第二話 にぎやかな部屋(前編)
メルト・タウンは元は池だった噴水を囲むように次々と家が建っていった、円形の町だ。なので当然、町の中央にある噴水から離れている家ほど新しい。もっともこの町の拡大は十数年前に収まったらしいが。
噴水の周りには自然と多くの人間と、露店が集まっていた。情報集めには恰好の場所。
で、俺がここに来た理由もやはり、ある情報を得るためだった。
その情報とは……
「あの、すみません。この町に魔法医っています?」
実はオレは回復系の魔術が使えなかったりする。――というよりも、覚えなかったのだ。というのも、怪我さえしなければ回復呪文なんて要らない、学ぶだけ時間の無駄、という考え方がオレの中にあったりするからなのだが。
このぶんだと覚えておいて損はないかもな。回復呪文……。
それはそれとして、オレの質問に返答を返してくれたのはやや遠目に見えるおっさんだった。
「おお、いるとも」
それを皮切りに、あちこちからどうでもいいことまで飛んでくる。
いわく、魔法医は若い女性。いわく、町の最南端にぽつんと建つ一軒家に住んでいる。いわく、放浪癖があるものの、ここしばらくは町で普通に暮らしている。いわく、その魔法医には弟子がいる。いわく、すごい腕前を持っている。いわく、患者から金を取らない、女神のような少女。いわく、この町にはその少女以外の魔法医はいない。いわく……ああ、もういい加減聞くのも疲れてきた……。
なので。
「飛行翼っ!」
オレは高速飛行の術で噴水をあとにしたのだった――。
そしていま、オレは呆然と魔法医の家を眺めている。そう、昨夜も訪れた、この二階建ての家を。
「よりによって、なんでここが魔法医の家なんだよ……」
他の魔法医はいないということもあり、脱力してその場に座り込むオレ。
しかし、いつまでも座り込んでるわけにも……いかないよなぁ……。
立ち上がり、ドアノッカーに手をかける。
コンコン。
……………………。
……まだか?
コンコン!
少し強めにノックするオレ。すると、勢いよくドアがこちら側に向かって開き、
「――ぶっ!?」
無様にも後ろに倒れ込んでしまった。痛たたた……。
「――あの、なにを転がっていらっしゃるんですか?」
言ってオレの顔を覗き込んできたのは赤毛の少女だった。歳は17~18、といったところだろうか。
お前がやったんだろうが、とは突っ込まず、オレは黙って立ち上がる。それから作り笑いを浮かべて、
「えーと……、あなたがここの魔法医?」
「え? いえいえ、違いますよ。私はサーラ先生の弟子、カレン・レクトアールという者です」
そういえば魔法医には弟子がいると聞いたような……。しかし、
「あの、カレンさん。ひとつ訊きたいんだが」
「はいはい、なんでしょう?」
オレは口調をいつも通りのものに戻し、カレンに尋ねた。
「あんた、なんで特定の人間の弟子なんてやってるんだ?」
魔術がひとつの学問として扱われているこの世界には、魔術を学べる『魔道教習センター』という施設がどの町にも存在する。もちろん、このメルト・タウンだって例外じゃない。
正直なところ、この施設で学んだほうが、誰かの弟子になるよりもずっとスムーズに魔術を教えてもらうことができる。つまり誰かの弟子になるというのは、僧侶や魔道士を目指す者にとっては、基本、遠回りにしかならないのだ。
オレの疑問にカレンは苦笑してみせる。
「サーラ先生のほうがセンターの教員よりも教え方が上手なんですよ。けど先生は大勢の前で教えるのが少々苦手だそうでして……。だからひとりふたりの人間しか先生には教われないんです。――いま先生の下で学んでいるのは私だけですね。一年ほど前まではヴァルフさんもいらっしゃったんですけど……」
「ヴァルフさん?」
「あ、ヴァルフ・ガンダルシアさんという方です。私の兄弟子、といったところでしょうか」
言って少し頬を赤らめるカレン。それに気づきはしたが、特にオレが指摘することでもないだろうと思い、とりあえず流すことにした。
「それで、魔法医は――」
「あっ、すみません。長々と話してしまって。患者さん、ですよね。ようこそっ!」
ぺこりっ、と頭を下げるカレン。しかし『ようこそ』って、こういう場所で言うものだろうか……。違うよな。魔法医のところを訪れた怪我人に『ようこそ』なんて、普通は言わないよな……。
「サーラ先生は中にいらっしゃいますよ。入ってすぐ左にある部屋です。――じゃあ私はちょっと薬草を届けてこなければならないので、これで」
言って小走りに去っていくカレン。再び家のほうに向いたとき、視界の隅で彼女がすっ転んでいたが、オレは無視して家に入ることにするのだった。
なんてこった!
第二話でもヒロインの登場までいけなかった!!
でも次回は!
次の話でこそは登場しますので!