフェルがオレを殺そうとしていても、まあ、それほど不自然なことじゃない。

 さらに、だ。ここ何日かのオレたちを見ていれば、オレにサーラを殺す意志がなくなったわけではないこともまた、察せるだろう。それなら向けてくる殺気も日々弱くもなり、オレを殺そうとするのにもためらいが出てくるはず。


 でも、実際に攻撃してくるのは、もう少し待ってくれないものかなぁ……。オレとしては、ちゃんと借りを返したらサーラを殺すつもりでいるんだから。勘違いでクラフェルに殺されようものなら、それこそシャレにならない。


 オレはもう一度深く嘆息して、『とある知り合い』の家に向かって歩を進めるのだった。



 コンコン、とオレのノックの音が響く。

 こぢんまりとした一軒家の前で待つことしばし、


「はい、どなたですか?」


 誰何すいかの声と共に家の扉が開いた。中から出てきたのは、緑色の髪をツインテールにした可愛らしい顔立ちの少女。歳は確か今年で13だったっけか。――あ、いまのは客観的事実を述べただけで、オレがそういう趣味だというわけでは断じてない。


「あ、ファルカスさん! お久しぶりですっ!」


 テンション高く挨拶してくる彼女――エレン・ファムレンに、オレは手を上げてフランクに応える。


「よっ。久しぶり、エレン。――デルクはいるか?」


「はい。いまは仕事部屋に。――あっ、すぐに呼んできますね。それはもう、全速力で!」


 エレンは、扉の前で突っ立っているオレにすぐさま背を向けて、奥の部屋へと走っていった。……オレはどうするべきだろうか。家に入ってもいいのだろうか、それともここで待ってるべき……?


 ちょっと途方に暮れていると、思い出したようにエレンがこちらに戻ってきて、


「あっ! すみません! どうぞ入って待っててください! それはもう、奥のほうまでずずいっと!」


「あ、ああ……」


 少し赤面してビシッと奥のほうを指差すエレンに、オレはちょっと引いてしまう。ちなみに、彼女の指は飾り気のない壁を差していた。あれって、部屋と部屋を隔てる壁じゃなくて、家と外を隔てている壁だよな。もしかして、これは暗に『帰れ』って言われてるのか?


 ……うん、まあ、深く考えずにとりあえず上がらせてもらうとしよう。ちなみに、デルクが応対に出てくると、大抵、開口一番で『帰れ』と言われるのだが、それはここだけの秘密としておく。

 そのときにオレが『勝手知ったる他人の家』とばかりにムリヤリ上がりこんで、おまけに飲み物の一杯も勝手に頂いているのも、ここだけの秘密だ。うん。


 オレはとりあえずエレンの言葉に甘えて、後ろ手に扉を閉めて家に上がらせてもらう。そのままテーブルのイスに腰掛けてしまったのは、まあ、いつものクセというやつだ。


 エレンはオレがイスに腰掛けたところで、


「じゃ、じゃあ呼んできますねっ!」


 と奥の部屋へと消えていった。……本当、テンションの高い娘だ……。


『ほら! ファルカスさんが来てるんだから! 早く!』


『おい、待てエレン。ファルカスが来てるから行きたくな――ああ、わかったよ。行く。行くから』


 そんな会話がテーブルについているオレの耳にも入ってきた。……あいつ、そんなにオレに会いたくないのか。まあ、別にショックを受けるようなことでもないけどさ。


「お待たせしましたっ!」


 エレンが不機嫌そうな表情をしたデルクの腕を引っ張ってこちらにやってくる。相も変わらずテンション高く。


「一体なにしに来たんだ? ファルカス?」


 面倒くさそうに尋ねてくる、この家の主である鑑定士――デルク・ファムレン。38歳。


「一応言っておくが、俺は考古学者だからな。物品の鑑定は考古学の一環でやっているだけだぞ」


「おお、まるでオレの心の中を読んだかのような発言だな、デルク」


 まるでオレの心の中を読んだようにすら感じられるデルクのセリフを、しかしオレはあっさりと流した。だって、オレたちは顔を合わせるたびに必ずこのやりとりから会話を始めているのだから。


「――で、今日は一体なんの用なんだ?」


 紅茶を淹れますね、とエレンが台所に向かったところで、テーブルについて改めて用向きを尋ねてくるデルク。メガネを中指で上げる仕草が彼の神経質そうな顔立ちと見事にマッチしていた。


「いや、な。ちょっと鑑定してもらいたいものがあってさ」


 いきなりデルクが嘆息する。まったく、客人の目の前で失礼なヤツだ。


「どうせお前のことだ。それだけってわけじゃないんだろう?」


「ああ。価値が少しでもあるんなら、王室に売らせてもらおうかなー、と」


 彼はしばし沈黙したのち、エレンと同じ緑色の髪を掻きながら、


「……お前、俺のことを便利屋かなにかと勘違いしてないか?」


「してないしてない。いや、実際な、王室に繋がりのある人間って本当、貴重なんだよ。ほら、魔法の品ってさ、大抵の場合は高値で取り引きされるだろ? 適当な一般人に売りつけるってのはすごく難しいんだよな。タチの悪い魔法の品だと、店でも買ってくれないことがあるしさ。だから裏世界以外では王室に買ってもらうのが一番なんだ」


「それは何度も聞いたよ。でもって、裏世界にいるお前が王室に売りに行くわけにもいかない。だから考古学の研究をしていて、王室のお抱えになっている俺に売ってきて欲しい、と」


「まあ、そういうことだな。――そうしかめっ面するなよ。売ってできた金の1割は毎回、ちゃんとお前に渡してるじゃないか」


 オレの言葉に、やはりしかめっ面のまま脚を組むデルク。


「……やっぱりお前、俺のこと便利屋かなにかと思ってないか?」


「だから思ってないって。――あ、ほら、エレン戻ってきたぞ」


 それを聞くやいなや、彼は表情を和らげた。こいつは本当に……。


「お待たせしました。ファルカスさん、おじいちゃん」


 驚く人間もいるだろう。よく勘違いされるようだが、エレンはデルクの娘ではない。孫娘である。つまりデルクも親バカではなく――


「お前って、本当にじじバカだよなぁ……」


 エレンが出してくれた紅茶をストレートで口に含み、オレはポツリとそうつぶやいた。


「爺バカとはなんだ」


 同じくカップを持ち上げながら、デルク。……爺バカは爺バカだよ。


「大体お前、いくつで結婚して子供作ってんだよ。おまけにその子供はいつエレンを生んだんだ」


 もはや呆れながら問うオレ。ちなみにこの質問、オレはこいつに会うたびにしていたりする。しかし返ってくる答えは決まって、


「それは、秘密だ」


 これである。さらに突っ込んで訊くと『女性にとって謎は魅力になるんだぞ。秘密が多いほうが輝いて見えるんだ』などというふざけた返答をしてくるのだ、こいつは。大体、お前は男だろう。


「それでファルカスさん、今日はどんなご用事ですか?」


 テーブルについてカップを両手で包み込むようにしながら、エレンが問うてくる。それにオレは荷物袋をごそごそとやってから、


「ちょっとこれをデルクに鑑定してもらいたくてな」


 サーラの家でも出した真っ黒な剣である。オレはこれを金に換えたいのだ。


「……これ、呪われてるんじゃありません?」


 さすがに引きつった表情になるエレン。デルクも再度、顔をしかめて、


「おい。これはちょっと禍々しすぎるぞ、ファルカス。こんなもの俺ん家に持ってくるな」


 ずいぶんな言われようである。まあ、禍々しいという点に関しては、オレも同感だったりするのだけれど。


「そんなこと言わずに鑑定してくれよ~。オレのサイフ空っぽでさ、今日中に金を作らないとマズいんだ」


「……一体、なにに使ったんだ? お前がムダ遣いするとも思えんし」


「ああ、それがな。…………。すまん、ちょっと言えない」


 それを聞くと、デルクはカップの中身を空にして、テーブルに置き、


「裏世界関連、か? それなら俺たちは知らないほうがいいな」


「まあ、当たらずとも遠からずってところだな。とりあえず訊かないでくれるのは助かる」


 人を殺すために他人の家に侵入して、返り討ちにあったうえサイフを落とした、なんて言いたくはないし。


「じゃあ、早いところ鑑定するとしよう。どうせ終わるまで帰らないつもりだろう、お前?」


「そりゃ、それが目的だからな」


 やれやれ、という感じで首を振り、デルクが立ち上がる。そして自分の部屋へと足を向け――


「そうだ。エレンに変なことしたら承知しないぞ」


「誰がするか!」


「おじいちゃん!」


 オレにだけでなくエレンにまで怒鳴られ、かなり落ち込み気味に自室へと入っていくデルク。まったく、変なことを言うから……。

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