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第十四話 夜明けの大地(後編)

 剣に血が滴ったのは、振り下ろす前のことだった。


 ――なんで……?


 オレが剣を振り下ろすのを止めた人間――サーラは、つま先立ってオレを後ろから包むように刀身を握っていた。この場にそぐわぬ優しい、穏やかな表情で。


「どうし――」


「もう、やめようよ。ファルカス」


 感情にまみれたオレの問いをさえぎり、サーラが言葉を紡ぐ。


「『暗闇の牙』の人間が殺されたって、悲しくもなんともないけどさ。ううん、わたしだって殺してやりたいって思うけど、さ。それでも……それでも、こんなことをしたって、なんにもならない。無意味にファルカスの心が傷つくだけだよ……」


 指先から血を滴らせながら、サーラは続ける。


「ファルカスは知ってるでしょ? 人を殺す恐ろしさ――自分の心が闇に染まっていく恐怖を……」


 サーラをふりほどいて剣を振るうことも、出来なくはなかった。しかし、そうする気には、なぜか、なれなかった。なぜかは――自分でもわからない。


 けれど――。


「――行けよ。とっとと」


 オレのセリフにクラフェルが一歩、退った。


「もう二度とオレの前に現われるな! オレの気が変わらないうちにとっとと、どこかに消えろ!」


 びくっ! と身をすくませるとクラフェルは、脱兎の勢いで走り去った。さっきまでの態度は、ただ虚勢を張っていただけだったらしい。


 まあ、あれだけ脅かせば、もうオレにちょっかいは今後、かけてこないだろう。おそらくは。


 それからオレはひとつ息をつき、


「いい加減に剣から手を離してくれ、サーラ。見てるオレのほうが痛くなってくる……」


「――あ、ごめん」


 照れ笑いを浮かべながら、ようやく剣から両手を離すサーラ。


 ――と、そういえばルスティンは……?


 あたりを見回し、探してみると、彼女の姿は町の出口あたりに見つかった。


「もう行くのか?」


 ルスティンはオレの言葉に肩越しに振り向いて、


「留まる理由はないからね。それとも――『ブラッドを裏切ったお前をこのまま見過ごすわけにはいかない』とか言うつもりかい?」


「…………。ひねくれてるよなぁ、お前って……。オレはただ単に礼を言いたかっただけだよ。お前が共闘してくれていなかったら、デーモンたちにもっとてこずっていただろうし、さ」


 それにしばしきょとんとすると、今度は全身で振り返るルスティン。


「――礼なんて別にいいさ。アタシはあんたの力をちょいと利用させてもらっただけなんだから」


 ……そういう言い方をするか。まったくコイツは……。


 オレは少し苦笑を浮かべる。


「……それでも、さ。やっぱり、助けてもらったのは本当だし――」


「あははははっ!」


「な、なんで笑うんだよっ!」


「いや、悪い悪い。あんたにそんな改まって言われると、なんか、可笑しくって、つい、ね。――けど、変わったねぇ、あんた。ちょっと前までなら『オレの力を利用するなんて――』って怒ってただろ?」


「え? そう、だったか……?」


「そうだったさ」


 ルスティンはサーラに視線を移し、


「あんたが変わったの、きっとその娘の影響なんだろうね。――じゃ、そろそろ行くとするか。あまり遠くまで逃げられても面倒だしね」


「は? 逃げられても……?」


「こっちの話だよ。じゃあね、ファルカス!」


「――あ、ああ……」


 そうして、今度こそ。


 ルスティンは二度とこちらを振り向くことなく、去っていったのだった――。



 火の手が収まりつつあるサーラの家(跡地)に、オレは身につけていた赤いマントを投げ入れた。すると炎はわずかにその勢いを増す。次にオレは頭につけているバンダナへと手を伸ばし――


「――なんで、燃やしちゃうの?」


 静かに、サーラが尋ねてきた。オレはそれに淡々とした口調で答える。


「もう、必要のないものだからだ。このバンダナといま燃やしたマントは『暗闇の牙』の一員だという証としてブラッドにもらったものだから。ブラッドが死んで、組織がなくなったいまとなっては、もう、必要のないものなんだ」


 自分でもわかっていた。この言葉はオレ自身に言い聞かせているものなのだ、と。


「必要なくなんか、ないよ」


 うつむき気味になっていた顔を、オレは無理にあげる。すると、優しいけれど、どこか強い意志を感じさせるサーラの瞳と出くわしてしまった。彼女は焼け崩れた家のほうへと、少し悲しげな眼差しを向けて言葉を紡ぐ。


「いまはもう、焼けちゃって跡形もないと思うけど、あの白いローブはお母さんが組織に関わる前、魔法医をやっていた頃のもの。お母さんのお古で――唯一の形見だったんだよ」


 そういえば、あのローブには傷こそなかったものの、だいぶ着古していた感じがしたことを思い出す。


「わたしはあれを燃やさざるを得なかったけれど、ファルカスは違うでしょ? なのに、なんでファルカスは燃やしちゃうの?」


 初めて見る、オレを責めるような表情のサーラ。


 ――けれど、オレは――


「それに、ブラッドはやり方を間違えはしたけど、その意志や目的までもが間違ってるとは、わたしには思えないよ」


 それはそうだろう。オレにだってすべてが間違っていたとは思えない。でも、マントとバンダナを燃やしすことで、ブラッドのしたこと、やろうとしていたことをすべて忘れたい、ブラッドの意志を背負いたくないとも、オレは思っていて。だから、オレは――


「ブラッドの目的を――その意志を尊いと思うなら、考えを正しいかもしれないと思うのなら、誰かがそれを記憶して、どんなものでも形として持っているべきだよ。人間ひとは死んだら、その人間と触れ合った人間の心の中でしか、生きられないんだから。だから、すべて燃やして忘れようとしちゃ、駄目だよ。

 それに、人間の記憶は少しずつ薄れていくものだから、たしかな形を持ち続けないと」


 オレは頭につけたままのバンダナを握り、言葉を絞りだす。


「――けど、嫌なことしか詰まっていないこれを持ち続けるなんて、オレには――」


「本当に、嫌なことしかなかったの? 楽しい、嬉しい記憶はひとつもないの? 迷い込んだその道には、『よかった』って思えること、ひとつもないの?」


 サーラに問われ、オレはしばし沈黙した。

 このバンダナはブラッドの意志。あいつの、形見だ。ブラッドの考えが本当に正しかったかは、よく、わからないけれど……。


 けど、『よかった』って思えること、ひとつはあった。


 サーラ・クリスメント。――彼女に会えたこと。


 ガルス・シティでくすぶっていたら、彼女との出会いも、きっと、なかった。



「今日は、町の中で野宿かな」


 ポツリとそう洩らすサーラ。


「なんでだよ。お前、弟子がいるんだろ? ならそいつの家に泊めてもらえばいいじゃないか」


 ちなみにオレとサーラの怪我だが、サーラも魔法力がほとんど尽きているため、回復はまったく出来ていない。……あ、<病傷封リフレッシュ>で痛みの感覚をマヒさせていた脚が、気のせいか、また痛くなってきたような。まあ、止血はしたから、大丈夫だろうけどさ。


「ファルカスはどうするの?」


「オレか? オレは、そうだな……。ま、あちこち宝探しトレジャー・ハントしながら気ままに旅するさ」


「ふうん。……ねえ、ファルカス。わたしもその旅、ついていっていいかな?」


「え? まあ、オレはかまわないが、弟子のことはいいのか? それにこの町にはお前しか魔法医はいないんだろう? 大体、突然お前がいなくなったら町のみんな、心配しないか?」


「大丈夫だよ。弟子っていっても、一流と呼べる腕は充分持ってるし、わたしがいないほうがむしろ、カレンも魔法医としての自覚が出るだろうし、ね」


 魔法医をやらざるを得ない状況を作るわけか、カレンも可哀相に……。


「それに、わたしがいなくなっても『また先生の放浪癖だろう』で済むよ。あとファルカス、回復呪文は使えないんでしょう? わたしがいたほうが助かるんじゃない?」


「……まあな。けど――」


 オレは一度言葉を切ると、ブラッドがかつて言っていたセリフを真似る。


「この道は、決して平坦なものじゃないぞ。――なんてな」


 言って、ひとしきり笑った。


「じゃあ、出発しようか。放浪癖だろうって思わせるなら、町に戻ってきてることは知られないほうがいいもんね」


「ああ、そうだな」


「――あ、でもなんで『宝探し』の旅なの? それに宝探し屋トレジャー・ハンターなんて職業、認められてないよね?」


 また答えに詰まる質問を……。仕方なく話をずらしにかかるオレ。


「あー、それは、だな……。オレがガルス・シティを出るとき、値打ちのありそうな一冊の本を王宮から持ち出したのが始まりなんだ」


「それって、ドロ――」


 よし、話は逸らせた。それはそれとして、サーラに皆まで言わせず、オレは続ける。


「で、値打ちのあるものを探しだしては売るという生活を始めたわけだな。うん」


「そうなんだ……。まあ、他人に迷惑さえかけなきゃ、いいと思うけどね……」


 オレを見るサーラの視線にうさん臭げなものが混じったが、まあ、気にしないことにする。


「――さて、行くか」


「うん、そうだね。ファル」


 オレはその言葉に思いっきりずっこけた。


「ふぁ、『ファル』って……?」


「え? 『ファルカス』じゃ他人行儀な感じがしたから。……ファルじゃダメ、かな?」


「…………。まあ、どう呼んでくれてもかまわないけど……」


「じゃあ『ファル』に決定!」


「はいはい……」


 適当にあいづちを打ち、オレは星空を仰いだ。


 呑み込まれるような錯覚を覚えていた闇色の空なのに、いまは星や月の輝きに目を惹きつけられる。オレが呑み込まれそうになっていたのは、夜の闇にじゃなくて自分自身の心の闇にだったのだろうと、いまは、そう思えた。


 やがて、空が白み始めてくる。


 それはこの世界に生きる――オレを含めたすべての存在にいつかは等しくやってくる、『夜明け』の色だった――。

もうちょっとだけ続きます。

まあ、ファルカスとサーラの出番はもうないんですけどね(苦笑)。

ネタばらしというか、そんな感じのことをやろうと思っています。


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